アレックス・ディルブレイズ

男は所々に穴が空いていて破片が飛び散っている床を見た後周りを見渡して倒れている大男とその傍に居るカエデの元へ歩く

何も喋っていないが男は怒っていることが肌で分かる

全身に悪寒が走る

(これはウルフナイトの時と同じ……)

カエデは理解する、今この男に恐怖を感じていると

倒れている大男なんて比では無い程の威圧感と尋常ではない程の怒りを肌で感じる


「君達がこれをやったのか?」

「この騒動のせ、責任の半分はた、確かに私です……あっ、カレンは関係ないです」

「おい、何があった?」


慌てふためいていたギルドの職員に話しかける

ビクッと身を震わせた40代くらいの男性が事情を説明する

恐らく現場にいた職員の中で一番位の高い人物であろうがこの男にはかなり弱腰に接する


「入ってきた二人をガンガが煽ったらそれに彼女が乗って戦闘になって……床の傷は全部ガンガがやりましたが机と壁は彼女がガンガを吹き飛ばした結果です」

「成程な、所で俺はお前達には見覚えが無い。一応確認だが冒険者ではないよな?」

「はい」

「登録をしに来たら絡まれました」

「その際に煽りに乗ってボコしたと……煽りに乗り戦闘を行った事について言いたいが冒険者が訳もなく一般人に手を出すのは禁止されてる。何度目だこの馬鹿は……そろそろ冒険者資格剥奪だな」


男は職員に的確に指示を出す


「この馬鹿を奥に放り込んどけ。後で説教する」


ガンガと呼ばれた冒険者は数人がかりで奥の部屋に雑に引っ張られていき扉を開いた後ガンガは放り投げられる

(すごい雑だなぁてか常習犯だったか……成程あれで何人もビビらせたんだろうなぁ)


「さて、お前にも大まかな修理費を払ってもらうぞ。お前は……机と壁分だな。冒険者になるならお前が受け取る分の報酬から幾らか引く形でいいか? 冒険者以外で得た金でも残ってる借金分払い切れば借金は無くなる」

「は、はい、それでお願いします!」


カエデは前世今世合わせて初めての借金を背負うことになった

修理費はそこまで高くなく普通に冒険者を続ければそう遠くないうちに払い切れる金額、利子も無い

冒険者になる前だからこの程度で済んでいる


「それなら私の分からも引いてください」

「分かった。まぁそんなに金はかからない筈だ。焦らず払ってくれさえすればいい。最もギルド内での喧嘩騒ぎは数回で資格剥奪になるからもうするなよ?」


睨まれてヒッと身を震わせる

カエデは恐怖でビビり散らかしているがカレンは臆すること無く男の目に視線を合わせる


「分かりました!」

「あのすみません、一つ質問いいですか?」

「良いぞ。なんだ?」

「貴方はギルドの職員ですか?」

「あぁ、言ってなかったな。俺はアレックス・ディルブレイズ、この国のギルドを統括するギルド長をしている」


カエデは一つ引っかかる、カレンの質問でもギルド長という所でもなく名前に

それはギルド長の名字に当たるディルブレイズという名前についてだ

ちょうど今日その名字を学園長からも聞いていた、ギルド長とは別の人の名前ではあるが


「成程、だから職員に指示出してたんですね。納得です」


カレンはその事に気付いておらず自分のした質問の答えに一人納得している

ギルド長はギルド職員で1番上の責任者、他の職員は全員部下となる

その為こういった状況では指示を出す事が多い


「ディルブレイズ……?」

「どうした? もしかして同じ名字の奴に遭遇した事でもあるのか? まぁディルブレイズ家はそれなりの貴族だし聞いた事があってもおかしくはないが……」

「いえ、会った訳では無いですが……」

「……あっ、そう言えば話に出てた名前の人が同じディルブレイズだったね」

「話に出てた?」

「アルドシア・ディルブレイズって方の名前を今日聞いてまして」

「アルドシア……なんでその名前を、二人ともその話を聞いてもいいか?」


返答に困る

(あぁこれだいぶミスったなぁ。気付いたけど言わなきゃ良かったなぁ)

この情報は他人に教えていいものか分からない

下手に情報を広げる訳には行かないような言わば極秘情報に近い物

もし魔王の復活を目論む連中にこの情報がバレたら二人は勿論、アルドシアや周囲の人間が襲われかねない

それで万が一にもアルドシアが殺された場合こちらの数少ない手札を失う事になる

それは最悪魔王討伐が不可能となる可能性にも繋がる


「それは……私達の一存では……」

「そうか、無理を言ってすまん」

「ギルド長、貴方は口が堅いですか?」

「あぁ、秘密は絶対に漏らさない」

「カエデちゃん、話していいと思うよ。ギルド長の目は嘘をついてない。それに彼に会えるかもチャンスかも」


カレンは相当の実力があるであろう魔術師アルドシアに会いたいと考えていた

同じ魔術師としてそして強くなる為にも早いうちから接触しておきたい人物


「……分かった。ギルド長話します」

「それなら部屋に着いてこい、あそこなら大きい音でも無ければ音は漏れん」


二人はアレックスに着いていく

冒険者達はいつも通りの日常に戻っていく

ギルドに入ってきた事情を知らない冒険者は床の傷を見て驚く

ギルド長の部屋は2階にある為階段を上る


「そう言えばよくガンガを倒せたな。問題児だがあいつはそれなりには強いんだがな」

「これでも昔から訓練してますから……魔力操作の訓練を主に」

「あぁ成程な。魔力を纏えないあいつじゃ勝てない訳だ」


魔力を纏って戦う、纏わず戦うではかなりの差が生まれる

元よりかなり力が強いなど恵まれていた場合はそれなりの相手なら押し勝つ事も出来るが生身の身体能力をそのまま引き上げる魔力を纏う技術は体格差も覆す事が出来る

その上魔力を全身に纏えば攻撃に対しての防御としても使える、ただ重い攻撃を受ければかなり魔力を消費してしまったり魔力が多くないと節約しないと長期戦は難しい


「ギルド長は強いですよね? 3級以上」

「よく分かったな俺は元2級冒険者だ。ギルド長になってからもちょくちょく依頼を受けてるがな」

「2級ですか。強いですね」

「なるほどあの時より怖く感じたのはそう言う」

「凄い怯えてたもんねぇ」

「むしろなんでカレンは平気なんだよ……その方がおかしいって」


目の前に居る人物はライアンよりも強い実力者

2級は人類最高峰と呼ばれる実力者が成れる等級

(2級……でも学園長は名前を出してなかった)

シオンは勿論ギルド長の事を知っているが魔王討伐には力不足と判断して勧誘はしていない

2級冒険者の実力では魔王や魔王の配下四人には届かない

(魔王と戦うにはこの人より強くならないとダメなのか……)


「部屋に着いたぞ」


二人はアレックスと一緒に中に入る

高級そうな机や椅子が置いてある

配置はシオンの学園長室と似ているが棚や壁に飾られているのは武器や魔導具だった


「これは凄い!」


カレンは魔導具に食いつき見ている

武器には一切の興味を向けずに並んでる魔導具だけを見ている

カエデは飾られている武器を見る

(あっこれ全部魔物の素材で作った武器かな。なんかあの斧に雰囲気が似てる。そうだとしたら凄いなぁ)

ここに並ぶ武器は全てカエデの斧と同じく魔物の素材を使って作られた武器

それも全て傷がついてたり使った痕跡がある

(ギルド長が現役時代に使ってた武器かな? それにしては武器種が違うけど)


「これ冒険者時代に集めたんですか?」

「あぁそうだ。現役時代にダンジョンや遺跡探索時に見つけた物だ」

「魔導具?」

「うん、魔導具、それも一度きりじゃないタイプの魔導具」


高額で入手が難しい魔導具を大量に持っているのは金持ちか強い冒険者

ここに並んでる殆どの魔導具は冒険者時代にアレックスが集めた魔導具であり全てアレックスの所有物

一つ一つが高額でここにある物だけでも下手をすれば一生生きていけるだけの金額にはなるだろう


「へぇ魔導具って色んな形があるのか……見てもいまいち分からねぇ」

「あれ? これなんだろ本でも見た事ない。魔力は感じるから魔導具ではありそうだけど」


カレンは本でも見た事がない魔導具が気になる

独特な模様の書かれた綺麗な指輪


「それは爺さんが作った魔導具だ」


魔導具は魔術師が作るかはるか昔に作られた過去の遺産

突如出現したダンジョンの中からも見つかる事がある

使い捨ての魔導具は現代の魔術師が作っていることが多く半永久的に使える魔導具はほぼ全てが過去の物であり現代ではオーバーテクノロジーとなっている

その魔導具が作られていた時代は魔王の居た魔術全盛期と呼ばれる時代


「その爺さんがアルドシアさんって事ですか?」

「あぁ、もう死んだものだと思っていたんだがな。あの爺さん生きているのか」


アレックスは懐かしむように魔導具を見る

アレックスはアルドシアの弟の孫に当たる人物


「魔導具作成なんて凄い! それも使い捨てじゃない魔導具を制作なんて」

「それってそんな凄い事なの?」

「現代の人間には作れないって言われてるらしいの」

「あの爺さん以外に作れる人間は聞いた事ないな」


現在生きている者ではアルドシアだけが何度も利用出来る魔導具を作れる

(実力じゃなくてその腕を買われたのかな?)

魔導具を制作出来る腕も判断材料にされたがそれだけで選ばれるほど甘くは決して無い


「それで本題に入ろうか。なんで爺さんの名前を知っている?」


アレックスは椅子に座る

二人も反対側にある椅子に座って話を始める


「アルドシアさんは魔王討伐に協力している人物として協力者が名前を出しました」


念の為に学園長の事は伏せる


「魔王討伐? 魔王は御伽噺の話だろ?」

「違います。そしてそう遠くない未来魔王は封印を破ります。そして魔王を倒さないと世界が滅びます」

「そりゃとんでもねぇ話だな……だがどうも信じ難いな。魔王はかつて居たって言われているが言い聞かせられている物語は余りにも誇張され過ぎている。10個の魔術を同時になんて馬鹿げてるだろ?」


(うん、それは本当に馬鹿げてると思う。ただ……多分ガチなんだよなぁ)

心の中でアレックスの言葉に激しく同意する


「それは本当にそう思います」


カレンはコクコクと頷く

この同意は誇張に対してではなく10個の魔術を同時にと言う点にである

同時発動を使える魔術師であるカレンだからこそ理解できるが10個所か半分の5個でも最悪脳が焼き切れかねない程に脳の負荷が大きい

4つまで使えると言ってもそう乱発は出来ない程の脳への負荷がある


「それに本当だとしてお前たちはなぜそれを知っている?」

「その件は魔王の話より更にとんでもない話です。むしろ聞かずに今の情報を信じた方が楽な気もします」


情報を意図的に隠している訳では無く魔王の話よりも信じられないような話だからだ


「話せない話か?」

「いえ、ここまで話したなら話せる話ですが余計訳分からなくなると思います。正直私も最初聞いた時何言ってるんだろ酷く頭打ってたし頭狂ったのかな? とか思ったりしました」


(えっマジ? それ初耳なんだけど……ねぇ流石に酷くないですかね!?)

視線でカレンに訴えるがガン無視される

衝撃の事実に落ち込んでいるカエデを無視して話が進む


「お前は聞いた側なのか」

「はい、私は魔王の事については人伝てで知っただけでほぼ無関係に等しいです」

「てことはお前が知っている情報という事か」


落ち込んでいるカエデの方に視線を向ける


「あ、はい私は関係者です。まず私は異界の魂を持つ人間です、まぁ簡単に言えば本来は別の世界の人間という事です」

「異界の魂……別の世界の人間?」

「別の世界を詳しく説明するとその世界には魔術が無くそして科学という技術の進化によって文明を大きく築きました」

「魔術が無くて科学……?」

「魔術が無いと言うよりは魔力が無いと言うべきですかね。まぁ存在はしているが認識が出来ていなかったという可能性は捨てがたいですが」


シオンと同様に生まれた時からある違和感、カエデはそれを魔力を認識しているからだと踏んでいる

魔力を使う時その違和感を強く感じる

前の世界には無かった魔力の感覚に慣れていないから違和感として感じているのだと考えている


「成程……」

「スマホ、テレビ、インターネット、インターホン、自動車、飛行機」

「唐突になんだ? 人の名前か何かか?」

「これらはあちらの世界で使われていた道具の名前です」


この世界に無い物の名前を並べる

アレックスはカエデの話を理解出来ていない

唐突に異世界の話としてよく分からない知らない名前を出されているのだから当然とも言える

横でカレンも何を言っているんだという目でカエデを見ている


「分からねぇがまぁ良い。その異界の魂? については一旦信じるとするが……魔王の件を知った理由は? 少なくとも異界の魂ってだけじゃ魔王の話には繋がらないと思うが」


アレックスは取り敢えずよく分からない話を無理やり切って話を少し戻す

それでも元の話からかなり脱線しているが


「神と名乗る存在に昔異常事態が発生して魔王が現れた、その魔王を倒さないと遠くない未来世界滅ぶから異界の魂のお前が魔王を倒してズレを修正してこいやって言われてこの世界に転生しました」


ざっくりと説明する

(ざっくりだけど大体は合ってる筈)

アレックスは頭を抱える

想像よりもとんでもない話を聞かされているからである

なんなら深く話を聞かなければよかったとすらアレックスは思い自分の行動に若干後悔する


「神……? 確かにこの国にも宗教はあるが」

「その神と同じかは分かりませんがまぁそんな感じと思って貰えれば……少なくとも人とは違う存在ではあると思います」

「成程な、あぁ分かった」

「理解出来たんですか? あのよく分からない話を」

「いや、理解したと言うよりは考えてもよく分からんから一旦信じるとする。爺さんが10数年王都に姿を現していないと思ったらその魔王討伐の為に魔術の研究してるって事か成程、あの爺さんらしいわ」


アルドシアは年に何回か王都に来ていてギルドに依頼を出すこともあった

そんなアルドシアが10数年前からパタリと王都に来なくなった

アレックスはその事が気になっていた

正直歳も歳だし死んでもおかしくは無いと思っていたアレックスだが生きていると聞いて安堵する

関わりはそれ程多くないが親戚に当たる人物


「それでアルドシアさんが居る場所って分かりますか?」

「居るか分からないがあの爺さんの研究所なら知ってるぞ。ただあそこに行くのはオススメ出来ないがな」

「それはなぜですか?」

「危険地帯に研究所を置いているからだ。周辺に強い魔物がうろついている。場所だけは教えるがくれぐれも行こうとはするなよ」


アレックスは立ち上がり自分の机を漁る

大量に入ってる資料を机の上に置いて奥に眠っていた一つの地図を取りだして二人の前に広げる

この地図に書かれている物は王都と山脈の範囲に限られているがその分細かく記されている


「ここが王都だ。そしてここがその研究所のあるリングドリス山脈、大体王都から馬車で2日だな。そして研究所はこの辺り、山の麓から歩きで4時間くらいだがこの辺には4級、3級の魔物がうろついてる」

「3級!?」


3級という事はウルフナイトクラスの魔物がうろついているという事、少なくとも5級の魔物と接戦くらいの実力であるカエデは現時点では間違いなく行けば死ぬだろう


「これはもう使う気ないからこの地図はやるよ。行くとしてもあそこに行く道は覚えているしな」


場所の名前と大体の位置が書かれた地図を貰う

細かい部分まで記されている地図はいずれ研究所に行く時に役に立つ代物だろう

カレンは凄い喜んで受け取る


「ありがとうございます!」

「これで話は終わりだ。あぁそうだお前らの名前はなんだ? 登録はこっちでしておく。明日受付に言えば仮免許を貰えるようにしておく」

「ありがとうございます! 名前はカエデです」

「ありがとうございます、カレンです」

「カエデとカレンか。分かった」

「それじゃ失礼します」


二人は部屋を出てそのままギルドを出てもう暗くなっているので急いで宿に帰り明日に備えて休む

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