第12話 帝国の影と黒髪の男。
スワップの女が倒れた後、目に見えるように矢が飛んできた。
「商会の人達は私達のテントに入って、荷物はともかくあなた達の命だけは守る。」
馬車事収納してしまえば本来荷物も無事なのだが、多数の目がある状態でそれは得策ではない。
「な、なにをい……」
「お前ら、彼女の言う通りにするんだ。命が惜しかったらな。」
カオリの言葉に他モブ達は言う事に従う。
上司の命令は絶対なのだろう。
そう言っている間にも矢は飛んでくるのだが誰にも当たらない。
それは単に真希のシールドスキルのおかげなのだが。
「この盾も長くはもたない。というより攻める事が出来ない。」
完全亀さん防御型のため、防ぎながら攻めるという事が不可能な一長一短あるスキルだった。
個人であれば必要ないのだが、行動不能な7人がいるためやむを得ない防御策だった。
「盗賊や魔物の襲来は想定して任務を受けたんだろ、腑抜けてる場合じゃねーだろ。潰すぞ。」
夏希の一括で闘志に火が点いた紅蓮の3人。
盾を装備し姫の周りを固める親衛隊の3人。
死した女の身体に抱き着いて泣き叫ぶだけの3人。
くしくも女一人の命の崩壊が開戦の合図となっていた。
やがて矢の雨が止むとぞろぞろと男達の姿が目視出来るくらい近くへと現した。
「おぉ、あれだけの矢で一人しか死んでないとは。」
黒髪で短髪、切れ目の男が言葉を発すると周囲の男達は一斉に武器を構えた。
その数50程、黒髪の男がボスで間違いなさそうであった。
しかし数はともかく、周囲全方向から現れた男達。
逃げ道は皆無、生き残るには全てを倒すか撤退するのを待つしかなかった。
「アルマだけは確実に殺せ。他は好きにしろ。」
黒髪の男が命令を下す。好きにしろとは殺すも生かして奴隷にするも自由だという事。
じりじりと周囲から円状に散った男達が迫ってくる。
「あ……て、帝国の残虐王子が……」
それだけ言うと姫は立ったまま気を失った。
倒れる前に親衛隊の一人が姫の身体を支えるが……
それを合図に周囲の男達は一斉に襲い掛かってきた。
「防御力と素早さを上げるから各自目の前の敵を撃破という事で。」
真希がそう言うと身体から輝きを放ちこの場にいる生きている全員に降り注がれた。
「夏希、あの黒いのは強い。踏ん反り返っててくれればいいけど。」
「敵さんが魔法使って来なければどうにかなるだろうけど。」
この集団は目的があってこの場に現れた、そう見ている真希と夏希は敵が目的のために大規模魔法は打ってこないと想定している。
アルマと呼ばれた者への殺害目的だけを達成するなら、最初から矢で威嚇しこうしてぞろぞろ姿を現す必要などない。
他に何か理由でもない限りは。
「目立たない……というのは無理だね。一気にやるよ。」
「了解、ったく役に立たないのがごろごろいるから。」
流石に死体に鞭打つのはどうかと思われるが、敵襲下において心神喪失や行動不能は邪魔者でしかない。
真希は風魔法を使い前方にいる数人の首を刈り取る。
夏希は火魔法を放ち前方にいる数人を火達磨にあげる。
首を狩られた者はその場で絶命するが、火を食らったものは即死ではない、火を纏ったまま向かってくる。
しかし動きが緩慢となるため各個撃破するのは容易となる、夏希の大剣一振りで一気に3人は戦闘不能となる。
その様子を見ていた紅蓮の3人はやるしかないと腹を括り前方からくる敵を……
迎え撃とうとしたところで前方の4人程が何かに足を取られたのか穴が出来る。
「ちゃっちゃとヤって。」
真希の言葉で魔法で何かしたのだと悟る。
紅蓮の3人は穴の出来た左側の敵を集中して対処に当たる。
そうすると穴の出来た右側の敵が雪崩れ込んでくるわけだが……
その先にいるのはスワップの3人。未だに戦闘態勢が取れていない。
正直、真希達を以ってしても庇い切れるものではない。
姫が帝国の~と言ったこの男達の力量は軍隊レベルである。
冒険者に換算すれば、CやBはある。
帝国には独自の製鉄技術があるため、防具一つとっても波の冒険者や兵士と比べてはならない。
単純にランク+1は上と想定しなければ倒せない相手であった。
そんな推定BやAランクに匹敵する男達約50人を、4パーティで相手しなければならないのだ。
片手間に相手をしていたら全滅もあり得る話である。
紅蓮の3人は早い段階で真希達に迎合していたため、戦闘に対しての準備が出来ていたため、真希の防御と素早さ上昇魔法に加え自分達の各能力アップの魔法やスキルを駆使し対処に当たっている。
そのため、一人も欠ける事無く男達を4人程倒している。無傷とはいかないが。
件のスワップの前に現れた男達は……
一人はどこからともなく飛んできたナイフの直撃をこめかみに受け絶命するものの、他の男は周囲を警戒しつつ中央にいる3人は……
ズンッ
「がっ……」
男の首に剣が振り下ろされる。
通常であれば恐らくそのまま首は切れていたのだろうけれど、真希が放った防御力アップの魔法の効果により、通常より首が硬くなったために一撃切断とはいかず余計に苦しむ結果となった。
気の毒な話ではあるが、いつまでも戦闘態勢を取らない方が悪い。戦場に於いては戦う意思を持たぬものから散っていく。
「ぐああぁっっ」
もう一人の男も同様に首を切られるが一撃では絶命しない。
5回程同じ個所に斬撃を受ける事でようやく首と胴が離れていった。
その様子を目の前で見ていたもう一人の女は……
ちょろちょろとお漏らしをしていた。
その様子を見ている男達はその隙間を突かれ、一人また一人とどこからか飛んできたナイフにより絶命していく。
「こっち終わったからあっち(最初紅蓮の前に現れた男達の方向)行ってくる。」
夏希は足を取られて未だに立往生している男数人に向かって火魔法を放つ。
「ぎゃやああぁぁあ、ああ、あづいぃぃ」
「こっちも大方良いかな。あんたら自分らの姫くらい守りなさいよ。」
真希は目の前の男達を槍で一閃すると黒髪の男の方へと向かって失敗した。
辿り着いて一閃したと思えば、あっさり首を刎ねる事が出来た。
しかしその感覚に違和感を感じ倒れた男の胴体を確認すると影武者だと気付く。
死体とはいえ覇気のようなものが足りない。
それに気付いたのは、刎ねた後馬車の方からの殺気を感じとったためである。
「いつの間に入れ替わって?」
入れ替わってなどいなかった。
最初から黒髪の男は一般兵に交じりあの場にいたのだ。
ただの戦闘狂ではない事が窺える男の戦略にまんまと嵌ったのだ。
「影武者を失ったのは痛手だが、この距離ならもう守れまい。フンッ」
男が剣を薙ぐと手前の男一人と姫の首が飛んだ。
親衛隊は一歩も動く事が出来なかった。
男の圧倒的な強さとその圧力に気圧されたのだった。
「あの影武者も一応俺を除けばこの中で1番強かったんだけどな。」
キンっと金属のぶつかる音が男の背後で響いた。
真希の槍の一閃を男は後ろを見ずに受け止めた。
人間技ではないのだが、極めたモノであれば気配だけで察知し絶対に出来ないという芸当ではない。
「あれ、こいつはちょっとまずいかもね。」
真希が初めて弱音を吐いた。
夏希と紅蓮の3人は男達を次々と撃破していく。
50人程いたのにも関わらず残りは数人とまでなっていた。
「お前ら真希の魔法の加護があるとはいえ、中々やるな。女だったら可愛がってやったのにもったいねぇ。」
「いえ、結構です。」×3
真希と黒髪の男が一戦交えようかとしたところで邪魔が入る。
スワップの残り一人の女が匍匐前進よろしく黒髪の男の前に現れ、地面に頭を擦り付け涙を流しながら命乞いを始めた。
「あぁぁあ、お、おおおねがいします。いぃ命だけは、命だけはおたすけください。」
真希はこの瞬間これは死亡フラグだと感じた。
「じゃぁブタの真似事をしろ、四つん這いになって歩きブーブーブタの鳴き声で命乞いをしろ。」
何を言われたのか理解に3秒ほどの時間を要したが、スワップの女は四つん這いとなり歩き始めた。
「ぶーぶー。ぶーぶー。ぶぶーぶーぶぶ、ぶーぶー。」
「良く出来たな。」
女はその言葉に希望を見出したのか、涙で目を輝かせながら黒髪の男を見上げた。
「ブタは死ね。」
ザンっと剣の一振りで女の首は胴体から永遠にさようならをした。
「中々酷いね。」
「別にブタの真似をしたからって命を助けるとは言っていない。それにブタビッチに寄られてもこっちが腐る。」
「もしかして処女厨?」
黒髪の男が少しずっこけかけた。
「ちげーよ。どど、童貞じゃねーし。なんて言うかよ。こんな状況で一矢報いるために向かってくるなら、場合によっては生かしても良いとは思うが。」
「へー」
「その点、お前なら良いかもな。」
「あれま、確かに私はまだ処女だよ。」
おちゃらけて返答する真希はどこか平静を装う節がみられる。
変に緊張したら、その部位は僅かでも遅れを取ってしまう。
柔軟な筋肉の移動と意思の伝達が出来なければ、厳しい戦いになるのがわかっているのである。
「いや、お前からは淫らな匂いしかしねぇ。」
匂いがわかるのか、それは凄いなとツッコミを返したいところであるが。
「確かに、あくまで膜の話だけだからね。」
真希はさらなる意趣返しで返答をした。
「そうじゃねぇ、目的のアルマを殺る以上に面白い戦いに……ってヲイ」
キンッと真希の槍を弾く黒髪の男。
「人が喋ってる時に攻撃しちゃいけないって……」
「習ってないよ?」
我流だからねと思いながら。
それからの攻撃と防御のラッシュは全てが紙一重だった。
真希が斬れば・突けば・薙げば、黒髪の男は弾き・いなし・躱し。
黒髪の男が斬れば・薙げば、真希は弾き・受け・流し。
どちらも決めてにかける攻防が続いた。
気付けば二人は馬車から離れ、やや開けた街道にまで移動していた。
「出し惜しみしているともう一人の化け物もこっちに来そうだな。」
黒髪の男の気迫が1段階上がった。
「じゃ、それなりに楽しかったぞ。」
これで終わりだと、終わりを確信しているかのような言葉。
男の足元の土が靴が沈んだかのように形が変わっていった。
それは踏み込みの力が変わった事を意味していた。
ごくりと真希が息を飲んだ時に男は動いた。
「早っ」
男の移動と剣の軌道を、身体の本能で動かす事でずらす事に成功した。
あくまで致命傷となる一撃をずらす事にであるが。
「っっつーああ、いたぁぁっぁ。」
地面には肘の少し上あたりから先の左腕が落ちていた。
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