第5話



 久しぶり、という言葉などでは表せないほど新鮮に感じられる人の町は、まるで別世界のようだった。


 ……というのは、少し言いすぎか。

 だが、俺の記憶にある町並みより、明らかに石造りの建物が増え、道にもきれいなレンガが敷き詰められている。

 俺の生まれた王都でも、もっと木造建築が多かった。


 行き交う人の数からして、ここはきっと辺境の1集落にすぎないはずだ。

 それでもこの暮らしぶり。社会は発展しているのだろう。


 看板を頼りに、『ギルド』の建物に足を踏み入れる。

 大きな寄合所のようなそこには、表を歩いているよりもあるいは大勢の人間――冒険者たちが、にぎやかにひしめいていた。

 そうだ。ここだ。

 昔とあまり変わっていなくて助かる。

 ここで、勇者としての『依頼』を受けることこそが、俺の夢のひとつなのだ!


「あの……」

「いらっしゃいませ!」


 いかにも熟練者といった風情の者たちをすり抜け、俺はいくぶんぎこちなく受付に声をかけた。

 ふむ。

 我ながら、緊張しているな。


 しっかりしろ。

 なにも、一度も来たことがないわけじゃない。

 『村人』として世話になったことなら、生前に何度かある。

 落ち着いて、深呼吸して……、待てよ。

 建物の見た目こそ昔と同じだが、システムが変わっていたらどうしよう?


「すー……はー」

「?? あのー……お客様? どうかしました?」

「あ、ああ。なんでもありません。ええと、その、『依頼』を」

「はい、依頼ですね」


 おお。

 通った。

 よかった、やり方も変わっていないみたいだ。


 ギルドは、様々な案件を請負人たちに分配し、金銭や物品を報酬として取引させてくれる国営組織だ。

 冒険者たちが最初に頼る命綱であると同時に、『冒険者以外の住民』にとってもなじみ深い存在。

 前述の通り、村人たちもよくここで『案件』を受ける。雑草処理とか、道の清掃とか、水場の管理とかな。


 生産職などの、冒険者以外に分配される仕事を、『案件』。

 戦闘職などの、冒険者に分配される仕事を、『依頼』。


 ギルド用語では、そう区別されている。すなわち村人であった俺は、ギルドにおいて案件しか請けたことがない。

 依頼は、あこがれだったのだ……

 さて、問題はここからだ。

 小さくのどを鳴らす俺に、ギルドの受付嬢はにっこりと笑った。


「初めてのお客さんですか? 適性は……ジョブは何でしょう?」

「あ……え、ええと。俺は村人、いや、何を言ってるんだ。そうではなくて」

「あ、獣撃族バーバリアンの方ですか?」


 なんでだ。

 と、言おうとして口をつぐみ、俺は自分の体を見下ろした。


 山で、食糧として生命をいただいた獣たちの皮をなめし、適当に切り貼りして作った衣服。

 出発時に滝で清めたものの、歩き通しで顔も手も汚れ放題。

 靴に至っては木の皮製だ。

 なるほど……野山を駆けて戦闘を得意とし、時に狩人のようなこともするバーバリアンと間違われても、無理はないかもしれない。


「俺は……その。勇者なのですが」

「……え?」

「いや、実はまだ、しっかり認可を受けたわけではないんです。ただ、それでも依頼は受けられます、よね? 確か……?」


 ここで戦闘職だと判断してもらえなければ、依頼を受けることができない。

 本来なら、どんな職種でも、もっと大きな街でジョブ認可を受けてからギルドに来るのが普通なのだ。

 生産職や、一部の戦闘職には『免許』が発行されていたりして、いろいろ話が早いとも聞く。


 だが、勇者の認可だけは、俺の生家――イルケシス〔勇〕家まで行かなければ、基本的には受けることができない。

 あの山からは、めちゃくちゃに距離がある。

 要するに。

 がまんできなかったということだ。


「えーと……」


 受付嬢のリアクションを、固唾を呑んで見守る。

 この15年、いいや転生前の数十年を合わせても、ついぞ覚えがないほどのドキドキだ。

 俺の、勇者としての、第一歩……


「もちろん、受けられますよ」

「! そうですか!」

「今は正式な認可の勇者なんて、滅多にいませんからね」

「なるほど! ……ん?」

「では、免許のご提示をお願いします」

「ああ、……めん、……え?」


 一瞬、舞い上がりかけた俺だが。

 引っかかり、口をつぐみ、首をかしげてしまった。


 免許……?


 免許と言ったか?

 この受付嬢は今?


「はい。免許を。クラスの申請もお願いしますね」

「……その。あの……免許というのは、あれですか? 剣士や騎士や、それに薬師とかが試験を受けて手に入れるような、免許……ですか?」

「そうですよ?」

「勇者に……免許が!?」


 なんだそれは。

 どういうことだ。

 免許というのは、先ごろに少し触れた通り、一般的なジョブに就いている者がそのもろもろを簡易化するために活用するアイテムだ。免許があればなにかと便利、そういう話を知ってはいる。


 しかし、勇者は特殊な職。

 免許などない。


 いや、おそらく俺が転生する間に、システムが変わったということなのだろうが……それにしたって、勇者となれるのは限られた者のみ。

 適性に『勇者』とある者のみのはずだ。

 イルケシスの血を引く俺をして、天に愛されず、生涯村人だったのも同じ理由……


「免許、お忘れですか?」


 混乱し、黙りこむ俺をどう判断したのか、受付嬢はデスクの下をごそごそさぐりはじめた。


「であれば、もともと・・・・の適性・・・のジョブに対応した仕事しかご紹介できません。よろしいですか?」

「え……、ええ、ああ! そう! それで大丈夫です」

「では、少々お待ちください」


 受付嬢が、両手を俺の前に差し出す。

 手のひらにちょうど乗り切るサイズの、きれいな水晶玉をかざすようにして。


 これは。

 知っているぞ。

 『魂色視鏡ステータスミラー』だ。


 ステータスを映し出し、確認することができる道具。

 他者のデータを目で確認できる、非常に貴重なアイテムであるはずだ。

 なぜこんな物が、田舎のいちギルドに……

 いや。

 そこも含めて、時代は移り変わっているということか。


「んー……。はい」


 じっと水晶玉を覗きこんでいた受付嬢が、小さくうなずいた。


「確認がとれました」

「ありがとうございます!」


 なにかこう、いろいろとよくわからないが、今はひとまず置いておこう。

 俺のステータスを参照し、仕事を割り振ってくれるならば何も問題はない。


 なにせ、俺のジョブ適性は勇者。

 転生する前とは違う。夢がひとつ叶う。


 加えて、まあ、すでに山暮らしではないのでな。

 長旅もしなくてはならないわけだし、何をするにも金が入り用になるだろう。服も整えなければ。

 いやあ、妖精を相手に幾度となく、このシチュエーションの練習をしてきたのだが。

 よもや免許などという言葉に翻弄されてしまうとはな。

 やはり世の中はすごい。山を一歩出ただけで、予想外のことがいくらでも起きる。

 わくわくするぞ。


「では、こちらの依頼などいかがでしょう?」


 受付嬢の提示した依頼書を、俺は両目を皿のようにして見つめた。


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