その魔剣は魂を喰らう
@summer-shade
第1話
埃っぽく、小さな村一つ分はあろうかという広い洞穴の中でその古龍は目を覚ました。何者かが彼の巣穴に訪れたようだ。此処に他の生物が来るのは何時振りであろうか、彼は久しぶりの戦いの匂いに心を躍らせた。
巨大な男であった。龍の身から見れば小さく、しかし人の身から見ればとても大きい男である。くすんだ鎧に包まれ、人の世に詳しくない龍が見ても明らかになまくらとわかる大剣を背負っていた。
「何故に此処に来た。」龍は問うた。
男は無造作に剣を抜き放ち、龍に向かって走り始める。対話が出来ないことに落胆しつつも、男の剣が深く黒いオーラを纏っていることに気づき龍は男に対する興味を増した。久しぶりの戦いだ、少々遊んでもバチは当たらんだろう、そう龍は考え、戦いは始まった。
巨大な男が冒険者ギルドの扉を開くと近くの席で飯を食っていた髭面の男が話しかけてきた。
「よぉ怪物、今度は何よ?」
巨大な男はそれには手を挙げるだけで答え、真っ直ぐに受付へと向かう。受付はいつもの恰幅の良い女ではなく、若くよく日に焼けた少女のようだ。
「素材の輸送と買取を頼みたい。転移門は開いてある。」
「素材の輸送ですか?買取の際手数料が引かれますがよろしいでしょうか?」
「構わない。」
「それでは輸送、買取する素材の大まかな内訳と量を教えて頂けますか?」
「古龍の死体一匹分だ」
音が消える。
「はい?」受付嬢は耳を疑った。一匹で国を滅ぼすと言われる古龍であるのだから当然だろう。
男はため息をつく、日の浅い職員とやり取りをするといつもこうなる。
「古龍の死体一匹分だ」再び答える。
「こ、古龍ですか、えっ、えっとぉ…」
戸惑う受付嬢の後ろに大きな人影が現れて男は安心する。見まごう事なきシルエット、横幅だけなら男と同じくらいあるだろうか、このギルドの長であり、ベテランの受付嬢である。
「あんた、また新人をいじめてんのかい」
「いじめてるわけでは、無いんですが…」
この女は男がこのギルドを利用し始めた時から世話になっているので話が早い。
「で?古龍だって?相変わらずおかしなもんばっか狩ってくるねぇ。これじゃあこいつらに怪物って言われるのもしょうがないね。」
女はギルドの中をぐるっと見渡す。ほとんど全ての冒険者がこちらを伺い、聞き耳を立てている。当然だろう、ギルドの怪物が何を狩ってきたのか気にならない者の方が少ないはずだ。
「さてと、それじゃあその古龍ってやつを見せて貰おうかね、ギルド長として。案内しとくれ。」
男はギルド長を連れて扉を出て行った。髭面が呆れたように「あれは怪物の中のバケモンだな」と肩をすくめる。
数時間後、ギルドに回収された龍の死体を見るために街中の人間がギルドの前に集まった。
余談ではあるが龍の首はとても切れ味の良い刃物で切断されたかのように、綺麗な切り口であったという。
店の扉が開いた。屈強な体つきをした店主が扉に目を向けると鈍色の鎧に包まれ、その大きな背丈と変わらないサイズの大剣を背負った男が入ってくるところであった。
「なんだ、あんたか。また随分なモノを殺してきたみたいじゃねぇか。」店主は入ってきた男に話しかける。
「ご存知でしたか。」
「そりゃああんなのがギルドに運び込まれればな。で、鎧の補修だろう?またこんなにガタガタにしやがって。うちで1番良いのを持っていってどうしてこんなにできるんだか?ん?」
店主が男にギロッと目を向ける。
「厳しい戦いだったので」男は苦笑いをしながら答える。
「いつもどおり金貨3枚だ。それでも俺は俺の作った鎧をこんなにする奴は1人しかしらねぇよ。」
男は小袋から金貨を3枚取り出すと店主の前に置く。
「毎度、それじゃあ鎧を貸してみな。」
男は、よいしょ、と言いながら鎧を脱ぐと店主に手渡す。店主はそれをざっと眺め見ると、
「こんだけいかれてると7日はかかるな。」と言った。
男が「それじゃあ10日後に取りに来ます。」と言おうとした時、
カンカンカンカン!!
非常事態を告げる鐘がけたたましく鳴り響いた。この鐘が鳴ったならばギルドに属する冒険者はギルドに武装して集合しなければならない。
店主が眉を釣り上げる。
「非常事態だと?見張りの兵士はホントに仕事してたんだな…まぁいい、お前そこのデカイ鎧を持ってけ。急げよ、アレにしばかれるぞ。」
「すみません、ありがとうございます。」男はそう答えると、店主に指定された鎧を急いで着てギルドへと向かった。
男が出ていってから店主はひとり「相変わらず、なんであんななまくらを使ってやがんだ」と呟いた。
男がギルドへと着くとこの街のほとんどの冒険者が集まっていた。といってもこの街はさほど大きくないので40人程度である。
男の後に1人細身の男が入ってきてすぐギルド長が大声で話始めた。
喧騒が引いてゆく。
「あんたたち聞きな!この街始まって以来の危機かも知んないよ。砦で見張ってる兵士が大量の軍勢を発見した。2000か3000程度のアンデッドだそうだ。近くの街に援軍は要請してある。あんたたちの役割は奴らからこの街を守ることだけだ!奴らを1体たりとも壁のこちら側に入れるんじゃないよ!!わかったか!!」
「「「ウオオオオ!!!」」」
冒険者たちが雄叫びを上げる。
「よし!軍勢の到達は3日っていう予想だ、それまで飯食って剣を磨いて戦いに備えな。」ギルド長は満足そうにうなづくとそう言って解散を促した。
ギルド長の話の後、男に髭面が話しかけてきた。
「軍勢がアンデッドで助かったな。コボルドやオーガだったら今頃小便を撒き散らしながら隣街に走って逃げてるところだぜ。」
アンデッドは知能を持たないため、他の魔物と比べて門や砦を落とす能力が著しく低い。さらに集団戦闘も他の人型の魔物に大きく劣る。もし、今回の軍勢がアンデッドでなく、他の魔物であったならこの街を放棄するという選択肢もあったであろう。
「そんなの誰だってそうするだろうよ。それにそうならない為に冒険者が奴らの数を減らしているんだろ?」
男は軽く微笑みそう答える。
「それもそうだったな、それはそうと英気を養うために、今から一杯どうよ?」
髭面は満面の笑みを浮かべ、そう言った。
「お前はいつだって飲んでる気がするがな。まあ、今日くらいは付き合おうか。」男はそう言うと髭面に同行していった。
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