第80話  京《ケイ》、軍略に疎し

「幸い、三人の負傷そのものは大したことはありません。大事をとって寝床に寝かせてはいますが」

 今しがた妲己たちの治療を終え、部屋から出た凛がそういった、凛は軍医でもあるからだ、そしてまた凛は部屋に戻る。

 妲己は陰の《氣》で阻害されない特殊体質ではあるが治療自体は普通に行え、ズーハンは絡繰人形カラクリヒトカタではあるが人に近いからだろう。

 メイズはどうやら太公望と同じ天然仙人になりかけていたようで、治りは早かったらしい。

「妲己ほどの功夫遣いを負傷させるなんて、一体どんな功夫遣いや絡繰兵がいるの?」

「いや、多分原因はそうじゃない」

 京が妲己の負傷に驚いているのだが、太公望は違うと大きく紫煙を吐き出した。

「おい、京ちゃん。殷の負け戦が多かった原因を知っているか?」

「全然」

 京が首を横に振ると、太公望はガクっと肩を落とす。

「……は? いや、京ちゃんよ、紂王の転生だろ? 知らないって事はないはずなんだが」

「そこは、もしかするとなんだけどよ」

 太公望が苛立ちから髪を掻き上げていると、アイシャが話に割って入る。

師範センセイが書いた挿絵付きの小説を読んだんだけど、たぶん紂王から継承した記憶は楽しかったものが主なんじゃないかって」

 京の部屋で京の「黒い歴史」の小説を読んだアイシャだから出せた推論だった。紂王の老師をしていた妲己との思い出ばかりだった、

「ほう……。もしかすると紂王は妲己の想いを汲んで転生の際に記憶を継承させたのかもしれんな」

「妲己と紂王、よほど仲が良かったんだなって。歴史書じゃ仲が悪いかのような書き方をされてたからさ」

 煙管を置いた太公望の言葉を聞きアイシャが歴史書とは違うと苦笑していた。


「歴史書ってのは《封神演義》の事だろ? ありゃ周や仙人共の都合のいいように改変したものなんだよ。ざっくりいえば周は善で、殷は悪ってな」


 封神演義について語る太公望は皮肉な笑みを浮かべていた。それは戦争に加担してしまった自身や仙人たちへの憤りなのかもしれない。

 どちらもただ己の正義と民のために戦っただけに過ぎないのにだ。

「さて、話が逸れちまったな。殷が負け続けた理由についてだ」

 と、また太公望は煙管を手に取って、説明を続ける。

「まァ、お前らにもわかるようにいえば妲己と紂王は力を信奉するあまり功夫遣いと絡繰兵を中心に部隊を編成しちまったからだよ。将軍の黄飛虎こうひこも出奔して周に下ってたしな」

「黄飛虎が出奔したのは歴史書通りなのね」

 京は感心して聞いていたが、食いついたのは黄飛虎のことだったようだ。

「いや黄飛虎かよ……。まァ、黄飛虎は頭も切れたし、腕っぷしも相当なモンだったけどよ」

 また太公望は話が逸れたと頭を掻く。

「ったく、昔の事となるとどうにも饒舌になるな。戦争における武器は、いちはやく敵を斃すための遠距離攻撃を中心に発達していった。だから俺たちは宝貝だけでなく投石も用いた」

「投石~?」

 京は投石と聞き、胡散臭いそうだと言う。京はまったくの素人だから無理もないのだが。

「投石だと舐めてたら痛い目を見るぜ。金属の鎧もそうだし絡繰兵の鋼鉄の身体を潰すには投石がかなり有効だったのさ」

「回りくどェな。つまり錬金術師アルケミストの連中に軍経験者がいるってことだろ? 効果的なやり方を知ってたって事だ」

「お! なかなか話が分かるじゃねェか、アイシャちゃん」

 アイシャが答えを言うと太公望は感心して頷いた。太公望もフェイとは違ったベクトルでマニアらしい。

「なるほど、功夫だけじゃ勝てないのね」

 京はしきりに頷いていた。京は軍学についてはとことん無知らしい。

「まァ、そのとおりなわけだが。京ちゃんよ、その様でよく今まで勝ててこれたもんだな」

 京の戦術への無知ぶりに太公望は頭を抱えさせられるのだが、

「まァ、そこは功夫でどうにかしてきたから」

「……わかった。京ちゃんには軍略の話をしねェ方がよさそうだな……」

 そこで京が身も蓋もない事を言い放つと、太公望は今度こそ呆れ果てた。

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