勇者と魔王が作った平和は崩れ去りました。

鈴野前

第1話

 アランは隣の家の人に刺されて死んだ。

 サイトウは逃げてる際に流れ弾で首をやられて死んだ。

 タロウは待ち伏せしていた奴等に、狙撃されて死んだ。


 マークは昨日の夜、迂回路が使えるか偵察へ出たっきり、帰ってこない。


 残っているのは、自分を含めて三人だけだ。




 勇者と魔王は人間と魔族の和平の契約を交わした。これによって互いに一切の戦闘が行えなくなり、互いの商い等での交流が増えた結果。1つの国が生まれ、そこでは人間は勇者を魔族は魔王を信仰し、二大宗教として、国の中で広まっていた。


 丁度100年祭の前日のことだ。

 魔族が、人間を滅ぼそうとしているという噂が広まった。

 以前より勇者と魔王が行った契約は100年目を目処に無くなると言われており、魔族が暴れだすと言い伝えられてきた。そのせいか、異常な速さで噂は拡がり、各家庭で自営のための武具の需要が跳ね上がり、飛ぶように売れていた。


 それを見た魔族側では、100年目を境に人間側が襲って来るのではないかと言う噂が広まり始めた。

 魔族の平均寿命は人間より高い。そのため、人間との戦争を経験しているものも存命であり、人間を信用しきれないでいたのも要因の1つだろう。


 そして、次の日。

 100年祭の前日から酒を浴びるように飲んでいた人間と魔族の青年二人が路上で言い争いを始めたかと思うと、殴り合いの喧嘩を始めてしまった。

 人間からは魔族に青年が襲われている様に見えたし、その逆もまた同じようになっていた。


 かくして、人間と魔族の民族紛争が始まったのだと、過去視ができるマリアが言っていた。


「マーク……死んじゃった」


「場所は?」


「わかんない。山から降りようとしてるときに撃たれてる……」


 過去視は誰かの目に写った物を見る能力だ。

 もし、マークの目だけを使っていたら、撃たれたことは分からない。


 つまり……


「マリア、もう見るな」


「だめ、マー君の命を無駄に出来ない……巡回兵みたい。子供が一人で逃げてきたって思ってるみたいで、応援とかは呼んでなさそう」


「わかった。このまま、進もう」


 進むしか選択肢は残されていない。


「もう無理」


「キャロ?」


 縮こまって震える姿は痛々しい。

 確かに、まともなご飯も食べれてないし、夜も寝れていない。

 魔力だって無いも同然。でも、安全なところまでいかないと、すべてが無駄になる。


「ねえ、ジルの言う安全なところって何処なの。もうどこもかしこも人間がいるんだよ?」


「いや、黒森の先は大丈夫だ」


「それは何度も聞いたもん! でも、もう黒森は越えてるはずでしょ? でも人間の兵士がそこらに野営を建ててるんでしょ? おかしいじゃん!」


 兵士、野営。

 そうか、なぜ気づかなかったんだ。


「マリア、兵士だったんだな?」


「え? うん……」


 この国には兵士は存在しない。何故なら、勇者と魔王の契約によって、百年前には解体されているからだ。今は自衛団体として、軍に似た組織が残るのみ、それすら軍服を着ていない私服警官のような存在だし、銃火器を背負ってる姿でも猟師とかにしか見えない。


 つまり、一目で見抜けるような格好は、するはずがない。ならば隣国の人間が関わっているというのがわかる。


 近くに大国との国境があったはず。つまり、そこが今回の騒動の黒幕の可能性が高い。

 となると、どこに行けば良いんだ?


 むりだ。方向転換することはできない。もう進むしかない。

 二人は限界だし、どうすることも出来ない。

 男として、どうにかしてでも二人だけは……


「進もう。キャロ、周囲の音をよく聞いといて、金属音がしたら直ぐに、手を引いて」


「う、うん」


「マリアは過去視を使わないように、魔力を温存しといて」


「……わかった」


 身を潜めて、ゆっくりと歩みを続ける。

 方向は合っている筈だ。後は……斥候だとか巡回兵に会ったときが不味い。さらに不味いのは応援を呼ばれたとき、バレたら速攻で潰さないとならない。


「止まって」


 震えが袖を介して、右手に伝わってくる。キャロも何かに気づいたらしい。


「木の上、二人いる……」


 二人も!?


 攻撃されていないということは、未だばれていない? それか……


 味方か?


「童、ここで何をしている?」


 バレた。

 どうする?


 いや、童?

 今時そんな言い方はしないのではないか?


「魔族の国へ向かう途中です」


「ほう、話を聞かせてもらおうか」


 上から降りてきたのは、耳長かつ、金髪のイケメン二人組。


「貴方達は、黒森のエルフですか?」


 お伽噺に出てくる黒森のエルフは、普通人の前に姿を表さない。聖樹が創る箱庭で暮らしている。


「いかにも、外界の森がざわめいているからな、様子を見に来たのだ」


「だが、そうか戦争だな? そして、貴様等はフルトンへ向かう途中なのだろう?」


 フルトン?


「どこですか?」


「兄者、あの国は滅びたのでは?」


「そうだったか? まあ良い。あの地域はどちらにせよ人は住めないからな、魔族の童等が逃げる先にするのは良い判断だ。だが、疲れがたまっていそうだな?」


 確かに、入浴も睡眠もできていない。


「我等の里に来ると良い。恐らく……問題ないだろう。古き盟友よ」


「そうですな、それがいい」


 聖樹の箱庭に入れる?

 こんなときでなければ、素直に楽しめたのに……



「え?」


 ただ歩いていただけなのに、景色が変わった。


 ……何故に温泉街?

 凄いな、聖樹。


「でもこれはどうしてなんだ?」


 根が腐ったりしないのか?


「ああ、これは聖樹様のお力さ、根から溢れる温水に浸ると寿命が延びると言われている。実際どうだ! 我々は数百年も生きていられる。これも聖樹様のお陰、さあ君達も恩恵を授かると良い!」


 湯気の湿気と木々の薫りが凄い濃い。

 居心地が悪い。


「女風呂はあっちだ。さあ、三人とも入ってきなさい」


 我、基本男ぞ?


「ジル、いこ?」


 え、キャロ?

 まてまてまて……裾を引っ張らないで、マリアさん!


 コクりと頷いた。心が通じたのか!?


「マリア!」


「分かってる」


 本当か? その手はなんだ?


「マリアさん?」


「暫く固まった方が良い」


 それなら、こうなるのか?


 ……

 やっぱり、ならないと思う。

「おかしいと思わない?」


「思う」


「そうよね、普通この箱庭まで入れない筈なのに」


 それもそうだけれど、そっちじゃない。今この状況の方がおかしい。ここは女湯だぞ?

 今、自分の見た目は女だけど……前世は男なんですよ、エルフの森の女湯っすよ?


 いや……刺激が強い。

 こんな時でも、というかこんなときだからか


 ーーまあ、自分達以外は誰も入ってないんですけどね。


 お風呂から出ると、あの二人が待っていた。


「異邦人達よ、此方へ。尊き御方がお待ちだ」


 エルフが尊きと言うからには、聖樹の精霊か何かだろうか?

 果たして、自分達に見えるのか……?


 案内されたのは聖樹内の洞。

 やはり精霊?


「お墓?」


 石造りのお墓がそこには建っていた。

 木の中に造る必要があるのかすら分からないけれど、神秘的な何かを感じる。


「最近亡くなった長老の墓です」


「そうですか」


 どうしろと?


「そうさなぁ……儂とイチャイチャしない?」


 なんだこのエロジジイ。


「長老、古き盟友をつれて参りました」


「ふむ、ご苦労さがってよい。して、古き盟友よ、気付いているかな?」


「どれに?」


「我等が滅びかけているということにだ。町中のエルフの数はどうじゃった? 少なかろ? 全盛期は溢れんばかりのエルフで埋め尽くされておったものだ。なつかしいなぁ」


 目の前の自分達はもはや眼中にないのか、過去に思いを寄せ始める老人。


「で、何故に自分達を呼んだのですか?」


「ん、ああそうじゃったな。是非とも我等の最後の希望を君達の旅路に加えて欲しいのだ。ここはもうだめだ生者の暮らして行ける世界ではなくなる。ティナ来なさい」


「はい、お爺様」


 エルフの若いはどのくらいなのか分からないけれど、見た目だけは自分達と同年代のように見える。


「……こちらの状況がわかって言ってます?」


 あくまでも人間から逃げてる身だ。

 人数は増やしたくない。という気持ちがあるにはある。


「わかっている。だが、うちの孫娘は素晴らしいぞ? 隠密に戦闘能力何を取っても、この村のなかで一番優れている!」


 それは、人口が限りなく少ないからでは?

 でも、斥候役が増えると考えれば……ありか。


「わかりました」


「え……いや。私は嫌なんですが」


 は?

 なにそれ。

 話してないのかとかなんとか言ってやらねばと、長老の方を向けば、口を開いたまま固まっている。これは……?


「だって、そうじゃないですか? なんで慣れ親しんだここから出て、態々危ないところにいかなきゃならないの?」


 それはそう。

 わかる。自分達もむしろここにいたいくらいだもの。


「ティナ? 何を言っとる。おじいちゃんの言葉には今まで反対したことがなかったのに!」


「それはだって、母上と父上に叱られるからで、別に良い子ぶってただけですよ?」


「それならなおさら外に行った方がよくないかな? 前時代的な考えのお爺さんに干渉されるの嫌じゃない?」


 背後から、刺すような視線を感じる。

 こわいなぁ。


「それはそれ、これはこれ。でもまあ、貴女がそういうならば、付いていってあげなくもないですよ?」


 なるほど、この決断の責任をこちらに投げたいだけなんだ。まあいいけれど。


「そう? じゃあ一緒に行こうか」


「なれば、儂からの選別をやろう。ティナ、儂の部屋の床板を外しなさい。君達が必要なものはすべて持っていって良い」



 森を出ると、辺りはすっかり夜になっていた。


「今日は進もう」


 エルフの装備品はこと、森の中においては絶大な力を振るう。

 枯れ葉を踏んでも音が鳴らず。邪魔な木々が道を開いてくれる。


 そして、気配が察知されにくい。

 互いの気配はわかるようにしているけれど、動物が極至近距離に近づくまで逃げ出さないのだ。


 今思うと、動物に全く会わなかったということは、こちらの存在がバレていたわけで、いつ人間にバレていたかも分からない。


「待って」


 キャロの小さな声に、全員が止まって辺りを窺う。

 自分には分からないから、これは遠いな?


「暫く先に人が沢山いるみたい」


 な……


「待て、方角はまさか……」


「うん。進行方向」


「どうしますの?」


「……丁度開戦したばかりみたい。どうする? 陸路は行けないと思う」


「迂回路は無理だ。引き返す距離が長すぎる。この先の平原だと、絶対バレる。夜を待とう」


 もう少しだ。

 ここまで来たら大丈夫。


 いや、気を抜くな。


 ……

 どうして?

「なんでこんなに明るいんだ?」


「照明灯……」


 確かに魔属は夜に真の力を奮うものが多いのは事実、だがこんな照明なんていつの間に開発したんだ?


 進むしかないのか?


 動く影を見つけると、人間の兵士が魔法や矢を放つのが見える。これじゃあ、移動はできない。


「ティナ、装備の中に火矢はあるか?」


「あるわよ、でもそれならスリングの方が良いでしょうね。矢の向きで居場所がバレるから」


 スリングがあるなら、それでいいか。


「なるべく進行予定の方角より遠くのにやってくれ」


「わかってるわよ、良い?」


 ヒュンという音と共に、赤い光を帯びる石が人間達の野営群の奥へと飛んでいった。


「急ぐわよ、あと30秒で一気に燃えるわ」


 照明灯の光が届かないギリギリのところまで来た。


 爆発音が辺り一面に響き渡る。


 それを合図に走り出す。


「やったね!」


「いや、まだだ。着くまで気を抜くな!」


「もう一個くらい投げとく?」


「だめ、バレる」


「まだ野営地内に敵が居るって探してるみたいだから、暫くは平気だと思う」


 いやそれは不味い気がする。

 思っていたより、動きが早い。


 そもそも、野営地内の敵を発見するために、全員をそちらに回すか? いや、これをしかけた相手が逃げてないかと、こちらに監視員を割くのでは?


 さすがに杞憂だったらしい。何事も無く、門までついて、魔族の兵士に保護された。


 ……それから一年後の事だ。

 戦争は一時休戦したけれど、ここいらの魔族の領土は黒森を境にされ、相当小さくなってしまっているし、散り散りにされている現状はよろしくない。町中で、大規模攻勢が囁かれている程だ。


 そんな中、自分達四人は魔族学校の入学式を迎えようとしていた。

 それからの話はまた別の話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者と魔王が作った平和は崩れ去りました。 鈴野前 @suzunomaehasakukusiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る