第2話 モーガン・イグレット公爵子息

 モーガン様の第一印象は、穏やかなタンポポのような人だった。


 濃い金色の髪もそうだったし、緑の瞳は聡明そうで、それでいてどこか暖かいイメージを見る人に持たせる優しげな方。


 イグレット公爵家と、スカーレット伯爵家には、現当主同士の間に借りがある。スカーレット伯爵が領地の不作の備えが足りずに飢饉を起こしかけたとき、イグレット公爵が助けを出してくれたのだ。幼い頃からの学友であった彼らはそれを借りと貸しとはしなかった。口ではそう言い合いながらも、そう思っていたのはお人好しのスカーレット伯爵だけで、イグレット公爵は……。


 とにかく、その借りを返すためにスカーレット伯爵は自分の娘を公爵家の嫁に相応しい女性に育てると誓い、やがて生まれた私は、物心ついたその日から厳しい教育を施された。淑女としての教養や知識だけでなく、領地経営も多国語も歴史も事業に関する教育も。


 3歳の時に初めて招かれたイグレット家の子供のためのお茶会で、私はモーガン様に出会った。タンポポのような2つ上の少年。


 日々の厳しい教育で心をささくれ立たせて、それを表に出さないように無表情でいた私に、このケーキが美味しいとか、あっちに綺麗な花が咲いているんだとか、一生懸命笑わせようと接してくれた優しい人。


 やがて、私が4歳を過ぎた頃妹のマリアが生まれた。母はマリアを虐げはしなかったし、大事に育てていたと思う。それでも時折苦しそうに眉を潜めていた。


 父はマリアを溺愛した。やがて手放すと決まっている私とは違い、マリアは婿をとってずっと家にいるのだ。


 母は私を大事にしてくれたが、この家の長はスカーレット伯爵である。表立って抗議の声を上げるものは居なかった。


 まだ正式に婚約してなかったとはいえ、何かと私を気にかけてくれたモーガン様の優しさは、私が18歳になり正式に婚約が決まるまで揺るがなかった。


 正式な婚約の為に、公爵家のモーガン様が初めて伯爵家の我が家にやってきた日。その時はまだ、母は生きていて、少し浮かない顔をしていたのを覚えている。


「どうされましたの? お母様」


「……なんでもないわ。大丈夫よ、ジュリア。全てうまくいくわ」


 私は母の言っている意味が分からなかったが、そう言って微笑んだ母にそれ以上の事は追求できなかった。


 父のスカーレット伯爵は燻んだ銀髪に紫の瞳。母はプラチナブロンドに青い瞳。私は新雪のような銀髪に紫の瞳で、そして4つ下の妹は輝く金髪に青の瞳だった。


 貴族の婚約は早い。下手をすれば10歳から、男性はそこまで問われないが女性は20を過ぎれば行き遅れと言われるような世界だ。


 私は適齢期で正式な婚約を結んだ。モーガン様は相変わらず暖かい、タンポポのような聡明な人で、私は最初のお茶会から何度かの逢瀬を重ねるうちに柔らかく笑えるようになっていた。厳しい教育は続いたが、モーガン様のためと思えば苦じゃなかった。


「ようこそいらっしゃいました、モーガン様」


「やぁ、ジュリア。君に会えて嬉しいよ。……おや、そちらのレディは?」


「はじめまして、モーガン様。ジュリアの妹、マリアと申します」


 マリアは伸び伸びと育てられた子だ。花が咲くように笑う14歳の無邪気なマリアに、モーガン様の目が奪われたのは、ジュリアにも分かった。


 そして、母であるスカーレット伯爵夫人にも……。

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