第58話 綴られた劣等感
時の帝の部屋は紫禁城の離れにあるのだが、二人はまずフェイと合流する。
「……その顔、何かつかんだようだな?」
二人の顔を見るなり、フェイが尋ねる。
「えェ。趣味で書いてた本に私が紂王の転生だった証拠が」
と、本を見せるとフェイはページをめくりつつ、頷いた。
「なるほどな。紂王の幼名に功夫……。確かに偶然の一致だけではなさそうだな」
と、フェイは本を閉じた。
「鍵を預かってきた。では、行くとするぞ」
フェイは時の帝の部屋の鍵をポケットから取り出し、見せた。そして、離れにある部屋へと向かう。
「うへェ……。散らかってるじゃねぇか」
部屋に入ると、辺りは本で散らかっている。埃とカビの臭いにアイシャが顔をしかめる。
「どれも不死や古代遺跡にまつわる本のようだな……」
散らかっている本の内容はすべて、以前帝が引き起こした絡繰戦役にかかわりそうなものばかりだ。
「これ、時の帝の日記じゃないかしら?」
長年書いたのかボロボロになった日記だった。
「おそらくこれが事件にまつわる日記ではないか>」
フェイは比較的まだ新しい日記を手に取り、ページをめくる。
「……これは」
三人が日記の内容に目を走らせる。
――――――――――――――――――――――――――――――――
弟である龍の人徳の高さは事実で、内政の能力も高い。
富裕層への増税、貧困層への減税、奴の出した提案には宦官共も了承していた。だが、不承不承ではあったようだが。
ならばとその税で軍備強化を徹底して推し進める事を決めたが、ヤンの派閥に却下された。
とかく俺には人望や能力というものががないらしい。
長男というだけで先代の帝である父に執拗に詰られ、無能ならば世継ぎを産めと正室や側室をあてがわれたが、好きなものと添い遂げたい俺からすれば苦痛でしかなかった。
京は愛嬌があり、皆から愛されていた。身体の調子は思わしくないようだが、俺よりよほど民に慕われる皇女となるだろう。
ヤンや錬のような人生の師にも恵まれている。
だが――俺は、何もない……。ただ皇室に生まれただけの男でしかない。
ならばどうすればいいか?
――――――――――――――――――――――――――――――――
フェイが次の
「ならば、神の如き力と永遠の命を得ればいい」
強調するように大きな文字でこう書かれていたのだ。
「なんだよこれ」
アイシャが肩をすくめる、確かに飛躍しているにもほどがある文面だった。
「まだあるようだな、読むぞ」
フェイは荒唐無稽な内容に眩暈を覚えつつ読む。
――――――――――――――――――――――――――――――――
力を得る方法を探るため俺は歴史書を読み漁ることにした。
銀の水という物質に行き当たった、さる始皇帝が長寿の薬として愛好していたというものだ。
早速始皇帝の墳墓を調査し、それを持ち帰った。
まず密かに死罪となる罪人に飲ませたが、飲みだした途端苦しみだし、のたうち回った。
そのまま飲むのでは駄目らしい。俺はまた歴史書を読み漁った。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「……」
京はこみ上げるものを覚え、思わず口を押える。
「気持ちはわかるが。……読むぞ」
フェイは強く気を持てといい、頁をめくる。フェイも気持ち悪いものを強く感じていたからだ。
真実を得なければならない。それがフェイたちを支えている。
――――――――――――――――――――――――――――――――
詳しく調べてみると殷王朝の滅亡に銀の水が関わっているという記述を見つけた、太公望と妲己が関わっているあの。
なんでも仙人になる方法の一つに銀の水を特殊な製法で煎じて飲むこととあった。
そして、その調剤方法を調べていくうちにある薬剤師でもあるという功夫の老師が俺に接触してきた。
名前を訊ねると、俺は驚愕を禁じ得なかった。
妲己だ。
にわかに信じがたかったが、陰の《氣》を自在に使う功夫が妲己である証明となった。
妲己は生命活動を抑える陰の《氣》を自在に操れるからだ。死んだ人間の肉体を乗っ取って生きながらえていたらしい。
運が良かったのは、妲己曰く、死んだ紂王が転生し、その転生体がこの紫禁城にいると聞いたからだ。
そして古代文明が遺した兵器である絡繰兵を解析する者を探しているという。
奴を誘い込むまたとない好機だった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「……妲己も利用するつもりだったのね、これ」
呆れたと京は天を仰ぐ。時の帝の自分が欲しい者に対する飽くなき執念は相当なものだとうかがえた。
「で、ババアが前にヤン将軍に言ってた。妲己がババアを神にするってのと関係があるって事だな」
「そのようだな……」
フェイが続きを読み上げる。
――――――――――――――――――――――――――――――――
仙人と成っただけでは不十分だ。不老長寿ではあるが不死ではないからだ。
銀の水を飲んだ仙人に絡繰兵を構成する機械を組み込み、それで完全な神となる。
妲己はそれを紂王の転生体に施し、それを帝とする帝国を築く腹づもりだったらしい。
俺はその計画を乗っ取ることにした。
さらに西洋から古代文明の研究をしているという
産業革命を成し、機械に詳しい連中ならば絡繰兵を兵器として使えるだろう。
そして、神の功夫の研究も始めた。どうやら神の力とは稲妻の事らしい。
《氣》もまた稲妻だといわれている、陽と陰の関係からして納得させられた。
そして太公望廟に眠る奥義と古代兵器を手に入れる。
神となるのは、俺だ。
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「……」
歌劇のような文体と荒唐無稽な内容に一同は閉口させられる。時の帝が抱えていた苦悩と狂気を垣間見たからだ。
「無茶苦茶だけど。結局負けて処刑されたんだろ? 計画は失敗したんじゃねェか」
アイシャは臆病風に吹かれる自分をヘッと笑い飛ばすのだが。
「実は父は斬首はされなかったのだ。先代は死罪を嫌っていたからな。だから妲己を逃がす羽目になった」
「……それ、生きてる可能性があるって事か?」
時の帝は死んでいなかったかもしれない、その驚愕の事実に驚きを隠せない。
「考えたくはないが、戦役に負ける事さえも想定の内だった可能性はある。予定通り太公望廟に向かうとしよう。……恐らく太公望廟は無事だろうからな」
「根拠は?」
フェイが言う根拠が気になった。
「もし奪われていたなら、今頃それが使われていたはずだ。わざわざ狙うというのだから、切り札になりうるはずだからな」
「確かにそうね……」
時の帝の狂気に満ちた目的は知れた、次に向かうは太公望廟だ。
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