第12話 石の命

起きると隣の彼女も起きていて「もうすぐだよー」と言い、上の荷物を下ろしていた。

「君の荷物に最初、驚いたよ」

「もしかしたら泊まりになるかもだからって思ってー」

「海に行くだけなのにスーツケースっておかしい人だね」

「泊まりだったらおかしくないよねー?」

「泊まりは僕から願い下げだ」

彼女はスーツケースを手にして新幹線のドアまで歩いていった。

僕も仕方なく軽量の荷物を手に、ドアまで行った。

新幹線のドアが開き、僕たちはホームに降りた。

夏の日差しがとても暑い。

彼女は情報誌を広げて僕に見せた。

「ここに行くの。静岡県でも有名な伊豆のヒリゾ浜ー」

「何その……卑劣浜って……残酷な名前の海だね」

「ヒリゾ浜ー君ってば卑劣浜なんて名前の海があるわけないでしょー」

彼女は笑いながら情報誌をサブバッグにしまう。

「この駅からバスで行くみたいー」

「そう、好きにしたら?」

「君ってば本当に素っ気ないんだからー」

駅を出てバス停に向かう。

時刻を見ると四時だった。

「ねぇ、これ本当に間に合うの……?」

僕は彼女に不安の色を滲ませた声で聞いた。

「間に合うかなー分かんないー」

分からないで済まされる問題ではない。

「親になんて言うの?」

「メールすればいいでしょ。美花と旅行ってことにしておけば。あー美花とその友達にしとこ」

「親が可哀想だね」

「君こそなんて言うのさ?」

「僕は友達がいることにして旅行ってことにするよ」

「君の方が親がかわいそー」

彼女は眉間にしわを寄せながら言った。

「元はと言えば君のせいだから」

「ひどーい私のせいってー海行こうって言ってその流れで泊まりに行くことになったのが私のせい?」

「そうでしょ」

「まぁいっか」

彼女は笑ってバスに乗り込む。

バスの中は冷房が効いていてひんやりしていた。

「あー気持ちー外とかにもさ、冷房とかつけてほしいよねー」

「どうやって……?」

「なんかビニールシートみたいなの貼って、そこにつけるの」

「無理だね。第一ビニールシートをどこにくっつけるの?」

「さぁ?そこまで考えてないけど」

「考えてないなら口に出さない方がいいと思うよ」

「何で?」

「さぁ」

「さぁって君ねぇ」

彼女はバスの案内放送を聞いてここで降りるんだった、と慌ててスーツケースの取手を引き上げる。

バスを降りるとまたなんとも言えない暑さが体全体を襲った。

彼女は平坦としていた。

彼女は伸びをしてから海を目指して歩き始めた。

しばらく歩くと道が開けていた。

前を見るとそこは辺り一面の海だった。

「きれいーめっちゃ透明ー」

確かに透明度はすごく高かった。

海の底まで見えるくらいであった。

日の光が海に反射して眩しい。

「見てみてー石発見ー」

彼女は石を傾き出す日光に当てて見ていた。

僕も見せてもらうとすごく綺麗な石であった。

エメラルドグリーンの海と同じくらい透明だった。

「こんな石があるの?」

「うん!なんかねぇ口コミで見たんだけどこの海岸には綺麗な石が落ちてることがあるんだってー」

「へぇ」

彼女は風に靡かれる髪を抑えながらさっきの石を海の中に投げた。

「え……?いいの?」

僕が咄嗟に聞くと彼女は笑って答えた。

「いいの。石も海に戻りたいんじゃないかと思って」

彼女は続けた。

「綺麗だけど綺麗な石だからこそ私一人で縛ってちゃ可哀想」

「言っている意味は分からないでもない」

僕は彼女を見た。

あんなに元気な子がもうすぐ死ぬなんて誰も考えないだろう。

彼女はもう浜辺の奥の方まで行っていた。

僕がふと下を見るとキラキラ光るものを見つけた。

拾うとそれは石だった。

薄いピンクがかった綺麗な石だった。

「発掘したー?」

彼女が海の音に負けないくらい大きな声で聞いてきた。

僕が大きく頷くと彼女が走って僕の元にやってきた。

「わぁきれいーピンクの石だぁー」

彼女はその石も海に投げた。

「元気でねー!」

「誰に言ってるの……?」

「石だよー石にも命はあるんだよー」

「はぁ」

「石はやっぱり海のそばにあるのが一番!石にとっても私たちにとってもいいことでしょ」

「そうかもしれないね……」

僕は遠方を見つめた。

彼女が同じ方向を見る。

夕日が傾く中、海のさざめきと共に僕たちの影も溶け込んでいった。

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