第38話 道化でしかなかったことを知る
ある地方にある洞穴でのことだった。
京を助けたのは偶然ではなく、ズーハンもまた古代文明の調査に出向いていたのだ。だが、予想外の事態が起こっていた。
「……」
ズーハンが辺りに漂う血の臭いに顔を顰める。絡繰を自称しているといえどその感覚は人間と同じものを持っているようだ。
「この白衣、
白衣を着た複数の遺体戦役当時から妲己に協力していた組織に所属する者たちだった。
「調査のためにと久しぶりに外に出てみれば……」
妲己だ。先の戦役で負った傷の治療を終え、久しぶりに外に出ていたのだ。当然、護衛として絡繰兵も伴っている。
「……」
傍にいた遺体を見る。遺体の皮膚は変色し、大きな牙を生やしており目は血走っていた。
まさに怪物と言ってもいい風体だった。
「遺体の側にのようなものが」
レポート用紙のようだ。西洋の言葉で書かれているからか、理解しているズーハンが読み上げた。
「レイライン――、この国では龍脈と呼ばれている力をヒトに注ぎこむ実験を行う――、と書いてあります」
「あの連中、なんということを。この大地の生命の源である龍脈を過剰に注ぎ込むとは……」
それを聞いた妲己が苦虫を噛み潰したような顔をする。
龍脈とはいわばこの星の生命力であり、この星の生命を循環させる役割を担っている。
「浮浪者を捕らえ洞窟に監禁したのち、精製したエリクシルを摂取させレイラインを注ぎ込む、と」
ズーハンは淡々と読み上げるのだが、声は僅かに震えていた。
「……龍脈を注ぎ込まれた生物は異常進化を遂げ、異形と化す」
「そんなことが……」
怒りに震える妲己の声にズーハンは畏怖を感じている。恐怖で読み上げていたレポートを落としていた。
「このような非道な真似をする連中だったとは……」
妲己の声は震えている。戦力として絡繰兵を用いたのは人の犠牲を少なくする手段だった。
戦役当時。龍を始めとした反対派には受け入れられたが、それでもかつての弟子であった紂王の生まれ変わりである京のためにと強引に推し進めてしまったのが原因だ。
「私は、完全に見誤った」
激しい後悔が襲ってきた。平和のために力を求めたはずが、逆に人々を戦争のための人柱にしてしまった事にだ。
「千年も生きて、頑なになりすぎたんだろうね。いわゆる老害って奴かなァ?」
嘲笑が聞こえてきた。変声期前特有の幼い声だが、ここまでドス黒い悪意に満ちた少年の声をさせる者は一人しかいない。
「アーサーか……」
声のした方向を振り向くと、アーサーが邪悪な笑みを見せて立っていた。部下らしき白衣を着た者たちと護衛なのか漆黒の道着を着た者たちだ。
「頭はそこそこ切れたみたいだけど、邪悪さが足りなかったなァ」
アーサーはカツカツとわざと靴音を鳴らして近づく。
「だが、道化としては十分だった。我々がこの国を兵器の実験場として使わせてもらうための下準備には、ね」
「……」
「妲己様!」
ショックを受けた妲己が崩れ落ちると、ズーハンは慌てて支える。
「そこの試作機も御苦労だった。結局、絡繰兵のAIの調整はできずじまいだが、完全なるオートマトン、君たちの言うところ
アーサーが笑うと、背後にいた漆黒の道着を着た者たちが拳を構える。
つまり漆黒の道着を着た者たちこそが、アーサーのいう完全な絡繰人形なのだろう。
「君らは用済みだ。道化であったことを自覚しながら、死ね」
アーサーが終いだという風に手を上げ、。
「殺せ、力の差を見せつけろ」
「イエス・サー!」
アーサーの指令を聞き、絡繰人形は妲己とズーハンに襲い掛かるのだが。
「!?」
「脅威を確認、排除開始!」
妲己とズーハンの目が見開く。指令を飛ばしていないはずの絡繰兵が絡繰人形を押さえつけていた。アーサーがいうところのユーザー登録をした者を守る機能なのだろう、
「逃亡を推奨します……!」
「脅威度、大!」
――守ろうとしてくれているのか……!
しかし、ズーハンは自発的な意思によるもとだと感じていた。ならば、それに応えなければならない。
「……」
「奥の手です!」
ズーハンは、爆弾を取り出しアーサー達のほうへ投げつける。
爆発音とともに煙幕が辺りを覆う。
「姑息な奴め、ジャミング付きか」
アーサーが悪態をつく、ズーハンが投げつけたのは絡繰人形のセンサーを狂わせる類の電波を放つものだった。ジャミングが効いたのか絡繰人形は混乱してしまっている。
――どこか安全な場所へ……。
意気消沈したままの妲己を抱え、ズーハンはその場を離れた。
当然現皇帝のいるフェイの目に届く都市には逃げられず、目の届かない場所に逃げ込むしかなかった。
こうして、妲己は己が道化であったことを自覚させられることとなったのだった。
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