第39話 偽物の噂

 京と陣の一行が妖怪が出るという村に向かう途中でのことだ。目標の村は遠方にあるらしく、出発してから三日かかってしまっていた。

「おお! 軍人様と功夫の老師様が一緒とは珍しいですな」

 売り物なのか立派な肉牛を連れた行商人が大声で一行を呼ぶ。

「ふむ、我々がどうかしたのか?」

「わわッ、すみません!」

 馬に跨っていた陣が馬から降りて訊ねるのだが、行商人は驚いてしまったのか一歩下がってしまう。

「陣隊長、驚いてしまっているのだと思います……」

 凛が溜息を吐いた、陣は身に着けている鎧も含め典型的な軍人を思わせるような風体であり、見るものを委縮させてしまう。

「む……。失礼した。すまない」

「こっちこそすんません。軍人さんを有難くは思ってるんですが、どうにも慣れませんで……」

 なので気を使って下がると、行商人が恐縮して頭を何度も下げる。

「珍しいって、なんだよ?」

 アイシャが珍しく訊ねてきた。

「いえ、ちょっと面白いことを耳にしたんですよ」

「なんだ、面白い話って、ちょっと聞かせてくれよ」

 アイシャが興味津々という風に行商人に訊ねる。

「……」

 京はそんなアイシャを見て弟子の成長を感じていた、ずいぶんと人懐こくなったと思わせる。

 ――子の成長を願う親ってこんな感じなのかしら。

 とはいえニヤニヤした視線を向けているのはどうかとは思うのだが、そんな気分には浸れなくなる。

「いえね、町や村で人助けをしている老師様とその弟子がいらっしゃいましてね」

「頑張ってるのね」

 これは実は珍しくはない。京はヤンや街長の支援があったから絡繰兵や猛獣を退治しつつ山中の道場に引きこもっていられたのだが、

 軍備が整っている現在、定住する土地を持たない功夫老師は放浪しつつ路銀を稼いでいるのが現状だ。だが、話はここで終わらない。


「なんでもその老師の名は京という方でございましてね。女の子の弟子を伴っておりましたな」


「はぁ!?」

 それを聞いた京は叫びながら馬から転げ落ちる。

「マジかよ……」

 アイシャも驚くしかなかった。自分たちの名前を騙り、人助けをしている者がいるというのは初耳だったからだ。

「どうしたんですかい?」

 行商人が怪訝な顔をするのだが、京は慌てて馬に跨りなおした。

「なんでもないから! えっと、その人の風体を教えてもらっていい?」

「よろしいですよ。その老師様は少女とは言うもののちょいとトウが立っておったそうですわ」

 行商人が顎に手を這わせながら特徴を言う。どうやら少女を名乗るには少し苦しい風体のようだ。

「……そ、そう」

 京は髪を掻き上げた。自分が本物の京だというのも面倒な話でしかないからだ。

 もしかすれば同姓同名であるかもしれないとは思ったのだが、少女の老師を名乗っている時点でそれは消えている。

「あちこち巡りながら猛獣や盗賊を退治してくれているそうで、ウチらも助かってますわ」

「へ、へェ……。いいヤツではあるんだな」

 有難いと語る行商人を見てアイシャも訂正はしなかった。偽物が何者かは知らないが悪人ではないのは間違いないのだから。

「まったくです。おお、そうでした。これもご縁ですし、何か入用でしたら買っていきますかい。日持ちの良い物、ございますよ?」

 行商人は白い歯を見せて売り物を見せる。実に商魂逞しい商人だと思わせた。

「それはありがたい! 買わせてもらおうか」

 頼が財布を出す。どうやら隊の財布を握っているのはこの男のようで、きっちりと管理している。

「しっかし……。こりゃ、混沌としてきたわ」

 京は面倒事が増えた事に頭を抱えるのだった。

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