第63話 殷周戦争の真実 壱

「……」

「まァ、立ち話もなんだし、そこらへんにある椅子にでも座ってくれ」

 京を紂王の転生した姿だと言い当てた三人が驚愕に固まっていると、太公望は沈痛な面持ちで語り始める。

「まず俺を殺しに来たのかと思ってたよ。すまん、スープー。煙草をくれ」

「先生、煙草は身体に悪いですよ」

 煙草を吸いたいと太公望はいうのだが、スープーに諫められる。

「数百年ぶりに覚醒めざめたんだ、煙草の一本ぐらいいいだろ? それに、長話になりそうだからな」

「わかりました」

 スープーはどこから出したのか、煙管を取り出し、太公望に渡す。

「ふー。やっぱり、煙草を吸うと落ち着くな」

 太公望が煙管に火をつけると、煙が広がるのだがこの煙は不思議と不快感を覚えない。

「あれ、この煙、臭くない?」

「このタバコ、薬草を含ませてますからね。害はあまりないですよ」

 京が疑問を口にするとスープーが説明してくれた。友の健康のためだというのは間違いないだろう。

「さて、理由はこの遺跡の兵器か何者かに奪われていないかだったな? 確認するが、それで間違いないか?」

「ええ、それに殺しに来たっていうのは……?」

 京が太公望の不穏な言葉を口にしたという理由を聞こうとするのだが、

「それは話すと長くなるだろうからな。まずそちらの目的をはっきりさせておきたい」

「わかったわ」

 京は太公望の言葉に素直にうなずいた。

「あと、功夫の奥義がここに眠っているらしいのですが……」

「兵器は再起動できないようにしてやったが、奥義があるのも事実だ。まさか、探しに来てるのは妲己なのか?」

 太公望が訊ねると、京は複雑な顔をする。複雑なことになっているからだ。

「それは……」

 とりあえず、京は太公望とスープーに現在の状況をかいつまんで話すことにした。

 絡繰戦役の事、錬金術師アルケミストの暗躍、時の帝の企み、妲己が姿を見せなくなったことなどだ。

「なるほど。俺たちが数百年眠っていた間に面倒な事になってたのか……」

 と、太公望は改めて三人を見る。

「しかしあの戦争の悲劇がまた起こるってのか。ホント、人ってのは何も学ばねェな……。俺もそうだが」

「妲己によって堕落した紂王の横暴に耐え兼ねた民のために、周が反乱を起こしたって話だけど……。やっぱり違うの?」

 京が苦々しい顔をしている太公望に訊ねると、太公望は沈痛な面持ちのまま「あァ」と頷く。

「現実は権力欲に取り付かれた仙人共の権力闘争さ。妲己は元は病弱な少女でな、特殊な体質に目を付けた仙人共が銀の水を飲ませて仙人にしたらしいんだが……」

「特殊な体質? それに妲己も私と同じだったなんて……」

 出てきた言葉に京が質問をする。

「陰の《氣》を自在に操れるってのは仙人どもが想像していた以上に厄介だったのさ。陰の《氣》は不浄な存在だけでなく、仙人ですら確実に殺せるんだからな」

「酷ェな……。ビビッて妲己を迫害したのかよ」

 妲己がどうなったのかは概ね想像できるとアイシャが毒づいた。

「人間不信に陥った妲己は、仙人共への復讐するために殷の紂王――、当時はまだ季子という少女だったが、銀の水を飲ませ取り入ったんだ」

「私と同じ……」

 似ていると京が言う。実際にはそれすら時の帝に利用されていたのだが。

「まァ……、冷酷なフリをしてても自分と同じ境遇の子には優しくなっちまうんだろうさ。紂王に功夫を教えていくうちに妲己は紂王に懐かれ、だんだんと絆されていったんだよ」

「その神というのは?」

 フェイが気にした。妲己は最初紂王を神にすると言っており、時の帝もそれを目指している。

「銀の水を飲ませた仙人に、死と老化を早める細胞を殺す極小の機械を埋め込むことで不老不死を実現させたっていうのがそれだ。こいつは究極の絡繰兵といってもいい」


「ナノ単位の機械だとッ!? まさかそんな太古に未知の機械が実在していたとは……」


 太公望の話にフェイが驚愕に固まる。テレビジョンやコンピューターですらまだ開発途中の現在において極小の機械の存在など耳を疑う話だろう。

「妲己は永遠の命を得た紂王による中央集権国家を築くことで平和を実現しようとしてたわけだ。まァ、奴の個人的な理由はさておいて、まだ法や国家が成熟してない時代の話にしてはマシな方法だったのさ」

「……絡繰戦役では私にそれをやろうとしてまた失敗したというわけね」

 技術水準はだいぶ遅れてしまっているが、それでも法や国家についての理解は進んでいる。妲己の理屈は龍たち反対派には通らなかったわけだ。

「ズーハンについてはどうなんだ?」

「ズーハン?」

 アイシャが口にしたのは妲己に付き従っていた絡繰人形の事。

「いや、そいつは絡繰人形カラクリヒトカタって名乗ってたんだけど。さっきもオートマタって奴に襲われた」

「……なるほどな、そこまで研究が進んでたのか。絡繰人形ってのは、神を作り出す過程の産物だ、生体脳を絡繰兵の頭脳としたな。量産型って奴はまた違うのかもしれないが」

「……」

 ズーハンは元は人間だというのだ、アイシャは軽くショックを受けている。

「あいつのことだ。また病弱な女の子に同情しちまったんだろうな……。それが最善かどうかはわからんが」

 ズーハンの話を聞いた太公望はかぶりを横に振る。

「話はおおむね分かったんだけど。で、私に殺される理由があるってどういう意味?」

 核心ではないかと京が言うと、太公望は無言で煙草を吸い、意を決したと煙を吐き出した。


「季子は俺が結果的にとはいえ、殺したようなもんだからな」


 太公望の口から出たのは、あまりにも衝撃的な事実だった。

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