魔法少女VS利用規約

赤糸マト

利用規約に同意しますか?

 魔法少女。


 それは幼い少女たちが憧れる存在だ。


 そして、この私も憧れていた。


 そして3か月前、その憧れは現実のものとなった――


・・・


 月光が優しく世界を照らす中、巨大な化け物と対峙するプリティチャーミングな存在が一つ。


 フリルがふんだんに使われた可愛さを前面に押し出した服装に身を包み、縦ロールに巻かれた腰まで届く金色の髪を揺らている存在——私、北上美香、通称ミカリンである。


 そんな私は大きく息を吐き出した後、今日も今日とて歯を食いしばり、これまで溜まりに溜まった鬱憤を、自身の足元に転がる全長5mはあろうかと思われる真っ黒な人型の化け物の顔へ、一発一発憎しみを込めて拳を振り下ろす。


「グッ、グワッ、ヴッ、ガァッ!!!」

「ミカリン! カテンナーはもう弱り切っている! さあ、ラブリー・マジカル・ビーム♡を使うんだモン!!」


 化け物の顔を踏みつける私に、私の右上でフワフワと浮いているテディベア人形と見まがうほどに無機質な小さな生物が私へと一枚の紙を差し出す。


「あ゛ぁ゛!?」

「み、ミカリン! カテンナーにはこれを使わないと―――」


 私はテディベアが差し出した紙引っ掴むと、びりびりに破き指先から出した炎で燃やす。


「な、なにをするんだモンっ!?」

「黙れ毛玉ぁ!!!」

「ギャァァァァアーーー!!」


 嘆くテディベアの頭を私は引っ掴むと、そのまま勢いよく足元の化け物の口へと叩きつける。化け物はまだ生きているようで、テディベアは化け物歯に噛みつかれる。そんな光景に、私は少しだけ胸の中の黒いものが無くなったのを感じ、その顔には自然と笑みが浮かんだ。


「た……たす……たすけてぇ、助けてミカリ――」

「その名前で呼ぶんじゃねぇって言ったよなぁ、毛玉ぁ?」


 私は尚も齧られ続けるテディベアの顔を踏みつぶし、右手に出現させた500円程度で買えそうな魔法のステッキの柄をグリグリとその頭頂部にめり込ませる。


「そもそも今何時だと思ってんだぁ? 深夜2時だぞ、おい?? あたしゃ明日早出なんだよぉ!? 5時起きなんだよふざけんじゃねぇ」

「ぞ、ぞんなじゃべりがだ、まぼうじょうじょどじて――」

「黙れ、食われてぇのか?」


 私はテディベアを踏む足の力を強め、化け物の口へと押し込んでゆく。それでもテディベアは諦めないのか、潰れ切った口を必死に動かしながら、その手に再び一枚の紙を出現させる。


「ず、ずびばぜん。で、でもとどめさざなぎゃ、寝れまぜんモンよ」

「……つぎ語尾にモンって付けたら殺す。で、何書いてあんだ? ——『サービスの利用時は特定の名称を叫ぶ必要があります』——『周囲に被害を及ぼさないこと』——『本サービス使用による被害は使用者の責任とするものとする』——」


 私は左手でテディベアの耳を無造作に掴み、化け物の口から引っ張り上げると、右手のステッキを消しつつ差し出された紙を無造作に掴み、題目に『利用規約』と書かれたその紙を流し読みしていく。


「おいてめぇ、なんだよ『サービス利用中はいつでも笑顔でいること』って。そもそもおめぇのせいで笑顔になれねぇんだけど!? あ゛ぁ゛!?」

「い、いやしかし――イメージが――」

「消せ」

「い、イメー――」

「消せぇ!」

「いだっ、や、やめてくださ――」


 私は右手でテディベアの頭を紙とともに鷲掴みにし、テディベアの耳を引きちぎる。それに対してテディベアは綿のはみ出た頭の痛みを訴えるが、私はそれを許さんと顔面を掴む手の力を強め、強制的に言葉を終了させた。


「何いい子ぶってんだぁ? 痛みを感じないって言ったのはてめぇだろ?? そりゃそうだろうな、深夜二時にこんな化け物を倒さなきゃいけない私の気持ちなんて、痛みを感じないてめぇには分からねぇわなぁ? どこまで千切れるかを試したって別にいいんだぜ?」

「わ、わがりまじだ」


 テディベアは私の言葉に『心の底から納得』したようで、再びその手に紙を出現させた。


「しっかし、こんな時間にこんなクソ長い規約を読めって……拷問だろ」

「しかっ、しかし、18歳以上の方は自己責任となりますので……」


 私はテディベアが差し出したそれを左手で引っ掴むと、今度は先ほど『サービス利用中はいつでも笑顔でいること』と記載されていた箇所に目を通す。そこにかかれた記載内容は確かに削除されていた。


「……よし、ちゃんと消したみたいだな」

「へ、へへへっ――へぶっ」


 私はテディベアを再び化け物の口へと投げ入れる。そして、右手にペンを出現させ、利用規約の最下段にある署名欄にサインを書き加えると、同意チェックボックスにチェックマークを付けた。


「あ、あの……なんで……?」

「規約にはてめぇに撃つなって書いてなかったからなぁ?」

「え、でも対象はカテンナーだけって記載も――」

「だからその口に突っ込んだんだろう?」


 私の顔には自然と笑顔が浮かぶ。テディベアはその笑顔の意味を理解したのか、苦笑いを浮かべていたその表情が恐怖のそれへと変貌してゆく。しかし、それは私を喜ばせるのみであり、私は少しずつ心の黒い部分が洗い流されていくのを感じつつ、再び魔法のステッキを出現させると、柄の先のハート型の宝石をテディベアの眼球へと押し付けた。


「ちょ、まって、まってって――あや、あやまりますからぁぁあぁぁぁっぁ!!!」

死ねやクソ毛玉ぁぁぁぁぁぁラブリー・マジカル・ビーム♡!!!!!!!!!!」

「まっまぁぁぁあああああああああああああ!!!!!!!!!」


 耳心地のよいテディベアの悲痛な声を聴きながら、私は躊躇なく言葉を放つ。それと同時にステッキの先端が激しくピンク色に発光したかと思うと、目に悪そうな蛍光ピンクの光線がテディベア諸共化け物の頭を吹き飛ばした。


「あっ……がっ……」

「フゥー……ちょっとはすっきりしたか」


 光線を受けた化け物は頭にだけその光線が当たったにも関わらず、その全身は塵が風に吹かれるように霧散し、私の足元には所々綿がはみ出た無残な姿となったテディベアが1体横たわっている。私はそんなテディベアの姿に少しだけ満足感を覚え、大きく伸びをした。


・・・


 魔法少女。


 それは、この世界の闇に住まうカテンナーの脅威から人々を守るために僕たちが契約を交わし、力を与えることにより発現する存在。


 身の危険や人々の危機等、緊急時を除いては魔法少女の選定には感情変化によって生み出されるキラキラパワーが最も多く内包されている齢10~13歳の少女を対象に、魔法少女らしい振る舞いをできるか、人間性がしっかりとしているかなどの、魔法少女として魔法少女らしい人物であるかについて厳正な審査を行い、僕たち魔法妖精が交渉し、力を与えるのが通常である。


 また、魔法少女の力を与えたり、必殺技など強力な力を行使する場合には、通常利用規約に同意した上でしか使用できないが、魔法妖精のルールはある程度人間界のルールに則らなければならない。そのため、18歳未満の魔法少女は魔法妖精が代理責任者として利用規約にサインなどを行うのが常である。


 そして僕、魔法妖精テディもまたキラキラパワーの溢れる少女をスカウトすべく、人間界へと降り立った。しかし――


『がぁでんなぁ゛ーーーー!!!!』

『たっ――助けてっ!!!』


 あの日、カテンナーに襲われた僕は、反射的に傍にいた会社帰りの美香に助けを求めた。そして、その助けが美香のキラキラパワーに反応し、北条美香(25歳独身・ブラック企業勤め)は、魔法少女ミカリンへと変身した。






 ――そして、現在。


「あー、ニコチン切れたわ」


 ミカリンのラブリー・マジカル・ビーム♡から再生を果たした僕は、力の入らない体でふらふらと宙へと浮遊しながら、先の戦闘を思い返す。


 先ほどミカリンが倒したカテンナーは、これまで僕が出会ったカテンナーの中では上から数えて20本に入るほどの強者だ。だが、それをミカリンは必殺技無しで行動不能状態にした。その理由は、彼女の感情の変化量である。


 ブラック企業勤めの彼女の日常は人間としてみればかなり悲惨なものである。日の出前に出社し、日が落ち、時計の針も12時を過ぎた頃に帰路につく生活。そんな彼女の心内は表面上に浮かべる表情とは相反し、荒れ狂う嵐の日の荒波のように、絶望と、憎悪と、怒りと、嘆きと……黒い感情が目まぐるしく変化している。そんな感情の変化の激しい彼女の内包するキラキラパワーは凄まじく、これまで遭遇したカテンナーに対して圧倒的な力を見せていた。


(キラキラパワーというより、ギラギラパワーだモン。しかし、これほどの力を持つ魔法少女を手放すわけには……。でも、上からも『魔法少女のイメージを守れ』って言われてるモンなぁ……でも、これ以上は身体が……)


「毛玉ぁ、あのクソ長い『利用規約』は何とかなんねぇのか?」

「いやぁ、決まりですモ――ので……」


 僕は語尾に気を付けながら、ミカリンの様子をうかがう。ミカリンは何処からか取り出た箱から煙草を取り出す。


「はぁ、まあいいや。毛玉、火ぃ――あ゛?」


 ミカリンは僕に命令しながら、煙草を口元へと近づける。しかし、ミカリンの腕は煙草とミカリンの口との間に拳一つ分の距離を保った位置から動こうとしない。


「あ゛? なんだこれ? 煙草が――」


 ミカリンは何とかして煙草を口元には運ぼうと力を込めるが、腕がプルプルと震えるのみで、その距離は一向に縮む気配はない。ミカリンは諦めたのか、煙草を持つ手を下ろすと、僕へとその捕食者のような眼光を向ける。


「てめぇ、さっきの光線の時に何かしやがったな?」

「い、いやいやいや、そそそ、そんなわわけ、ないじゃないででででですか」

「声震えてんぞ。さっきの紙見せろ」

「は……はいぃ……」


 ミカリンは僕の額に火のついていない煙草をぐりぐりと押し付けながら、脅しをかけてゆく。僕は、僕の心はその眼光に完全に怯みきり、まるで処刑場に送られる受刑者の気分で、両の手に先ほどラブリー・マジカル・ビーム♡を打つ前に『ミカリンにサインさせた』利用規約を差し出す。


「……『サービス利用中の喫煙は行わないこと』……おい、これなんだ? 最初は無かったぞ?」


 ミカリンは僕から奪い取るように利用規約を受け取ると、一読し、そして、僕が追加した項目に指を突き立てながら僕へと迫る。僕は内心ニヤリとしながらも、表面上は焦る表情を取り繕う。


「そ……それは、そのぉ……上の指示でぇ……」

「てめぇ……勝手に入れやがったなぁ?」

「で、でもぉ……もう同意されたので……」

「ッチ、クッソ」


 僕の予想とは裏腹に、ミカリンは僕に暴力を振るうことなく、利用規約をその場に投げ捨てる。


(え……? 報復ないの……??? や、やったーーー!!!!)


 僕が内心飛び上がるほど喜ぶ中、ミカリンは再び煙草を取り出すと、再び口元に煙草を咥えるべく、再び煙草と口との距離を詰めるために震える腕に力を込めてゆく。


「グッ……グギギ……クッソ……ガッ」

「え……うそ……まじ……?」


 魔法妖精が作り出す利用規約には、魔法的な制限がかかる。それは、力を与えた人間がその力を悪用しないため、私的利用しないため、また魔法少女らしい行動を取るためである。


 そして、僕が先ほどミカリンに課した利用規約による制限もまた、喫煙を拘束するものであり通常であれば、喫煙できないように魔法の力が働き、それが阻止される。


 しかし、僕の眼前ではその常識とは裏腹に、ミカリンが力を込めていくにつれ、煙草と口との距離が少しづつではあるが、近づいている。


「負けっ……ねぇ……ガっ……くそがぁぁぁぁあぁあぁぁぁああ!!!!!!」


 そして、ミカリンの雄叫びと共に煙草が口元にあてられ、その瞬間辺り一帯にラブリー・マジカル・ビーム♡の比にならない眩い閃光がミカリンを中心に吐き出される。


「嘘……でしょ……!?」


 僕は驚愕しながらも、目を潰さんとするほどの眩い閃光から何とか目を背けながら、それが収まるのを待つ。閃光はすぐに収まったため、僕はいそいでミカリンへと視線を向ける。


「フゥー。なんだ、変身解除すれば吸えんじゃん」


 そこには、くたびれたスーツを身に纏う、黒髪を煩雑に後ろでまとめた北条美香の姿があった。


「えっ……あっ……変身って解けるんだモン……」

「おい毛玉、火ぃよこせ」

「あ……は、はい……」


 呆気にとられる僕を他所に、美香は顔を突き出しながら僕に火を求める。僕は回らない頭のまま、ただ茫然と美香の指示通り指先に火を灯すと、それを美香の煙草へと近づける。


(え……なんで……タバコ吸えてるモン?)


「あ、それと」

「はい、なんだモン?」

「さっきから言ってる語尾のモン2回と、利用規約の無断改変の分は四分の三殺しで許してやるよ

「え……あ……へ……は……?」


 美香は唖然とする僕の頭を引っ掴むと、それを地面へと叩きつける。そして、灰皿替わりと言わんばかりに火のついた煙草を僕の額へと押し付けると、美香は手首に巻いている時計へと目を落とした。


「もう3時か……どうせ帰っても寝れねぇなぁ。じゃ、あと2時間あるし、覚悟しろよ毛玉ぁ?」

「え……い、う、噓でしょ? 嘘ですよねぇ!?」


 僕は眼前に映る2つの眼光を前に逃げ出そうと叫びながらもがく。しかし、それを話すまいと、美香はミカリンへと変身した。


「ゆ゛る゛じでぁぁぁぁあっぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!! いやぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


・・・


 月は沈み、辺りが太陽の薄明によって照らされる中、そこには薄明により伸びた影が2つ。


 一つは、目に真っ黒な隈を付けた、しかし妙にすっきりした面持ちのくたびれたスーツを着た女性。そしてもう一つは、もはや呻き声すら上がらなくなった、綿の抜けきった無残な姿のテディベア人形が落ちていた。

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魔法少女VS利用規約 赤糸マト @akaitomato

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