朝読の時間に彼を振り向かせる方法
中村悠
第1話
朝のこの読書の時間が好きだ。
教室はしんと静まりかえって時折紙を指先で擦る音やペラリとページを捲る音が心地良い。
真剣に文字を追う。
今朝読んでいるセンテンスは高校生の男女の巡り合いのシーン。ドキドキするよね。思わず顔がにやけるよね。顔が歪んだことに気づいて慌てて顔を上げて教室をキョロキョロしちゃうよね。
周りが自分を見ていないことに安心して再び文字を辿る。ページを捲る指が出会いのジリジリ感に共感したのかジリッと動く。
主人公二人が無事意気投合して、ほうっと息を吐く。
この部分の描写がたまらなく素敵だよね。作者様、マジ神だよね、高校生のきゅんな気持ち、わかってるよね。二人の設定も図書委員だなんて、神設定、あざっす。次のページを捲ろうとしたところで、朝の読書タイム終了のブザーが鳴った。
そして私の好きな人観察の時間も終わった。
放課後の図書当番。
交互にしていた本の整理も終わって、カウンターに二人で並ぶ。
「拓也くんのおすすめしてくれた本、めちゃくちゃ面白い。止まらなくってサクサク読み進めちゃう」
そう、読み進めちゃって実はもう読み終わっている。そして毎朝、学校の朝読時間は拓也くんの観察タイムになっている私。だがそれも毎回のことだ。
拓也くんの席より後方の私は、教卓の教師からの視線がない朝の読書時間にひたすらくんをガン見しているのだ。
「二人が日常の他愛もないことに同じ目線と同じ感情を持って幸せを共感できるのって、良いよね~。きゅんきゅんときめきました」
「俺も」
「来週の本も、おすすめよろしくお願いします!」
「ああ。お前もな。お前の今週のおすすめ、かなり、きた」
「でしょ。等身大の高校生が描かれていて、作者マジ神だわ〜」
「お前のセレクトも神だぞ」
「本当に!読書家の拓也くんにそう言って貰えると凄く嬉しいなあ。今度は何が良い?また恋愛?それとも冒険?チートとか」
「恋愛ものがいいな」
「おけ。好きな属性ある?ツンとかデレとか」
「……ツンもデレも、なんでも、」
「え、意外。くんツンデレもいけるんだ。でも任せて。とっておきを持って来るよ」
「……俺も来週分のおすすめ、明日にでも持って来るよ」
「楽しみにしているね」
カウンターの内側で静かにコソコソと話す、私の至福の時間。ビバ図書委員!ビバ放課後!
次の日の放課後。当番じゃなくても図書室に向かう。そこにいれば、拓也くんがおすすめ本を持ってきてくれるはずだ。時間があれば一緒に自主学習出来たり、本を読んだりも出来たりする魔法の空間。
足取りも軽くウキウキ気分で、図書室へゴー!
今週末は、何を読もうかなと本棚を眺めていると「何捜してるの?」と後ろで声がしたけれど、本棚から視線は外さずに返事をした。
「んー、久しぶりに児童文学的な路線を読もうかと。最近読んでないから不純な大人になりつつある感じがして」
「なんだよ、それ」
「主人公の成長物語的な王道を読んで、わたしも成長を促そうかと」
「本読んで人生その通りになるんだったら、俺、本読みまくるわ」
「えー、拓也くん、読みまくってるじゃん」
「俺はじゃあ、王道の主人公か?」
「んー、図書委員の私たちはどっちかっていうとモブ?」
「なら、本に自分を求めても無理だな」
「そんなことないよ。本は心を豊かにしてくれるし、人生を変えてもくれるじゃん!」
「そりゃあそうだろうけど、本を読んで意識変わっても一週間もすれば元の自分に戻ってる。それ以上継続したためしがないわ、俺は」
「そうかもしれないけど。でもさ、ほんの少しの可能性を信じたいじゃん。
……わかった。今日は私、拓也くんにお薦めの本を渡さないで、この土日にも一度選びなおす。月曜の朝渡すから、それでもいい?」
「……いいよ、楽しみにしてる。でもさ、俺はなんでもいいと思ってるよ、」
「ツンでもデレでも、でしょ。まさか巨乳でも貧乳でもいいとか?」
「おれは、巨乳でも貧乳でも、」
「嘘……、拓也くん、ストライクゾーン広すぎ。読んでほしい本が絞れなくなる」
「お前のお薦めは、ラノベか、ラノベなのか」
「包含する」
「はいはい、気楽に待ってる」
その後、拓也くんからの来週の朝読用お薦め本を受け取り、そのまま机で肩を並べて閉館時間まで自主学習をした。帰りは当たり前のように駅まで送ってもらったけれど、拓也くんのもはや誰でもいい感の女性の好みに思考が囚われ、あまり集中もできなかったし、拓也くんの話も上の空だったかもしれない。
******
月曜日の朝、拓也くんが教室に入ってきたのを見計らって声を掛けた。
「これ、短編集なんだけど。今日読んでほしい話に付箋貼っておいたからそこを読んでほしいんだけど」
「うん、いいよ。この話が俺の一週間を超えるような何か継続をもたらしてくれるってことかな?」
「……できれば」
「楽しみだな」
そして、ブザーが鳴って朝読の時間が始まった。
勿論私は拓也くんの貸してくれた本は週末に読破している。図書室で借りた児童文学書もだ。よって今日も楽しく観察タイムだ。
拓也くんが、真剣に文字を追う。
数ページ捲った今、読んでいるページは高校生の男女の席替えのシーン。好きな女の子の隣の席になりたい男の子に、女の子は「あんたの隣は嫌」って言うんだよね。その言葉にドキっとするよね。緊張が走るよね。
でもなんでそんなこと言ったかって、隣の席だと好きな男の子のことを授業中見ていられないからなんだよね。思わず女の子のツンに顔がニヤけるよね。一瞬顔を上げ周りがそんな自分を見ていないことに安心して、再び文字を辿る。ページを捲る指がその後の展開に共感したのか、紙を強く持ったのがわかる。
そして次のページは、私の勝負ページ。
拓也くんの一週間以上継続する何かを作り出せるかどうかの。
ツンな女の子が、どうして自分の隣の席は嫌だと言ったのか。もしかして授業中の自分を見ているのかも、と気づいて。
後ろを振り向く。
そして目が合う。
ツンな彼女が真っ赤な顔をしてデレるのだ。
彼女の気持ちに気付いて物語はハッピーエンドで終わる。
その後の描写に彼女が彼の腕にぎゅっとしがみ付くシーンはあったが、胸の大小の記載はなかった。
拓也くんが、ぱたりと本を閉じた。丁度いい。もうすぐ終了時刻だ。
本を閉じた手も指もすらりとして美しいなと眺めていたら。
急に拓也くんが振り向いた。
そして、
私と目があったのだ。
にかっと笑うとそのまま私を見つめていた。
朝読書の時間。
物音をたてるわけにはいかないが、そもそもわたしは、眼が合ったことに驚いて瞬くことすら忘れた。期待してなかったと言ったら嘘だけど、私の拓也くんへの想いがほんの少しでも届けばいいなと思った今回の本選び。
ちゃんと伝わったと思ってもいいのでしょうか。
放課後、いつもの図書室で。
今日はまだ誰も来ていない。図書委員のいるカウンターから離れた場所で話し始めた。
「......この話面白かった。ほかの短編も読んだ方がいい?」
「ううん。その話がお薦めだったから」
「ねえ、俺さ、自惚れてもいいのかな?」
「……一週間以上継続するなら?」
「俺の気持ちだけで言えば、既に半年。今日から二人で始めるなら、一週間は余裕で、」
「私の気持ちだけで言えば、既に一年。今日から二人で始めるなら、できれば死が二人を分かつまで」
「ぷはっ。だなっ。始まる二人は夢を見たいし実現させたいな。だけど、実現させるには一つハードルがある」
「ハードル?」
「お前さあ、人の話は最後まで聞け」
「???私、聞いてない???拓也くんの話を??」
「ああ、聞いてない。俺はツンもデレもお前が勧めてくれた本なら何でもいいと言おうとした」
「……」
「胸の大きさも、お前ならなんだっていいと思っていた」
「ソウデスカ。フツウデス」
「だから、そんな事聞いてない」
「なんだ~、自分一人で勝手に悩んで損した~」
「悩むのは思春期の若者の特権だ」
「なんか、じじくさいよ」
「そして答えは誰かが教えてくれたり、本の中で見つかったりする」
「そう。読書って素晴らしいね。特に朝読の時間」
「……おまえ、朝読の時間ってちゃんと本読んでるのか?」
「イイエ、マッタク。だって、私のお薦めした本に興味持ってくれたかどうか、反応が気になっちゃって」
そうなのだ。観察タイムの切っ掛けは、拓也くんが私の勧めた本を気に入ってくれるか心配でチラ見していたのが思いのほか楽しくって、しかも誰にも気づかれずずっと見ていられることに感動し、そこからは観察が病みつきになってしまったのだ。
「はは、お前の選書、神だよ。きっと感性が近いんだろうなってずっと思ってた。俺のツボを心得ている」
「反応見てたからね。それにわかりやすいし」
「じゃあ、俺がお前のこと好きだって気づいてたんじゃないのか?」
そう言ってそっぽを向いた拓也くんが可愛いい」
「あ、あと、もう一つ」
「?何?」
「一週間以上は余裕って話の続き」
「ああ、ごめん。それにも続きがあったんだ?」
「ああ。お前のことが好きだから。お前が俺のこと嫌いになるまで、続くよ。それだけ」
「……」
「ちゃんと好きって言いたかったんだ」
拓也くんの突然の告白に何の言葉も返せずに、ただ真っ赤になって俯いてしまった。本の中のような恋愛が自分にも起きるなんて。
「今日は図書室でようか。ここじゃ声出して話せない」
「……賛成。いつもは小声でばかりだったからね。今日はいっぱい大声で話して笑い合いたい。ねえ、私のこと笑わせてみてもよろしくってよ」
「ははっ、なんだよそれ」
「シーッ、静かに」
いつのまにか人が集まっていたようで、わたし達は注意されてしまった。二人で申し訳無さそうに見つめ合えば、そのまま微笑んで静かに図書室を出て行く。その拓也くんの腕に私は、思い切って抱きついた。
「!!これがフツウサイズ……」
「声に出さないでよ、恥ずかしい、もうっ」
「恥ずかしいってんなら俺だって、恥ずかしいよ。朝読の間、お前にずっと見られてたんだからな。明日から俺も当日におすすめの本を渡すことにする。俺のこと見る余裕もないくらい面白い本を持って来るからな」
「ええ、それってどうなの?本に夢中になって拓也くんのこと構わなくなっちゃうかもよ~」
「夢中にさせてしまうのが、本の素晴らしいところだ、仕方無い」
「だね!」
図書委員の私は、みんなに大きな声で言いたい!読書は、素晴らしいものだってこと。本は人生を変えてくれるんだ。特に私と拓也くんの人生を、ね。
朝読の時間に彼を振り向かせる方法 中村悠 @aoisorasiroikumo
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