第23話 お父さんの記憶

「わ〜来てくれてありがとう〜」

僕を見るなり彼女はそう声を上げた。

前の病室と比べると少し面積が狭くなった気がする。

彼女はと言うと病室を移る前より元気だったので本当に安心した。

「てか、私が意識不明状態だった時から一ヶ月も経ってるんだね。もうすぐ獅子座流星群が見られるねっ」

彼女が嬉しそうにそう言う。

「いや、まだでしょ。獅子座流星群は十一月の半ば頃。今はまだ十月の上旬」

「後約一ヶ月後じゃん!もうすぐって言うんだよっ」

彼女は必死の抵抗を試みる。

「あーはいはい。そうだね。もうすぐだねー」

僕が半分棒読みで答えると彼女が怒った口調で僕の頭を叩いた。

「もうっ!君はそうやっていっつも馬鹿にしてっ!少しは真面目になったらどう?」

「いや、僕はいつだって真面目だけど」

「あーそっかー君はいつだって真面目だし、ガリ勉だしねー」

「そのガリ勉は余計」

僕がそう言うと彼女は朗らかに笑った。

「あーいつになったら退院できるかなー病院は退屈ー」

彼女が欠伸を噛み殺しながらそう悲しそうに呟いた。

「本当は明日退院するはずだったんだけどさ、なんかダメなんだって。あと一ヶ月は無理そう」

「へぇ」

僕が相槌を打つと彼女は手を顔の前で思いっきり横に振った。

「あ、でも、獅子座流星群までには間に合うから!本当に!うん。全然!」

「いや、何言ってるか分かんないんだけど」

僕が彼女の意味不明な言動に少なからず戸惑う。

「あ、ごめんね。ちょっと、ね」

歯切れが悪い彼女に僕は尋ねる。

「何?」

「え?ううん。なんでもない」

そう言って彼女はベッドに転がった。

「ああーつまんなーい」

彼女はベッドの上を行ったり来たりしながら僕を見上げる。

「ねえ、なんか面白い話、ない?」

「面白い話ねぇ……」

僕は考え込む振りをするが何も思いつかず首を横に振る。

「大体、僕は君以外友達なんていないんだから、そんな君が知りたがる話題なんて持ってないよ」

「え?私たちって友達なの?」

「え?」

彼女がそんな素っ頓狂な声を上げるので僕は思わず聞き返す。

「あ、ううん。なんでもない」

彼女は慌てて首を振る。

僕たちの間に重い沈黙が横たわる。

「君はさ、身近な人が死んじゃったこと、ある?」

突然彼女はそんなことを僕に聞いた。

「身近な人?お婆ちゃん、とか?」

「お婆ちゃん、いないの?」

「去年母方のお婆ちゃんも父方のお婆ちゃんも死んじゃったんだ」

「あ、そうなんだ……。辛い思い出を思い出させちゃってごめんね」

彼女がそう謝るが正直僕はそんなに辛くはなかったので首を横に振る。

お婆ちゃんと話した記憶があるのは小学校低学年頃まで。そこからはお婆ちゃんとも会わなくなった。

「私はさ、お父さんいないんだ」

そんな物思いに耽っていると彼女がそう口にした。

「うん」

それは親友の美花にも聞いたことなので僕は浅く頷く。

「あ、美花から聞いたんだけ。どこまで聞いた?」

「いや、亡くなったところまでしか聞いてない」

僕がそう口にすると彼女はベッドから体勢を起こし、語り始めた。

「私のお父さんは物心つく前に死んじゃったの。だから私はお父さんとの記憶があまりない」

そこで言葉を切る彼女に僕は相槌を打つ。

「うん」

「お父さんと喋ったのもくだらない話ばっかりで。私が三歳の頃にこの世界からいきなり消えちゃったから。お母さんは、お父さんはお星様になったんだよ、って教えてくれたけど……。結局、死んじゃったんじゃんね」

彼女はそう静かに言った。

「それから私は星に関心を持つようになった。小学校低学年の頃まではまだお父さんがお星様になったって話、信じてたから。図書館とかで一生懸命調べたんだよ。星のこと」

彼女は窓の外を見ながらそう呟いた。

「星の中でも流れ星、って言うのが一番気になって。流れ星にお願い事をすると願いが叶うって書いてあったから私、お母さんにお願いしたの。流れ星が見たい、って」

小学三年生の頃にね、と彼女は付け加える。

「お母さんは私の我儘に付き合ってくれたよ。その時見た流れ星が多分獅子座流星群。あの時なんの星なのかお母さんは教えてくれなかったし、特に私から聞くこともないまま高一になった、って感じだよ」

彼女はふう、と息をつく。

「どれだけ流れ星にお願いしてもお父さんは姿を現すことはなかった。でも、それでも信じてるの。お父さんはすごく優しい人だったから、きっと星の中でも一番綺麗な流れ星になってる、って」

彼女は涙が頬を伝っているのも気にせず、話を続けた。

「だから、どうしても見たい。お父さんに、会いたい」

彼女が大粒の涙を溢しながらそう微かな声で呟いた。

僕は彼女が獅子座流星群を観測したいのにこんな大きな理由があるとは知らなかったので大層驚いた。

「まあ、私はもうすぐ死ぬから会えるんだけどね。でも、生きている間にもう一度、会いたいの。それが叶わないんだとしたら、流れ星を一番近くで見てお父さんの存在を、温もりを感じたい」

僕はこれは彼女の切実な願いだと直感した。

僕はその後、一言二言彼女と言葉を交わすと病室を後にした。

彼女に獅子座流星群を見せてあげたい、僕はそう強く思った。

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