天然のラジウム温泉の効能があります

みつお真

第1話 天然のラジウム温泉の効能があります

銭湯って、今も昔も変わらない。


あたしの家はかなり貧乏だったから、小学生までは銭湯通いをしていた。お母さんとお父さんと手を繋いで歩いたっけ。


脱衣所では、おばあちゃんが扇風機の前でミルクを飲んでる。


あたしより若い ー と言っても10代後半くらいの女の子達が、キャッキャ言いながらお互いのスベスベの身体を誉め合っている。


あたしはふと思う。


『いいから早く湯船に入りなさい』


って。


そんな光景も、どこか冷め切ったあたしの心根も昔と変わらないまんまだ。


あたしはケロヨンの、黄色い洗面器に溜まったお湯を身体に掛けながら思う。


『自分はオトナのオンナになれているのかな?』


タイル床に流れる、あたしの薄汚れた一部一部が排水溝へと消えて行く。


けれども人生の汚れは、お風呂なんかじゃ消せやしないのは判っているけど、潔癖な身体でいたい錯覚が愛おしくて仕方がないのも事実だ、


だからあたしはお風呂に入る。


毎日毎日。


大きな湯船はやっぱり気持ちが良いな。


あたしは壁画の富士山を見上げながら思った。


隣のおばあちゃんが話しかけてくれた。


『やっぱり銭湯は良いわね』


あたしはニッコリと微笑む。


ちいさなおばあちゃんは可愛かった。


しわくちゃの顔や胸や首も、白髪も血管の浮き出た腕も素敵に見えた。


だって本当に気持ち良さそうなんだもん。


あたしは思い切っておばあちゃんに話しかけた。


『銭湯は好きなんですか?』


おばあちゃんはふふと笑って。


『ほら、みんなすっぽんぽん。だから大好き』


あたしはなんだが可笑しくなってまた笑った。

おばあちゃんもにっこりと笑ってくれている。


『みーんな、すっぽんぽん』


おばあちゃんのその言葉は柔らかくて、まるでマシュマロみたいにあたしの汚れ切った心に溶けていく。


甘い甘いマシュマロの味がしみて、あたしのほっぺたに涙が零れた。





昨夜、あたしは好きでもない男に抱かれた。

出世の為、お金の為、将来の為に。


他愛もないこと。


経験者はそう言ってたけれど、あたしは自分が自分でなくなった気がしていた。


おばあちゃんに悟られまいと、あたしは湯船に顔の半分を沈めた。


熱いお湯が、あたしを責めている。


銭湯近くにある、100円の自動販売機が古びた街灯に照らされている。


月明かりはどこまでも白くて聡明だ。


つい今しがた、故郷の両親からメールが届いていた。


『のぞみちゃん、お誕生日おめでとう』


って。


自分の産まれた記念日すらも忘れていた空っぽの誕生日。


あたしは自販機に100円硬貨を入れた。


けれど硬貨は虚しい音を立てながら返却口へと堕ちる。


あたしは再び挑戦した。


それでも虚しい音だけが響き渡る。


まるで拒絶されているみたいで悔しかった。


だからあたしは何度も何度も同じ硬貨を入れ続けた。


拒否らないで受け入れて欲しいから。こんな自分を。


化粧水と乳液で整えた肌が乾かないうちに。どうか受け入れてください。


その一心で入れ続けた硬貨。


すると突然、自販機に明かりが灯ってふてくされた顔のあたしを照らした。


温かい紅茶がカラカラの気持ちを潤してくれた。


あたしはお月様を見上げて決意した。


あんなくだらない会社辞めてやろう。


そして自分に呟いた。


『ハッピーバースデー』





おしまい。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天然のラジウム温泉の効能があります みつお真 @ikuraikura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ