第64話 殷周戦争の真実 弐

「俺と妲己は……、いわば好敵手のような関係だった。時に前線に出て拳を交える事もあった。まァ、当時の俺はまだ青臭い男だったのさ」


 ――勝負だ、妲己! 今度こそお前を悪の道から救い出す!


 ――悪の道とは……。相変わらず、暑苦しい奴だな、お前は……。


 拳を握って叫ぶ太公望少年を見て妲己は肩をすくめていた。

 枯れた中年であった太公望もその当時は少年だったらしく、本人が言っていた通り使命に邁進していたようだった。

「何も知らなかった俺は必死で修行して銀の水を飲まずに仙人になり、妲己や紂王を悪の道から救い出すんだと躍起になっていたのさ」

「……で、俺が紂王を殺したようなもんだっていうのは?」

 そこが重要だと京が言うが、太公望はフッと笑い。

「お前が紂王の転生だっていうなら――」

 太公望は煙管の火を消し、傍にあった机に置き、立ち上がる。

「ちょっと、どこに行くの?」

 背を向けた太公望を京が呼び止めるが、太公望は振り向き、。

「俺の謎解きをきちんと解いたって事は、極陽拳を修めてるってことだな。あの巨石は極陽拳の技でないと簡単に砕けないように細工してある。つまり、俺の奥義を授ける資格があるって事でもある。お前さんの師匠はご存命か?」

「強いキョンシーを討つ時、陰の技を放って相打ちになったと思う……」

 錬の死に目に会えたわけではないのだから、言葉も少なくなる。

「そうか、ならばお前の師匠の代わりに俺が代わりに極陽拳の奥義を授ける」

「は、なにいってんだオッサン?」

 話が見えないとアイシャが目を瞬かせる。

「功夫遣いってのはまァ、難儀でな。お前さんはえっと……紂王の弟子か? 名前は?」

「紂王じゃねェよ、ババアの名前は京だし。俺の名前はアイシャだ!」

 アイシャは憤然として京を紂王と呼ぶなという。

「いや、すまんアイシャ。お前も功夫遣いの弟子なら解るだろう?」

「拳で語るって奴かよ……。まァ、俺も人のことはいえねェけど」

 アイシャは頭を抱えさせられた。どうにも功夫遣いというのは理解しづらい者たちだと思わされる。

「よく解ってるじゃねェか。拳を交えて語るのは功夫遣いのさがって奴だ。久しぶりだぜ、こうも高揚するのはよ……」

 太公望の拳が空を切った。その拳の切れ味はなかなかのもので、極めた仙人であり、功夫遣いであることを如実に物語っている。 


「それに俺は酔狂でこんなことを言ったわけじゃない。拳を交えたほうがより鮮明に《思い出せる》だろうからな」


「それって……」

 この言葉で京は太公望が何を言わんとしたのかを察した。当時の状況を再現する事で強制的に記憶を呼び起こすつもりなのだ。

「んじゃ、俺は道着に着替えてくる。京は心の準備をしておいてくれ。一切の加減はしないからそのつもりでな」

 そうして太公望は奥の部屋と入っていった。

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