第26話 星の瞬き

夜の十時十五分になった。

僕たちは今、僕がネットで探し回り、やっと見つけた丘にいる。

彼女は隣で興奮が覚めないのか飛び跳ねている。

予定していた時間とは違うが一時間も違わないので僕たちはショッピングが終わるとそのまま丘へ直行した。

「本当に楽しみ!どうしようー!心臓、爆発しそう!」

彼女が夜空を見ながらそう言う。

「心臓は爆発しないよ」

僕が正論を言うと彼女は頬を膨らませた。

「いいの!これは一種の例えなんだから」

やがて彼女は立っているのが疲れたのか丘の上に生えている芝生の上に座った。

「君も座りなよ」

彼女はそう言って自分の隣の草をぽんぽん、と叩く。

僕は彼女に促され、座る。

秋の風は心地よくて僕は目を閉じた。

何故か僕は二人でいる時間が愛おしくなり、時間が止まってほしい、そう感じていた。

「……見えないね……」

彼女はそうぽつん、と呟く。

彼女の声が空気に溶けていく。

予定していた十一時を過ぎても流れ星は一向に現れる気配もなかった。

彼女は寂しそうに俯いた。

「見たかったな、流れ星」

僕はそんな彼女を見ていられなくて心の中で必死に祈った。

——流れ星が見られますように。

「あ!」

僕が目を瞑りながら願っていたその時彼女が大きな声を上げた。

「流れ星だぁ!」

彼女はそう言うと立ち上がって丘の柵のところまで駆けて行った。

僕が目を開けると流れ星が夜空一面に降っていた。

無数に夜空を流れる星は僕たちの目を一層惹きつけた。

「わぁ……」

僕も立ち上がり、彼女の元へ向かう。

彼女は必死に目を閉じて両手を合わせて願っていた。

僕も祈る。

流れ星に向けて。

——彼女が元気になりますように。

僕が目を開けると彼女はまだ祈っていた。

僕は彼女が手を組み合わせている間彼女が何を祈っているのか少し考えた。

前、父親に会いたいと言っていたから父親に関することを願っているのだろうか?

それとも自分の病気のことについて願っているのだろうか?

僕がそう思考を巡らせていると彼女がぱっ、と目を開けて夜空に輝く流れ星を見上げた。

いくつも絶え間なく流れていく流れ星は、本当に綺麗、と言う言葉では表すのが勿体ないくらいだった。

彼女は夜空を包み込むように両手を広げた。

「綺麗……。本当に……」

彼女は感嘆のため息を漏らしながら呟く。

「ねえねえ、君は私のお願い、叶えてくれる?」

「え?」

彼女の突然の言葉に僕はそう聞き返す。

「私が君にお願いをしたらそれを叶えてくれる?」

「別にいいけど……ただ内容によ……」

僕の言葉が遮られたのは彼女が僕の言葉に重ねるように言ったからだった。

「私にハグしてください」

「は?」

「私のお願い、なんでも聞いてくれるんでしょ?」

彼女がそうしらけた顔で言う。

「いや、内容によるって言ったでしょ。それに……もうしたじゃん」

僕が俯きながら言うと彼女はそうだけど、と言った。

「でも、あれは私からだったでしょ。今度は君からしてよ」

なんてことを言うんだろう。

彼女は頭がおかしいんだろうか。

でも、なんとなくしない訳にはいかない気がした。

一瞬のことだ。大丈夫だ。

僕は心の中で呪文のようにそう唱えると彼女のそばに寄った。

彼女は手を広げて僕を待っているようだった。

僕は少し迷った末に彼女の顔に近づいた。

僕はそのまま彼女の腕の中には行かず……唇に触れた。

僕は数秒間彼女の唇と一体化していた。

その後すぐに彼女から距離をとったが、彼女は固まったまま、動かなかった。

ただ、僕の触れた唇に手を当てて顔を赤らめていた。

「えっと……今の忘れて」

僕がそう言うと彼女は暫く黙ってから口を開いた。

「忘れない」

彼女はそう掠れた声で呟くと僕に向かって突進し、抱きついてきた。

「ありがとう……。嬉しかったよ……」

彼女はそう言って僕と体を密着させた。

「まさか、君からしてくれるとは思ってもいなかったから……。ちょっとびっくりしちゃった……」

彼女がそう言って微笑む。

僕は黙っていた。

「私、ずっと……ずっと君のことが……本当に……好きだったよ」

僕は思いがけない彼女の言葉に返答に困ってしまった。

「僕は……」

僕が言葉を紡ごうとすると僕の言葉は流れ星の光によって遮られた。

突然、僕たちの真上で星が強烈な光を放って流れた。

「え!?」

彼女と僕は急いで真上の空を見上げる。

すると彼女が囁くように言った。

「あれ……お父さんかもしれない……」

「え?」

「お父さんだよ。きっと。……お父さん、私はここだよ!今年の冬に死ぬことになってるから!すぐそっちに行くからね!待ってってね!お父さん!」

彼女はもう流れ終わった一つの流れ星に向かってそう叫んでいた。

まだ僕たちの上には無数の星が輝き続け、流れ星も沢山降っていた。

彼女は目を閉じてそして大きな息を吐いた。

僕はそんな彼女を黙って見つめていた。

二人の間に沈黙が走る。

でも決してそれは重いものではなかった、と僕は思っている。

——そしてそれは突然の出来事だった。

彼女の体が右に大きく揺れた。

「え……」

僕が駆け寄った時にはもう遅く、彼女は派手な音と共に芝生の上に倒れていた。

僕は焦ったがすぐにポケットから携帯電話を取り出し、救急車を呼んだ。

すると彼女があえぐように息を盛んに吐きながら静かに呟いた。

「私のこと、忘れないで。ずっと君が好きだよ……」

彼女はその場で眠るように息を引きとった。

僕はただ温度が低下していく彼女の手を強く握り締めたまま、俯いた。

涙が一つ、また一つと芝生に落ちては雪のように消えた。

遠くでけたたましいサイレンの音が聞こえた。

彼女の頬には星のような涙が一粒、光っていた。

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