第28話 彼女の願い

僕は彼女の家の前に立っていた。

どうして僕が彼女の家に行くのか、と言えば理由はただ一つだ。

昨日彼女の母親から電話があった。

渡したいものがあるから来てほしい、という内容だった。

僕がインターホンを鳴らすと奥から軽いスリッパの音が聞こえ、そして彼女の母親が玄関の扉を開けた。

「いらっしゃい。わざわざ呼び出してごめんね」

彼女の母親はそう申し訳なさそうに言うと僕を家の中へ入るように促した。

「お邪魔します」

実際僕が彼女の家に入ったのは初めてで何もかもが新鮮だった。

彼女の母親は客間に僕を通すとお茶と和菓子を乗せた皿を持ってきた。

僕が遠慮を示すと彼女の母親は彼女そっくりの笑顔でいいのよ、と言うふうに笑った。

僕が部屋を見渡した時、ある二つのものが目に止まった。

それは、いつもの笑顔溢れる彼女の写真ががある仏壇、そしてあのピンクのボストンバッグ。

僕がそれらを交互に見ていると彼女の母親が僕の目の前に座った。

「今日はね、渡したいものがあって来てもらったのよ」

彼女の母親はそう言うとピンク色のボストンバッグに手をかけ、その中から白い封筒を取り出した。

「結衣が亡くなってからこのバッグの中身を整理していたのよ。そうしたら手紙が入ってたから。中村くん宛の」

彼女の母親はその封筒を僕に差し出した。

「お願い。見てやって」

僕は何も見ていないのに涙が溢れてきそうで歯を食いしばった。

恐る恐る白い封筒に触れる。

中を開けると君へ、と書かれた白い便箋が二枚入っていた。

僕は一つ一つ読み落としがないように読み進めていった。


『君へ

君はさ、いつか自分に自信がないって言ってたよね。

でも君はすごく素敵な人だと思う。

私は君にどこか憧れてたの。「自分」という人間をを貫き通す君に。

最初はさ、一人ですごく寂しい人だなぁって思ってたけど話してみたら面白くて。

君が友達を寄せつけようとしないだけで本当は友達欲しいんじゃない?

君のプライド?かポリシーか知らないけどさ、君が作ろうとしてないだけ。

一人で過ごす時間よりも二人で過ごす時間の方が100倍楽しいよ。

君は自分から逃げてるよ。私の予想とか入ってるけどさ。

でも、結構図星じゃない?

逃げててもいつか逃げられない場所に辿り着く。

そこで逃げる癖がついてたら逃げることしかできなくなっちゃうと思うんだ。

君は強い人だよ。私一緒にいて思ったもん。

私、今まで結構自分が強い方だと思ってたんだけどね、君は私よりも強い。

誰かを頼らないで生きてきた君には少し分からないことかもしれない。

でも、誰かに頼らずには生きていけないよ。私だってもっと生きてたら誰かを頼ったよ。ていうかその前に君を頼ってたね(笑)

生きている間に君に頼ってた。逆に君しかいなかったのかも。頼れる人。

家族って身内じゃん?身内には言えないことが、頼れないことがあったのかも。私、君には色々なことを教わった。そして君も私から色々教わったでしょ?(笑)

こうやって人間って教わりながら生きていくんだよ。

私は今、思う。君になりたかった。私、君になりたかったのかも。

前、普通の女の子が良かったって言ってたけど。

確かに心のどこかではもっと沢山の青春を謳歌したい、っていう気持ちはあるけど。

でもやっぱり私は君がいいかな。


君は私がいなくても生きていける。

私がいなくてもなんでもできる。

だってまだ生きてるんだから。

まだ未来があるじゃない。

私にはできないこと、まだ君はいっぱいできるんだよ。


あとさ、生きている間いつもお世話になったよね。

ありがとう。毎日お見舞いに来てくれて何かしら持ってきてくれて。

実はすごく嬉しかった。君と過ごす時間が楽しくてしょうがなかった。

だけど私はもうこの世にいない。

だからさ、私の最後のお願いだと思って聞いて欲しいの。

私の願いは一つ。

君がいい家庭を作って可愛い子供のもとで幸せになること。

君の笑顔は私の宝物だよ。

今まで本当にありがとう。

私はいつでも君の味方だよ。

君は何でもできるよ。

まだ明るく輝く未来が待ってるんだから。

私は君が笑ってる時が一番好きだよ。

笑ってる君はキラキラしてたよ。

私、君に出会えて本当によかった。

だからこそ君が幸せな家庭を作るのが私の夢。


流れ星、綺麗だったね。今まで見た中で一番素敵だったよ。

君と一緒に過ごした日々は私にとってかけがえのない宝物。

因みに私が流れ星の時になんのお願い事したか知ってる?

知る訳ないか(笑)

特別に君に教えて差し上げましょう!

「君が幸せになりますように」

これが私の願い事。


急に話変わるけど、私はね、心臓が動いていたって自分の意思で歩めないならそんなの生きてるなんて言えないって思ってるんだ。

なんでこんなこと言うかって?

そりゃあ、決まってるよ。

君がいつだって前を向いて生きていけることを祈ってるからだよ。

それと、君は私が死んだからって私の分を生きる、とか思いそうだけど辞めてね?

「私の為に生きる」ではなくて「自分の為に生きて」

それが人間なんだから。

君の未来に私がいなくても君の過去には私という人間が存在したでしょ?

だから、悲しまないで、とは言わないから。泣かないで。


それともう一つお願いがあります。

私の一筋の望み。

私の最後のお願いだと思って聞いてほしいの。


君の笑顔が好きです。ずっと笑っていてください。』


僕は最後まで読んでまた溢れる涙を食い止めることができなかった。

僕が静かに嗚咽を漏らしていると彼女の母親が微笑みながら言った。

「結衣と仲良くしてくれてありがとう。本当に、ありがとう」

僕が頷くことしかできないでいると唐突に彼女の母親が不思議なことを言い出した。

「この手紙ね、私の分もあったんだけど……。死後のこととかも書かれてあったから、生きている間に書いたものじゃないのかな、ってちょっと思ってるの」

「それって……」

その言葉に僕が問い返すと彼女の母親は窓の外を見ながら嬉しそうに呟いた。

「結衣の空からの贈り物ね」

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