短編ホラー小説

RAG

第1話 彼は誰だ

 閑散とした田舎町。大型ショッピングモールだけしかヒマ潰しが出来ないような町で事件が起こった。

 被害者は青果店を営む自営業のAだ。生前ふっくらとしていた腹が分からなくなる程、包丁か何かで滅多刺しにされて絶命しているのを近所の小学生が見つけて通報したのだ。

 Aの店の周りと道路は封鎖された。その店の前を通れば勤めている会社にも近かったが、封鎖された今では遠回りしないといけなくなった。

 私は自分のデスクに荷物を置くと、ぼんやりと死んだAの事を思い出した。

 彼は小学生の頃。俗にいう『ガキ大将』的な立ち位置を取っていた。取り巻きである親が金持ちのB。気弱で体力もないC。顔はいいが性格がひねくれた少女D。彼らはいつも四人で行動し、AとBがCをからかい、CはいつもDに泣きついていた。私は当時、その関係を羨ましく思いながらも将来の為の勉強を優先していたせいで、友人が少なかった。

 小学校低学年まで、彼らの関係はどちらかというと友好的であった。何だかんだ、からかいつつもAはCが別の小学生グループに虐められていた時には先頭に立ってCを守っていた。勉強が苦手なBを見かねてCが一緒に宿題をして教えていたりと、私から見てもいい関係のように思えた。

 だが、その関係も高学年になるに連れ徐々に変化していった。色気が出だしたDを巡って三人が争うようになったのだ。

 とはいえ、元々体力もなかったCは早々に脱落した。彼が生き残るには、誰かの下に付くしかなかった。そうでなければまた虐められると思ったのだろう。

 結局CはAの舎弟となった。力だけは強いが勉強が出来ないAは市の最底辺の中学に進み、BとCは同じ中学に通うようになったが、Aからの呼び出しをCは断る事無く、授業中だろうと抜け出すようになった。

 私は当時、やはり勉強しか取り柄がなかった為、休日でも図書館に行くほど勉学に没頭していた。ある日、いつものように図書館に行くと、そこには珍しくCの姿があった。

 顔は恐らくAに殴られたのだろう。目にするのも痛々しい程青黒く変色し、目の上に出来たこぶが右目を圧迫していた。

 彼は私の顔を見るなり、力なく笑った。その時覗いた口から見えたのは、数本抜け落ちた前歯と歯ぐきからは赤黒い血がびっしりとついていた。

 「C君。君は何時までAの隣にいる気だ」気が気でなくなった私は本を閉じ、いつの間にかその言葉を口にしていた。

 Cは視線を床に落とし、ぼそりと呟いた。「彼には僕が付いていないとダメなんだ。僕の代わりを作っちゃ駄目だからね」

 そう言うと、彼は精いっぱいの笑顔を作って僕の前から消えた。それ以来、彼とは出会えず仕舞いだった。

 高校に入学する時には、彼らの噂を聞くことは無くなっていた。最後に聞いたのは、Aが暴走族に入り隣町のグループ共々刑務所、少年院に送られた事。Bは親の金を無心してソーシャルゲームに全額突っ込み、父親の会社を倒産寸前まで追い込んだ罰として働かされていた事。Dは受験当日に薬をキメていた不良と駆け落ちした事。

 Cの行方だけは分からなかった。私と話した後の彼はどこか晴れやかに、だがとても暗い影を残していたのだけは、数年経った今でも覚えている。

 ぼんやりと思い出した若い日の記憶が蘇った後、始業のチャイムが鳴り、社員全員が立ち上がって「おはようございます!」と部長に挨拶した。

 私もやや遅れて「おはようございます」と挨拶し、席に座ってパソコンを起動し、モニターの横に積み上げられた膨大な仕事の山を片付ける事にしたのだった。

 その日の夜。くたくたに疲れた私は封鎖されたAの店の前まで来ていた。何故ここに来たかは分からない。何となくだ。

 少年院を出たAはすっかり丸くなった。というより、何かに怯えているようだった。

 家を継いで青果店を営むようになったが、以前の悪評が邪魔をして中々客足が伸びず、本人も悩んでいたみたいだ。

 私はAとそこまで面識がなかったが、彼の方は私を覚えていた。サービスのつもりだったのかは知らないが、よく売れ残りのフルーツを格安で売ってくれた。そして事あるごとに、「アイツが来る。夜寝ていたらアイツが俺の枕元に立ってジィっとこちらを見てるんだ」と悩みを打ち明けていた。

 正直、彼の悩みなどどうでもよかった。自業自得だとさえ思ったが、アイツとは誰だったのだろうか。行方不明になったCの事なのか。

 ぼんやりと考えていると、店の裏から誰かが出てきた。

 私ははっとなり身構えた。すると誰かはこちらに気づき、にたりと笑って暗闇の中に消えていった。

 一瞬の出来事で頭が混乱したが、あの笑みはどことなく、過去に感じたC君の笑みに似ていた気がした。

 翌日。Aの告別式、そして葬式へと参加した私は、そこでBの姿を確認した。

 生意気だった顔は痩せこけ、誰かの視線に怯えながらAに線香を焚いた彼は、逃げるように列から離れていく。それを追いかけ、式場から出た所でようやく彼を捕まえた。

 「・・・・・・なんだお前か。久しぶりだな。同じ町にいても、中々顔を合わさなかったからな」

 タバコをポケットから取り出し、口に咥えて火を点ける。Bはこちらと顔を合わせようとしなかった。

 「お前はいい会社に入れて幸せだろうな。俺なんて、あと四十年はタダ働きだ。自業自得とはいえ、あんまりだよ。バカやってた学生の頃に戻りたいよ」

 力なく笑う彼に私は昨晩の事と殺される前のAの話をした。すると彼は「恨まれて当然だよ、Aは」と返した。

 「アイツがCにしてた事、知ってるか?ここだけの話、アイツはCを犯してたんだ。Cの奴、男だけどよく見れば女よりもかわいいしな。化粧させてみたらDよりも美人だった。それに興奮したAがCを組み敷いて初めてを奪った。それからだよ。暇さえあればAはCを呼び出しては性欲を解消させてた。一度はDも混ざってやってたそうだぜ。俺はそんなの興味なかったから参加しなかったけど・・・・・・。それで気に入らない事があれば女装させたCを殴って犯しての繰り返しさ。学校を休むようになったのもそれが原因でさ。俺、一度だけCの家に見舞いに行かされたんだけど、その時に会ったアイツ、相当に顔を殴られてたみたいでさ、パンパンだったんだよ。アイツの親も親でさ、毎晩息子に性処理させてたって噂があった。最後に聞いたのは、Cが隣町のグループに誘拐されて輪姦された、ていうのをAが聞いて激怒して、Cを殺したとか何とかって噂しかないな。なんにせよ、Aは殺されても当然の奴だったんだよ」

 タバコを吸い終えた彼はタバコを地面に落とし、足で踏みつけて火を消した。そして、「お前も深入りしない方がいいぞ」と警告して夜の闇へと消えていった。

 それから数日後、また殺人事件が起こった。

 被害者はCの両親だった。母親は内臓から骨まで細かく刻まれ、肉と内臓はミンチの状態になっていた。その状態で人間だった時の姿を模して台所に立っていたそうだ。父親も同様、書斎に座っていたが、全身を細かく切り刻まれ、男性器は皮一枚残された状態でスライスされていた。さらに驚くべき事に、発見当初、父親の方はまだ息があったというのだ。

 間もなく父親は死んだが、警察は気味の悪い殺人事件に辟易しているようだった。

 その翌日には、いつの間にか地元に帰ってきていたDも殺されていた。彼女の場合は、腹が裂けて内臓が丸見えになり、女性器も真っ二つに割れた状態で死んでいたようだ。

 警察は特別対策本部を立て、犯人の行方を追った。だが、決定的な証拠もなければ目撃情報がない。焦る警察は、被害者の関係者たちを次々と逮捕していったが、どれも証拠不十分で釈放されていった。

 その中にはBもいた。彼はとうとう会社をクビになったそうだ。しかし、どこか嬉しそうでもあった。

 「借金を帳消しにするから消えてくれってさ。ようやく、行きたい所に行けるよ」式場で会った時とはまるで別人の彼は続けて言う。

 「お前はまだこの町にいるんだろ?だったらさ、俺たちの代わりにCに挨拶してくれないか。今までごめん、て。伝えてくれ」

 「Cがどこにいるか知っているのか?」

 「アイツは近くにいるよ。お前のすぐ傍にもな」

 片手で持てる荷物を持って、Bは遠くへ旅立った。その後、風の噂で彼が無くなった事を知った。

 結局犯人が見つからないまま、警察は対策本部を解体した。Bの事件以来、殺人事件が起きなくなったからだと思う。

 あれ以来、Aの青果店は取り壊され更地となった。C君の両親が住んでいた場所も売りに出されたが買い手がつかず、結局取り壊した。

 Aと交友していた人たちは周囲からあらぬ噂を立てられた事で住みにくくなり、夜逃げ同然に他県へと流れていった。Bの父親が経営していた会社も結局は倒産し、この町の稼ぎ柱は私の会社だけになっていた。

 Bの言っていた、Cによろしくとはどういう意味なのか。この事件にC君が絡んでいるとでもいうのだろうか。

 私は会社帰りに墓地に立ち寄る事にした。花屋で買った少しお洒落な花束を持って、C君のお墓まで来た。

 亡くなった事にされた彼のお墓は小さなものだった。私の足首程しかない墓石の前に、私はそっと花束を置いた。

 手を合わせ、頭を垂れて目を閉じる。数秒間、ずっとそうしていた。

 目を開いて顔を上げる。私以外に人は見当たらない。用事を済ませた私はそのまま帰路に戻る事にした。



 墓地に立ち寄ったその日の晩。夢をみた。白い空間に立たされた私の前に、どす黒い影となった何かが現れた。

 その影はにんまりと笑い、口の中を覗かせる。赤黒く変色した歯ぐきと数本抜けた前歯。この場面、どこかで――。

 「久しぶりだね」影は笑う。

 「君は、もしかしてC君かい?」私がそう尋ねると、影だった部分が徐々に明るくなり始めた。それと同時に見え始めた皮膚の色は青に近い白色で、あちこちに青黒く変色した後が見えた。体全体が水膨れのように膨らみ、バスケットボールのように腫れた顔はかつての彼とは思えない程、酷い様相だった。

 「一体どうしてそんな・・・・・・やはりBの話は本当だったのか」

 「そうだね。Bの話は半分本当で、半分はBの嘘だよ」

 それは一体どういう事なのか。私の疑問に答えるように、C君は口を開いた。

 「あの時、僕らの関係が壊れ始めたのは小学校高学年の時だ。僕は勉強の出来ないAとBと共に受験勉強をしていた。当時は誰がDちゃんの心を射止められるかで盛り上がってたんだ。そうしたら突然、Bが「こいつ女みたいだから、化粧させてみよう」と言って、Aも悪ふざけで僕に化粧を始めたんだ。僕は嫌だったけど、殴られるのが嫌だったから我慢した。化粧をして女装させられると、突然Bが僕を羽交い絞めにしてAが僕を無理矢理襲ったんだ。必死に抵抗したけれど、力ではAの方が上だったからね。結局何も出来ないまま、僕は二人に犯された。Bはその姿の僕を写真に取って、自分たちに逆らったらそれをばらすってありきたりな方法で脅してきた。それからだよ。学校でも家でも休日さえも彼らに弄ばれた。中学に入る頃には、AとBが僕を巡って大喧嘩する始末さ。結果的に僕はAの女になった。それからはほぼ毎日、

彼の性奴隷だったよ。君と図書館で会ったあの後も、僕はAに殴られ犯された。それに怒ったBがある日、親の財布からくすねた金で暴走族を雇って、僕を拉致したんだ。Bとその仲間たちと何度も何度も、気が遠くなるまで輪姦(まわ)された。それを知ったAは怒って単身で暴走族を全滅させた上に、Bを半殺しにしたんだ。だけど彼が許せなかったのはどうやら僕だったようでね。顔の形が分からなくなるまで殴られた。「お前は俺の女だった」、「誰にでも股を開く売女」、「お前を許せない」てね。気絶した僕を近くの海に放り込んで、Aは逃げるように帰っていった。

僕は自由に動けないまま目が覚めて、気づいた時には溺死してた。その時初めて、殺してやりたいって気持ちが芽生えたんだ。何もかも遅かったけども・・・・・・」

 「ではやはり、あの事件は君が引き起こしたのか?」

 C君はにんまり笑った。やはりそうだったのか。

 「Aの家から出てきた影。アレも君か」

 「それは僕であって僕じゃない。もう僕は何者かですら分からないんだ。海の中で幾つもの声を聴いた。体の中に何十という魂が入ってきて、それぞれが体の主張権を奪い合っている。今こうして話しているのはCだけども、何時かは違う存在になっているかもしれないね」

 「やはり、復讐の為か?」

 Cは頷く。そして再び口角を吊り上げた。

 「気持ちよかったよ。毎晩毎晩、少年院にいるAの足元に立って驚かせるの。改心したら僕もやめとこうと思ったけど、彼全然変わらなかったからね。やっぱり直接手を下しちゃったよ。楽しかったよー。悲鳴上げながら許してくれってさ。僕もう興奮して手が止まらなかったよ。Dちゃんもよかったね。僕の体全部を彼女の穴から入れたけども、白目向きながら倒れてさ。ああ、Bは面白くなかったな。まるで覚悟を決めてたような顔で。つまらなかったから、僕の両親と同じように死んでもらったよ」

 「どうして両親まで殺す?両親からも酷い目にあわされたのか?」

 「いや、そんな事ないよ。ただの暇つぶしさ。彼らの言う、暇つぶし」

 満足げに、子供のようにはしゃぐ彼の体が、段々と透ける。彼は残念そうに言った。

 「もうお別れだね。楽しかったよ。君は僕にとって唯一の友人だったから」

 Cの顔が元に戻っていく。あの時、図書館で見た彼とは違う。やられる前の彼に。

 「じゃあね。君だけはお元気で。応援してるから」

 白い空間に飲まれるように、彼の体も消えていく。私はそれを黙った見守った。

 翌朝。気味悪い夢を見たせいか瞼が重い。目を開けると、いつもと同じ天井が見える。起き上がる時、右の手の平がやけに冷たくなっているのを感じた。

 そこにあったのはメガネだ。濡れたメガネが悲しそうに涙を流しているように見えた。それはまるで、何も出来なかったCのようであった。

 私は立ち上がり、メガネを拭いて柔らかい布に包んだ。そしていつもより早めに家を出ると、彼の墓へと急いだ。墓地は変わらず閑散としている。Cの墓の前まで来ると、私はカバンの中から包んだメガネを取り出し、彼の墓前に置いた。

 「今度は迷わないでおくれ」

 そう言って私は手を合わせた。今度こそ彼が成仏してくれることを願って。

 肌寒い風が吹く。私は包んでいたタオルを墓に巻き、会社へと向かった。

 

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