第8話 アイシャの竹林修行

 アイシャがケイと共に山中での修行を繰り返す事三か月、アイシャの基礎体力は若い事もあり飛躍的に上昇していた。

「すげェ……! すごく体が軽いぜ!」

 道場で柔軟をしていたアイシャが歓喜の声を上げている。

「山は空気が薄いから、ここで鍛える事で肺に多く空気を取り込めるようにわけよ、で、運動量もさらに上がる、と。好循環な訳ね」

「ババア、本当に老師だったんだな……」

 アイシャが珍しく感嘆の吐息を漏らしている。ちなみに老師とは中国語で女先生の意味であり、婆であることを意味しているわけではない。

「おほほ、もっと私を褒め称えてもいいのよ?」

「あー、一瞬でも感心した俺が馬鹿だった」

 京が調子付いてわざとらしい高笑いし始めると、アイシャが白けた目を向けた。

「えー、何その白けた反応」

「おいババア、……いい年して恥ずかしくねェのかよ?」

「別に?」

 苦い顔をするアイシャに京は意に介さず平然としている。

「で、今日はどこで修行すんだ。また山ん中か?」

 暗に山での修行に飽きたという風にアイシャがぼやいた。

「もちろん、そろそろ飽きるだろうと思ってたから。そこは抜かりないわ」

「おッ、やるじゃねェかババア。で、どこで修行すんだ?」

 単に修行場所を変えるだけなのだが、よほど飽きていたのかアイシャが目を輝かせて訊ねてくる。


「竹林よー」


 自分たちの出会いの場所となった竹林での修行を提案してた。


「というわけで今日はアイシャちゃんの山籠もりの成果を披露してもらいたいと思うわけですよ」 

「おお、気が利くな!」

 アイシャが喜びのあまり拳を握っている、竹林はアイシャの本領が発揮できる場所だからだ。

「しっかし、ここはいつでもかわんないわねェ」

 京の言う通り、この竹林は一年中、生い茂っており、良質のタケノコが取れるのだそうだ。

「虎とか絡繰兵がでるかもしれないから気を付けないとねェ」

 麓の街の通り道ではあるが、タケノコに目もくれず人々が通りすぎるだけなのは京の言う通り人食い虎や絡繰兵が出没するからだ。

「まァ。人食い虎なんか、俺が斃してやるさ」

「……そう」

 アイシャが自信満々に高笑いをするのだが、京は引っかかるものを感じていた。

 ――絡繰兵が怖い……?

 絡繰兵について言及していなかったのと、声にわずかな怖れがあったからだ。

 現状では軍に撃退されている絡繰兵だが、一般人からすれば脅威でしかない。闇市でもない一般の市場ですら武器が流通しているのもそれが理由だ。

「まァ、アイシャちゃん。気負わず私に任せなさいな」

「いやババア、気安く触んなよ……」

 ポンポンと肩を叩くと、アイシャは過剰なスキンシップに顔をしかめた。


「さて、おふざけはここまでにして。いっちょやりますかね!」


「――ッ!」

 京が表情を真剣な面持ちに変え、拳を構える。一瞬アイシャは京の覇気に飲まれかけた。

「かかってきなさい」

「へッ、やってやるぜ」

 気を取り直し、アイシャが京に飛び掛かる。

 ――すげェ……。

 まずは驚きがあった、最初に京と戦った時より動きが良くなっている実感がある。山籠もりの成果が如実に出ているのだ。

「おっと……、こいつはやばいわ」

 京は冷や汗をかかされていた。

「よし……猫引掻マオインサオッ!」

 距離を詰め、猫のように引っ掻いてきた。出会った時と違い、技として昇華されている。

 どうやら、独自にアイシャは技を編み出していたようだ。アイシャの鋭い爪が京を襲う。

「勉強熱心じゃない。なら、打撃弾拳ダージータンチュェン!」

 打撃に備え、それを弾いて返す。いわゆる西洋のカウンターだ。

 京はアイシャの引っ掻きの動作を見極めると、二の腕で勢いよくアイシャの攻撃を弾く。

 ――さらに!

 隙の出来たアイシャに向けて拳を突き出し、

熊猫拳シィォンマオチュュンッ!」

 成果を見せるだけでなく、実戦形式で技を見取ってもらうのも目的だ。

 前ならここでアイシャはその場で沈んでいた。

「――ッッッ!」

 アイシャはすんでのところ京の熊猫拳をでかわし、京の動きが止まったところで態勢を整える。

 そして距離を瞬時に爪――、


「俺の蹴りを見切れるか! 蟷螂脚ダンランジャオ――!」

 文字通りカマキリの手の動きを模した上段の蹴りだ。

 ――こりゃ、すごいわ。

 まるで鎌のような素早い動きに京は驚かされる。しかし――、

熊剛体シィォンガンディ!」

 腹に籠めた《氣》を体中に巡らせることで熊の如く身体を硬化させ、敢えて相手の攻撃を受け止める技だ。

「なんだよそれ!?」

 すさまじい手応えにアイシャの声が裏返った。決まったと思ったら完全に受け止められたのだから。

「一応修行だし、かわしてばかりじゃね。うんうん、きちんと成果が出てるようで安心したわ」

 受け止めつつ、京は弟子の成長を見て微笑む。

龍翔蹴ロンシィァンツゥ!」

 空想の動物である龍の如き勢いのある回し蹴りだ。それが隙の出来たアイシャに炸裂する。

「――ぐッ!」

 覚悟を決めるのだが、あくまでこれは修行だ、京はわざと蹴りをかすらせた。

「はい、おしまいッ」

「……ちくしょう、勝てなかったぜ」

 京は息を切らしてもいないが、アイシャは負けたと肩を落としていた。

「いや、今回は危なかったわ……。まさか自分で技を編み出して昇華するなんてね……」

「そ、そうか……? なんか、照れるな……」

 京は弟子の成長をかみしめ、涙声になっていた。褒められたアイシャは照れている。

「んじゃ、今日は良く動いたし帰りま――」

 今日は弟子の手をとって帰ろうとしたのだが――。


「ガルル――!」


 空気を切り裂くような獣の咆哮が竹林に轟いたのだった。

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