幕間 アルバート君の末路
アルバート視点
「おかしい……なんでだ……」
待ち合わせの場所にマーリンがこない。僕は焦っていた。これでは僕の借金が返せない。いや、あれだけ彼女は僕に惚れていたんだ。マーリンが僕を裏切るなんて、絶対にありえない。だって彼女は、僕からのプロポーズをあんなに喜んでいた。
僕は何度も心の中でそう確認することで、焦る気持ちを抑えようとする。
「どうやら、フラれたみたいだな。色男さん」
借金取りが、僕におかしなことを言ってきていた。なんでも完璧な僕が、何かを失敗するなんてありえない。だから僕がマーリンに振られるなんて、絶対にありえなかった。むしろ振る立場なのは、彼女を奴隷に落とす僕の方だろうに。
でも、なかなか待ち合わせの場所に現れない彼女を受けて、借金取りが僕を逃すまいと周りを取り囲み始める。どうやら、僕にはあまり時間が残されていないようだ。
「大丈夫ですって!マーリンはきっと来ます。だって、僕と約束したんですから!」
「あと、少しだけ待ってやる」
僕の必死の言い訳に、借金取りが少しだけ時間をくれることになった。この辱めを受けた責任は、遅れてきたマーリンの心を傷つけることで彼女に取ってもらうことにしよう。
でもいくら待っても、マーリンは僕との待ち合わせの場所に現れない。僕はマーリンを奴隷として売ることで、僕の借金を返すことができなくなってしまった。僕がしたプロポーズをすっぽかすなんて、まったく最低な女だ。
「くそがああああ!マーリン!僕を裏切ったなああああああ!」
だから、僕は激怒をすることになる。マーリンが僕を裏切ったことに気づいたからだ。やっぱり、あいつは最低なビッチだった。僕は、そのことを思い知らされた。今までマーリンに僕が親切な顔をしてやっていたのは、どうやら間違いだったらしい。
僕はマーリンに騙されていた。彼女にとって僕のことなんて、実はどうでもいいことのようだ。マーリンのこの行動が、僕にそのことを教えてくれている。
マーリンはいつもそうだった。自分勝手で、僕の幸せなんて何も考えてくれない。ギャンブルはもう止めたほうがいいとか、これ以上あなたの借金を代わりに返すことは出来ないとか言って、いつも僕のことを邪魔する!
自分で借金を返せばきっとギャンブルグセがなくなるとか言って、僕を錬金術師の見習いとして師匠に売り渡した。普通の人が高収入な錬金術師になるには、ものすごい倍率と縁が必要だ。錬金術師自体が少ないし、気難しい人が多くて、錬金術師はあまり弟子をとらない。または錬金術師学校に通うという方法もあるが、それには高い学費と学力が必要になる。
僕が弟子入りしたのも、ひょうひょうとした偏屈な爺さんだった。僕がどれだけ失敗してもニコニコと笑いながら、君ならちゃんと出来るから焦らなくてもいいよと言うだけのジジイだ。
長ったらしくて、よく分からない専門的な話をグダグダといつまでも続ける。簡単で努力をしなくてもすぐに錬金術師になれる方法は、僕には教えてくれなかった。
この街にたまたま滞在をしていた世界有数の凄腕の錬金術師に、マーリンが何とか頼み込んで僕を弟子にしてくれたと風のうわさで聞いたけど、そんなこと僕には関係ない。だって彼女は、僕にそんなこと言ってないからだ。
そんなことよりも僕は生粋のギャンブラーなのに、マーリンが僕にお金を貸してくれなくなったことのほうが重大な裏切りだ。結局、彼女は僕を錬金術師のジジイに売り渡したんだし、僕がマーリンを奴隷として借金取りに売り渡しても僕は何も悪くない。
そういえば二人で一からやり直そうとか言って、僕が賭場に出かけるのを邪魔することが何度もあったな。やはりマーリンは、最低な女だ。
僕にいい顔をするフリをしながら、肝心なときには裏切る。つまりあいつの今までの僕に対する行動は、全部ウソで演技だったってことだ。これは、報復をしなければならないな。だって、いつも僕が正しいに決まっているからだ。
「おっと!どこにいくんだ?」
「クソ売女に、裏切りの報復をしにいくんだよ!お前らもついてこいよ!彼女を奴隷にしたいんだろ?」
「はぁ~。Aランク冒険者相手に、真正面から行って敵うわけ無いだろ。計画が失敗したってことは、お前に責任をとってもらわなくちゃいけないってことだ」
「そ、そんな……」
なんと間抜けなことに、借金取りたちが僕のことを取り押さえてくる。どうやら僕のことを奴隷にすることで、彼らは僕自身から、僕がした借金を回収しようという考えのようだ。
僕なんかよりマーリンを奴隷にしたほうがカネになるのに、なんて非効率な人間たちなんだ。やはり、ならず者は馬鹿なのだろう。
だから僕はしかたなく、彼らにこれからとるべき正しい行動についてわざわざ僕の口から教えてあげることにした。僕がいちいちこうして説明しなくちゃ正しいことも分からないなんて、まったく低能な奴らだよ。
「そんなのおかしいだろ!だって、僕の借金はいつもマーリンが返してくれていた。だから、今回もマーリンから僕の借金を回収するのが筋ってものなのに!なんで今回に限って、僕から取り返そうとするんだよ!僕はこんな理不尽には、絶対に屈しないぞ!」
そうなんだ。マーリンから取り返すべき借金を、借金取りは僕から取り返そうとしている。そんな理不尽、絶対にありえない。
いつもマーリンが僕の借金を肩代わりしてくれていたんだから、いつもみたいにマーリンからお金を回収すればいいのに。でも彼らは今日に限って、いつもと違う行動をする。
「分かった!お前ら、マーリンとグルだな!」
頭脳明晰な僕は真実に気づいてしまう。きっと僕はマーリンに嵌められたんだ。だから借金取りはマーリンからではなく、僕から借金を取り返そうとしている。これが、隠されていた事実だろう。
やっぱりマーリンは、最低な女だったということだな。この事実に気づいてしまうと、簡単なことだった。だから、僕の思い通りにことが進まないんだ。
こんな卑劣な罠を使う奴を、のうのうと生かしてなんておけない。絶対に、マーリンに復讐をしてやる!
「僕を裏切るなんて。なんて女だ。ビッチが!あんなヤツ、付き合わなければよかった!僕の時間を返せよ!クソ女ぁ!」
でも僕がマーリンに報復に向かおうとしているのに、借金取りは僕をその場から動かしてくれない。依然として、僕の前に立ちふさがってくる。これは明確に、マーリンと借金取りがグルだという証拠になるだろう。
街の警備騎士に連絡して、マーリンを逮捕してもらうのもいいかもしれないな。でもその前に、僕の手で正義を執行しなければ。そのためには、さっきからやれやれといった態度で僕に説教をしている借金取りをなんとか説得しなければならないようだ。
「お前のお金は彼女の体をカタにして俺たちから借りたもので、お前自身の所持金は一銅貨もないだろう?いつも、お前の借金を代わりに返していたのも彼女だし。さすがに無法者の俺たちでも、自分を何度も助けてくれた女には恩返しをするぜ?」
まったく、やれやれといった態度を取りたいのは僕の方だっていうのに。借金取りは、全く道理に合わないことを僕に対して言っている。しょうがないから僕は借金取りの言葉に対して正義を訴えることで、彼らの心を動かして僕の言いなりにすることに決めた。これだから、馬鹿の相手は困るんだ。
「うるさい!僕が彼女の婚約者なんだから、あいつのものは全部僕に所有する権利がある!僕のためにあいつのお金も体も使わせてやることが、その恩返しだろうが!」
だけど僕がこれだけ正義を主張しているのに、借金取りは一向に聞き入れてくれない。やはり、低能な荒くれ者には知性がないようだ。僕の言っていることの、明確な正しさを理解できないなんて。
そしてついに低能な借金取りが、僕を奴隷として売り飛ばそうと契約書を持ち出してくる。最低な奴らだ。僕がこんなに泣き叫んでいるんだから、かわいそうだし借金をチャラしてもいいよと普通の人間なら言い出すはずだろう。なのに借金取りときたら、僕の叫びを無視して奴隷契約を履行しようとする。
やはり、こいつらはクズである。
「いやだああああああ!マーリン!たすけてえええええええ!」
そして僕が奴隷として売られるための契約が、着々と進んでいった。
おかしい。いつもならマーリンが僕を助けてくれるのに。今日に限って、彼女が僕を助けに来てくれない。なんでだ?――こんなのってないよ!
「マーリン!なんで僕の身代わりになってくれないんだよおおおおお!お前は自分のことしか考えていない、最低な女だああああああ!僕にそう思われたくなかったら、早く僕を助けろよおおおおお!クソ女があああああああああ!」
なぜか知らないが、僕の叫びも虚しく周りに響き渡るだけで、誰も僕を助けてくれる者はいなかった。僕は特別な存在のはずなのに、おかしいよ。だっていつも、こういうときは誰かが僕を助けてくれていた。だから今回も、そうなるはずなのに。
今回もいつもと同じにならないのは、絶対におかしいはずなんだ。
「いやだああああああ!誰か助けてええええええ!暴漢に襲われてます!誰かあああああああ!」
きっとマーリンが、僕を助けるという義務を放棄しているんだろう。だから僕は助けてもらえない。あんな最低な女、こっちから捨ててやるよ。あいつに優しい顔をしたのは失敗だったな。さっさと次の誰か、僕を助けに来いよ。
「では、奴隷の紋章を刻みます」
奴隷商が現れ、僕を本当に奴隷にしてしまう。そして僕は借金奴隷として、馬車でこの街から連れ出されることになった。でもきっと、いつもみたいにマーリンが僕のことを助けに来てくれるさ。だって僕は、彼女のことを信じてるから。そんな僕の心を裏切るなんて、普通の人には出来ないよ。
僕が奴隷として乗せられている馬車が、マーリンの家の前を通る。僕は心の中で、マーリンに助けてと伝えた。
僕が助けを期待して馬車の窓から二階にあるマーリンの私室を覗き見ると、彼女の部屋のカーテンは締まっており、誰か女性がベッドの上で何かにまたがるようにして、ゆさゆさと楽しそうに自らの腰を振っている影だけが見える。
そして、誰の助けも来ることはなく、僕は奴隷として売られることになった。
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