第16話



 転生宝珠の存在を忘れていたこと。

 気づいたときには生まれ変わっていたこと。

 妖精たちとともに暮らし、このほど人里に下りてきて、セシエと出会ったこと……


 それらの経緯を、かいつまんで話し終えたところで。

 さて。


「パルル1人で、これほどの神殿を作れるようになっていたとはな」


 ドラゴンとの大立ちまわりを展開した、山中の道の先。

 真勇教の本部にて、俺たちはひと息ついていた。


 まさしく山と山との間に、突如ででんと構えてある神殿。

 大きさはさほどでもないが、すべて石造りの頑丈な建物である。

 勇者もどきたちに多少攻撃されても、びくともしないように作ったのだろう。


 今いるのは、俺とセシエ、そしてパルルの3人だけだが。


「教団といっても、実質の構成員はパルル1人。勇者免許を持っているだけの荒くれ者に困った村人たちがたびたび訪れる以外は、本当に何もない場所、ということか。自然豊かな、いいところだ」

「ええ……いえ、あの。レジード殿……」

「もう少し奥に行けば、妖精の集落なんかもあるんじゃないか? 修行にはもってこいの環境かもしれん」

「はい、ええ。いえそれはいいとしてですね、レジード殿」

「なんだ?」

「そのー……転生とか、真勇教の教祖との関係とか、そのへんはまあ理解したでありますが」


 どうすればいいかわからないといった表情で、セシエが俺のかたわらを指さす。

 俺は、そちらに顔を向けなかった。

 というか近すぎて向けられない。


 俺の右腕に全身でまとわりつき、ふんこふんこと鼻を鳴らし続けているパルルがそこにいる。

 それだけは重々承知しているが。


「なにをしているでありますか、彼女は……?」

「俺にもわからない」

「いやいや、まあ、ええ、わかってるであります。なにをしていると質問はすれど、見ればわかるであります自分にも。においをかいでるでありますよ!」

「そうか……確かにそんな気はしていた」

「お話し中も、ずーっとではないですか! いえまあ事情が事情ですのでわからないではないですが、これでは聞きたいことも聞けないであります!」

「聞きたいこと?」


 ええ、とセシエが居住まいを正した。

 持ってきた水筒に、教団本部に備えられていたハーブを勝手に放りこみ、即席のハーブティを作りながら。


 そういえばパルルは、こういうものが好きだったな。

 教団にも常備しているのか。趣味は変わっていないようだ。


「転生宝珠……自分も、うわさには聞いたことが。ですので、レジード殿が転生者というのは、信じるであります。なればあの強さにも、いくぶん納得できるでありますし」

「ありがたい」

「しかし、そうであればなおのこと、なぜパルル殿は勇者を目のかたきに? レジード殿とともに、長らく目指されていたというではありませんか。勇者を嫌う、ましてや狩るなどと、いったいどういう……?」

「俺も気にかかっているのはそこだ。……パルル?」


 反応は、ふひ、というものだった。


 わずかに顔を上げたものの、パルルはこちらを見ていない。

 いや、俺を見てはいるのだろうが……今の今まで見ていた右腕から、今度は胸元にターゲットを移したようだ。

 ずりずりと、体の密着は決してゆずらないまま、抱きつく場所を変えはじめている。


「お師匠さまあ……!」

「パルル。話をな。パルル」

「はいぃ、お師匠さまあ。お師匠さまあ……! お師匠さま、お師匠さまお師匠さまお師匠さまお師匠さまお師匠さまお師匠さまお師匠さまおししょおさまおししょおさまおししょおししょおししょおししょ」


 ふむ。

 島エルフの彼女と初めて出会い、転生を挟んだその前後、数十年は苦楽をともにしてきたが。

 素直に今、この弟子がこわい。


「ハーブティ程度ではどうにもならないでありますなあ、これは……」

「そのために淹れてくれたのか……飲ませてみたらどうだ?」

「意味あるでありますかあ……?」


 スキルで温め直したお茶を、セシエがパルルの口元へ持っていく。

 はじめこそ、リアクションもなかったが――すりすりと寄せられていたパルルの頬が、ぴくっ、と動きを止めるのがわかった。

 エサにつられる野ウサギのように、ふらふらとカップにくちびるを漂わせていく。


「あっ。飲んだ。飲んだであります! カワイイ!」


 与えるほうも餌付け感覚だな、これは。


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