第48話 最終話─これからは前を向いて

「……やーっと! 結ばましたわねっ」


 金色に輝く満月の下、寄り添う未来の国王・王妃の姿をバルコニーから眺めながら、マリーが満面の笑みを浮かべ、隣にいるユリシーズに嬉々として言った。


「そうですね。これで皆も落ち着けるでしょう……」


 マリーと一緒に一部始終を見ていたユリシーズも、やっと同じ道に着いた二人を満足げに見つめ、自分の事の様に喜んでいる婚約者の頭をポンポン、と撫でた。

 邪魔が入らないようにホールで立ち回っている仲間が聞いたら、きっと夜通し騒ぎそうだと苦笑する。それだけ王太子と公爵令嬢が一緒になることは、皆にとって切望した事だった。


(……終わりましたよ、リリィ)


 ユリシーズは幸せに浸る二人から視線を外して、夜の闇に沈む地平線を見つめた。

 その視線の遥か先には、サナトスが誇るオルブライド公爵領がある。

 リリィの亡骸は、そのオルブライド公爵領の墓地に、先代たちとともに眠っている。

 そんな遠くにいる彼女に、心配していた問題が解決した事を胸中で告げた。

 きっと……とは、あくまで想像でしかないが、それでも従姉妹を心配していた彼女は、懐かしい笑顔を浮かべて微笑んでいる気がした。


「きっと、お姉様も安心していると思いますわ」


 見上げて来る青い瞳が、心からそう思っている事を表している。

 自己満足、独り善がりだ。だが進んで行くには、それが必要だった。


「行きましょうか……リリィ」

「もう宜しいのですか?」

「交代しないと後が煩いでしょうから」

「……もう遅いと思われますが」


 マリーの視線に釣られて目を向ければ、寄り添う二人から少し離れた薔薇の花壇の影に、見知った人影を見付けた。


「……何してるんですか、あの二人は」

「抜け駆けだなんて……後で皆様から詰め寄られますわ」


 コソコソと様子を窺っていたのは、アベルとヴァイオレットの妹であるルビーと、王弟の子息であるエリオットだった。

 どうやらホールにいない二人に気が付き、仲間たちの目をすり抜けて追いかけて来た様で、仲睦まじい二人の様子にルビーが興奮し、隣にいるエリオットの背をバシバシ叩いていた。


「まぁ、交代で来た人たちに任せて、私たちはダンスを楽しみましょう」


 ユリシーズが微笑んでマリーの手を取れば、彼女は驚いた様に目を開いた後、三日月形に目を細めて、彼のエスコートに身を任せた。


 泣いている想いはその内形を変え、新たな姿で胸に蘇るだろう。そして何度も思い出しては、チクリと胸を痛ませるかもしれない。

 けれど、ユリシーズはもう、立ち止まる事はしなかった。これからは、愛する人とともに、進む道の先を見て行こうと、そう心に……マリーに誓っている。


「行きましょう、マリー」

「はい、ユリシーズ様」


 微笑み合って、ともに歩き出す。

「ありがとう」という思いだけを、笑顔で見送る大切な人に置いて行った。



*****



 ジェラルドが王太子に即位してから一年後、今度は正式に国王となり、王の務めを全うしていた。

「就任するには早すぎる」との声は確かにあった。だが国王と言っても過言でない働きをして来ていたのもあり、目立つ反対もなく、ジェラルドは新たなサナトスの王となった。


 そんな怒濤の様な一年の間に、変わった事は多々あった。


 悪魔に取り憑かれ、正常な判断を失っていたエミリア・ボンネットは、彼女自らの意志で修道院へと入った。

 

『悪魔にとり憑かれていたと言っても、オルブライド公爵令嬢……聖女様に危害を加えたのは私の意志なので』


 腕力でけりを付けた様な悪魔祓いの後、数回行われた取り調べで、彼女はそう口にした。

 反省とは違う。だがそこには殺意も嫉妬も何もなく、ただただ疲れた顔をしたエミリアがいるだけであった。

 そんな彼女は今、クリフトフが授かった領地にある修道院に身を置いている。

 どうやら男性に振り回される女性たちの悩みを聞き、時に慰め、時に渇を入れている、ある意味頼れる修道女になっている様だった。

 いつも疲れた様な顔をしている彼女の下には、度々花束が贈られている。

 宛名のないそれは、毎回種類は違えどピンク色の花で、その花束を見た時だけ、彼女は年相応の笑顔を浮かべるのだそうだ。


『今年はピンク色が綺麗に咲いたので』


 王宮への貢物として、青い薔薇とピンク色の薔薇を献上したのは、伯爵となったクリフトフだった。

 気候が穏やかで暖かい領地を授かった彼は、王宮で進めていた花の品種改良の研究と領地経営に力を注いでいる。

 王宮にいた頃より笑顔が溢れる様になったクリフトフに、兄弟姉妹、そしてヴァイオレットも安堵している。


『今の私がいるのは、見えない所で助けてくれていた皆のお陰です……本当に、ありがとう』


 穏やかな声音でそう言うのは、王妃教育を受けるヴァイオレットだ。

 仲間に感謝しながら、元婚約者と元男爵令嬢が得た安息に胸を撫で下ろす彼女は、一年後、ジェラルドと結婚して、王妃となる。

 案の定、彼らの幸せを願う仲間たちの方が気合いが入っており、誰が何を準備するだのと言い争っている。

 そんな仲間たちに、未来の国王・王妃は苦笑を溢しながらも、幸せそうに微笑みあっている。


「……いい天気ですね」


 抱える程大きな黄色のガーベラの花束を持って、ユリシーズは空を見上げた。

 暖かな今日は良い散歩日和で、これから会う婚約者が喜びそうだと、一人微笑む。


「ユリシーズさま!」


 嬉しそう手を振っているマリーに、ユリシーズは笑顔を向ける事で答えた。


 命は時と同じく止まらずに、巡り行く循環の如く流れて行く。

 大切な人たちは、皆変わった。変わり、日々前に向かって進んでいる。

 時折思い出しては振り返る事もあるだろう。けれど、ユリシーズにもう、立ち止まらない。


「愛していますよ、マリー」


 駆け寄って来た婚約者を、ユリシーズは花束ごと抱き締めた。





  ─────────────────


ここまで読んで下さり、本当にありがとうございます!

近状報告の方にアップしていますが、書きたい事が全部書けなかったので、加筆訂正をして完全版をアップする予定です。その時また読んでもらえたら嬉しいです。


二ヶ月の間、お付き合い下さり本当にありがとうございました!

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王太子と公爵令嬢は我らがお守りします! 照山 もみじ @momiji_mo

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