第14話 断罪(※フィリップ視点)

 困った事になった。


 スカーレット伯爵夫人の遺書については、すぐに人をやって筆跡を調べ、インクの年代から……この遺書はマリアを妊娠してすぐに書かれたものだ、日付とサインもある……時期を割り出す。


 イグレット公爵、及びモーガン、そしてマリア。彼らは歪んでいる。


 モーガンは根はいい奴だが、しっかりとイグレット公爵の血を受け継いでいるようだ。恋をすれば見境がない。


 イグレット公爵は、公爵であるが故に王家との血筋も近い。確か父上の従兄弟であったはずだ。


 王族に近い公爵の地位で、平民である侍女にちょっかいを出す程度ならば誰も……その侍女でさえ私生児とはいえ充分な養育費を渡されるはずだ……何も言いはしなかっただろう。


 なのに、よりにもよって親友の夫人を強姦し、脅す。


 これは看過できない重罪である。


 そしてそれを裁く権限は私には無い。父上に裁量を委ねなければならないが、スカーレット伯爵には何の落ち度も無い。


 スカーレット伯爵はただ愚かなだけだ。伯爵としてはよくやっているが、家庭内を顧みないという点で彼は愚かである。


 しかし、すべての貴族が完璧である訳では無い。よって、スカーレット伯爵は裁かれるべきでは無い。


 そして、モーガンとマリアが実の兄妹でありながら婚約しているという事実。


 絶交しておいて良かったと思う。モーガンにはあれだけ裏を取れと言ったのに、実際は状況だけを見て動いた。


 イグレット公爵家は、そのような衝動に負ける血筋なのだろうか? いや、それにしても……、あんまりだろうと思う。


 幼い頃から次期婚約者として己を磨き続けてきたジュリアがいながら、恋をしたからといってマリアの言葉だけを鵜呑みにする。彼は公爵家の子息だ。人を使って調べさせればそんなもの、嘘だとすぐに分かる事だ。私が……まだ一王子である私が出来た事が、彼に出来ない筈がない。


「イグレット公爵家は取り潰し、そうすれば自動的に婚約は解消される……マリアの処遇、か」


 今はまだ健在であるイグレット公爵家を、格下の伯爵家の一令嬢が騙したのだ。そして、同じ家族である姉の婚約破棄、そのまま自分がその位置に収まるとは……。


 ジュリアと半分は血が繋がっているのに、マリアは何故そこまで愚かになってしまったのだろうか。


 家内に対して愚かなスカーレット伯爵の血と、自分たちより下の貴族に対して配慮に欠けるイグレット公爵の血。悪い所だけを煮詰めて天使の容姿に詰め込んだような女。


 あの時の形相を思えば、二度と近づきたく無いというのに……どうやらスカーレット伯爵の所に忍ばせている者からの報告では、今度は私を狙っているらしい。


「生憎、私は馬鹿な女は嫌いなんだ、マリア」


 誰も居ない自室で呟く。


 1ヶ月、王子である私を見定めてから、父親にすら話せなかった秘密を打ち明けたジュリア。彼女は賢い。どれだけ怖かった事だろうか。彼女の母は決して同じ血同士が交わらないように、それで居ながら自分の娘として夫に悟られないようにマリアを育てた。彼女の母もまた、貴婦人として最大限賢い選択をし、そして心労によって逝ってしまった。


 泣きながら話してくれたジュリア。


 彼女を素直に愛しいと思う。


 できるだけ彼女の心が軽く済むように、私はこの問題に決着をつけなければならない。


 少しだけホッとしているのは……モーガンは婚前交渉を絶対にしない、と理解している事だろうか。


 元親友のそこだけは信じられる。


 そして、マリアは私に近づこうとしている。ならばモーガンに体を許す事はない。


 私はある程度の筋書きを描いて……この程度、王になれば必ず通る問題の一つに過ぎない……父親の、国王の元に向かった。

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