第7話 胸の火は炎になる
ユリシーズから事情を聞いた、この国の第一王子であり王太子──ジェラルド・イェーガーは、赤い瞳を瞼の裏に隠すと、「そうか……」と、短く答えた。
弟・クリフトフの婚約者であり……自分が長年想いを寄せている人、ヴァイオレットの悲しげな笑顔が浮かんで、無意識に眉が寄る。
『俺はヴァイオレット嬢が好きです! 愛しています!! 絶対幸せにします! 俺には彼女でなければ駄目なんです!!』
ヴァイオレットとの婚約申請を提出した際、そう叫んで頭を下げたクリフトフに、可愛い我が子と貴族の視点を区別出来なかった国王は、ジェラルドの申請を却下。代わりにクリフトフとヴァイオレットの婚約が結ばれた。
ジェラルドの周囲の者は皆怒り、ジェラルド自身も状況を覆すために粘りに粘った。
初めて出会った時から好きだった。時間が経つに連れて両想いなのに気が付き、ジェラルドは彼女に婚約を申し込んだ。
『国王になったら、今みたいに、君との時間を取れなくなるかもしれない。君が辛い時に、側にいてやれないかもしれない。でも……俺は、君以外の者と一緒になる未来は想像出来ないんだ』
『俺と一緒に、この国を、民を、豊かにしていってほしい。君と生きて、ともに国を良くして行きたいんだ』
格好良い台詞の一つも言えなかったが、誰かに対して、こんなに熱くなれた事もなかった。
ヴァイオレットと出会った瞬間、ジェラルドの胸に灯った炎は燃え盛る一方で、その後何年経とうと止まる事を知らずにいる。
幸せになれる保証はないが、幸せになろうと努力する事は出来た。そのためにジェラルドは奔走した。ヴァイオレットと笑い合っていられる未来のために出来る事は何でもこなした。
そしてそれはジェラルドだけでなくクリフトフにも当てはまる事で……その道を選ばなかった弟に、兄の怒りは頂点に達した。
愛してると言った。幸せにするとも言った。なのにその全てを地面に叩き捨てた。
聞けばクリフトフは他の令嬢にドレスを贈り、パーティーではその令嬢をエスコートして、ヴァイオレットには近々婚約破棄を言い渡すらしい……一体誰が許すと思っているのか、本人に聞いてみたいところだった。
今思えば、昔からクリフトフはジェラルドのものを何でも奪っていった。お気に入りの羽ペンやインク壺などの小物から、懐いていた馬や気心知れた従者まで……。ジェラルドの大切なものを、クリフトフは何でも欲しがった。
だからヴァイオレットも“兄の大切なものだから奪った”というだけで、そこまでの想いは抱いていなかったのだろう。実際、婚約して暫くは優しくしていたが、王宮に住まわせるようになり、手に入ったと安心した後は完全に放置だった。
許せなかった。しかし当時必要以上の接触を禁止されていたジェラルドに出来る事は少なく、家族と離されてしまったヴァイオレットにしてやれる事と言えば、彼女の好きなものをアベルやイライザに持たせて向かわせる事ぐらいだった。
「……アベルに『ドレスは気合いを入れて作ってやってくれ』と伝えてくれ」
「承知し致しました」
幸せとは程遠い現実に、あの日の決断は──愛する人の幸せを願い身を引いた自分は間違っていたのだと、そう思わずにはいられない。
(引き摺り下ろせば良かったのだ……)
兄弟の中で一番甘えて来るクリフトフが可愛かったジェラルドたちの父であり国王は、弟にひたすら甘かった。それが普通になったクリフトフも我が儘を通り越して暴君になり、注意するヴァイオレットを疎ましく思うようになった。
そんな内情が伝わっているのか、国民の王家への評価は伸び悩んでいる。その問題の大半がクリフトフなのに、国王は未だに見てみぬ振りをして、王妃とともに婚約者であるヴァイオレットに全てを押し付けている。
限界だ。クリフトフも、国王も王妃も、これ以上好きにさせる事は出来ない。
「ユリシーズ」
「はい」
ヴァイオレットを奪われて以降、ジェラルドは諦めて何もして来なかった訳ではない。
国王に向いていた臣下の忠誠を自分に向けさせ、次期王政の準備も進んでいる。少しばかり予定は狂ったが、何しろパーティーまで一ヶ月を切っているのだ……今が潮時だ。
「式典は王太子ではなく王に変更する。……お前は、この先炎に呑まれる覚悟はあるか?」
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