第3話 スカーレット伯爵夫人の秘密
私が生まれる前からの約束である婚約はつつがなく行われた。モーガン様も私を嫌っていた訳ではないし、貴族間の婚約は恋愛結婚ではないのだ。
イグレット公爵とスカーレット伯爵も上機嫌で書類を交わし、晩餐まで執り行い、そして私は浮かない気分だった。
モーガン様は明らかにマリアに視線を送っている。
「どうされました? モーガン様」
「あぁ、いや、なんでもないよ」
「ふふ、おかしな方」
そうしてマリアは視線に気づくたびに、ころころと鈴を転がすように笑う。
私がいくら柔らかな微笑をたたえていたところで、道端のスミレと大輪の向日葵ならば、向日葵に目がいくものだろう。
母の顔色はどんどん悪くなっていっていた。どうしたのだろう、と気にはかかったが、それぞれの家長が身分差を超えた友人として楽しそうにやっているのだ。無理にも微笑んでイグレット夫人と談笑していた。
こうして交わされた婚約の次の日から、母は寝込んでしまった。医者は原因が分からないと言っていたが、明らかに食が細り、その内起き上がれなくなり、美貌は枯れていった。
父は決して愛妻家で無い訳では無かったので方々手を尽くしたが、母の衰弱を止める手立ては無かった。
もう、そろそろ駄目だろうと言われてすぐ、母は私だけを呼び出した。母の衰弱によって……モーガン様と私の婚約は中々結婚には至らず3ヶ月が過ぎ、両家とも結婚は1年は引き延ばすつもりであった。
「……お母様」
「あぁ、ジュリア……こちらへ。ごめんなさい、皆出ていてくれるかしら」
母のそばには常に使用人が控えており、彼女らを部屋から出して二人きりになると、母は涙を流した。
ずっと堪えていたのだろう。……私が思うよりも長い間、ずっと。
ベッドサイドの引き出しから遺書を取り出した母は、私の手にその遺書を握らせて真実を語った。
それは余りにもショッキングな内容で、私は頭を殴られたような気さえした。
私の初めてのお茶会の日……子供の交流が目的のガーデンパーティーで、大人たちは屋敷の中で付き添いとして控えていた。
ついてきてくれたのは母で、そこに父は居なかった。他の貴族も大体似たような物で、そこは貴婦人たちの社交場だった。
イグレット公爵が母に伯爵へ渡したい物があるのでついてきて欲しいと言われたのも、イグレット公爵とスカーレット伯爵の友情は社交界でも有名な話だったので、誰も不思議に思わなかった。母さえも。
そして、母は公爵の執務室で犯されたのだ。無理やり、抵抗して声を上げれば身分が上の自分の言が通るぞと脅し、借りは返して貰わなければと囁きながら、ベッドですらない執務室の机の上で。
恥辱。悲鳴も何もあげられないまま、公爵は母を好きなようにし、満足したところで母を解放した。時間にして15分にも満たない出来事だった。
用意周到に手には伯爵宛のなんて事の無い内容の手紙を母に持たせ、母は呆然としていたが、その耳元で公爵は言った。
「今日の事を誰かに言ったら殺す」
信じられなかった。イグレット公爵はモーガン様の父親らしく穏やかで優しい微笑を浮かべる聡明な公爵として有名だったが、その時の顔は穏やかだからこそ背筋が凍る程怖しかったと言う。
「そうして出来た子が、マリア……伯爵様とは、月に一度の性交渉が婚前契約で決まっていて……、その月には生理が。生理が終わってから暫くしてお茶会があって……次の月には、性交渉より前に生理が無かったの。意味は分かるわよね……。この遺書はそれを記した物、婚前契約の内容だから伯爵様は記録を取っておられる、……安定期に入る前の事だから流れてしまえば良かったのにとどれ程思ったか。でも、そううまくはいかないものね……、ジュリア、母はこの秘密を墓まで持っていくつもりでした。ですが、モーガン様の瞳を見て……万が一を危惧してあなたにこの事実を記した遺書を託します。どうか……お願いよ、ジュリア……」
泣いて、長く喋って、そしてその重圧を娘に託してしまった事で、母はそのまま意識を失ってしまった。
私は遺書をポケットに仕舞うと、急いで部屋の外に控えている使用人を呼んだ。
母は帰らぬ人となった。
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