星の彼方へ

はまなす

第1話 出会い

 4月。私は普通の高校2年生になった。

 入学前は高校生ってキラキラしてるんだろうなあと思い描いてきた。放課後みんなと街へ繰り出す華やかな高校生活。何かに一生懸命打ち込んで成果を作り上げる爽やかな高校生活。変わり者同士が集まって奇抜だけど面白い活動をする高校生活。勉学に打ち込んで優秀な成績を上げる高校生活。

 私、星田あかりは、そのどれも送ることができなかった。名前と裏腹に。

 何となく美術部に入ったけどコンテストで賞を取ったわけでもないし、友達もたくさんいるわけではない。成績だって良くも悪くもなく平均的だし、何か取り柄があるわけでもない。「平均的な高校生」というステレオタイプがとてもぴったりな学生、それが私だった。

 もちろん普通の生活を送れるというだけで十分幸せなことなんだと思う。だけど、何か物足りなかった。「何かを渇望しているわけではないけど、刺激がほしい」、そんな欲張りな気持ちを持ったまま、私は高校2年生になった。


 4月1日、始業式も終わり、新しい教室に入った。担任の先生が来るまでしばらく休憩だった。みんなそれぞれ自席を確認して荷物を置いた後、近くの人としゃべり始めた。

 クラス替えして初めての席。隣を見ると、座っていたのは初めて見る子だった。黒髪できちんと着こなされた制服。うわついた新学期の空気の中、静かに頬杖をついてどこかを見つめている横顔には、凛々しさがあった。向かって右の目尻にある泣きぼくろが印象的だった。

 「あの、私、星田あかり。よろしくね。」

「谷川すばる。よろしく。」

「すばるちゃん、よろしくね。すばるちゃんはどこから来てるの。」

「湖の近くだよ。」

 私の家は最寄り駅から歩いて10分程度の距離にある。すばるの家は同じ駅からさらにバスにしばらく乗った、湖の近くだった。

 ホームルームで席が隣、最寄り駅も同じ。なので私たちはすぐ仲良くなった。すばるは部活動に入ってなかった。だけど、2年生になって同じ放課後の数学の講習を受けることになったので、私たちは一緒に帰った。

 だけど、私には何か不思議に思えることがあった。すばるに休みの日に何をしてるのか聞くと決まって言葉を濁した。私はというと絵の続きを描いていたり、お菓子を作っていたりする。だけどすばるに休みの日のことを尋ねると、すばるは決まって目を泳がせた。遊びに誘ってもなしのつぶてだった。

「ねえ今度の土日一緒に遊びに行こうよ。すばるちゃんの予定はどう?」

「ごめん、その週はたまたま2日とも予定入っちゃってるんだ。」

 その後、移動教室で隣になった上野さんに話を聞いてみた。

「ねえねえ、上野さんって去年谷川さんと同じクラスだったよね。」

「うん、そうだよ。」

「谷川さんって、1年生のとき、土日はどうしてたの。」

「うーん、確か最初の方は割りとみんなと遊びに行ったりしてたんだけど、夏くらいからかな、急に土日は『予定が合わない』って言い出すようになってさ。」

「うんうん。」

「何をしてるとかも教えてくれないし、谷川さんが土日に何をやってるのかって結構噂になってたよ。『家にお金がないから死に物狂いでバイトしてる』とか、『ちょっとやばい商売してる』とか。」


 結局この後もすばるが休みの日に何をやってるのか、教えてくれることはなかった。

 ある日、帰りが遅くなったので、家の最寄り駅から少し離れたコンビニに行った。学校の近くのコンビニのポイントがたまっていたので使いたかったけど、同じチェーンのコンビニは最寄り駅の近くからは普段あまりいかない国道沿いのところにあった。

 4月も下旬なのに寒の戻りがあって、肌寒い夜だった。国道まで歩いて大きな駐車場のあるコンビニに来た。こんな寒い日なのにバイクで来ている人がいて、愛車の近くでコーヒーを飲んでいた。

 店に入る。私も温かい肉まんが食べたくなって、店を一周した後、ラストひとつのミルクコーヒーを手にとった。振り返ってレジへ向かうと店員さんと目が合って気づいた。

 すばるだった。コンビニの制服を着ていたけれど、名札でわかった。こちらに気づくと少し恥ずかしそうに下を向いた。

 「肉まんひとつ下さいな。」

 残り1個の肉まんを注文すると、慣れた手つきでトングを手に取り什器から肉まんを取り出した。

「へえ、ここでバイトしてるんだ。」

 私が声をかけると、すばるはまた恥ずかしそうにしながら黙ってうなずいた。店員と友人どちらの立場で接するべきか迷っているようだった。

 会計を済ませていると、店内BGMのアイドルソングが収まっておとなしい音楽になった。もうひとりの店員さんがレジに戻ってきて、すばるに声をかけた。

「おっ、時間だ。谷川さん上がっていいよ。」

「すばるちゃん、バイト上がりなの?せっかくだし外で待ってるよ。」

 私がそう告げると、すばるは一瞬だけ困ったような顔をした。そして下を向いて「うん」と言った。何か隠し事がばれた子どものようだった。

 店の外で待っていると、5分程度ですばるは出てきた。迷彩柄のウィンドブレーカーにジーンズで、私の選んだものより大人っぽい缶コーヒーを両手で握っていた。なぜか教室で見る線の細い姿より強そうに見えた。

 「今日はピンチヒッターだったんだ。だから早く上がれたんだ。」

「そうだったんだ。お疲れ様。」

 そういうと、私は肉まんを半分に割って渡した。

 「はいこれ、どうぞ。」

「えっそんな、もらえないよ。」

「でもお腹空いたでしょ?」

 ぐ~っ。びっくりするほど完璧なタイミングですばるのお腹が鳴った。あまりにおかしすぎて、私は大笑いしちゃった。すばるも少し笑った。そして肉まんを受けとると2口で食べた。

「ありがとう、おいしかった。ごちそうさま。」

「いやいや、作ったのはすばるちゃんでしょ。私は買っただけだよ。」

 すばるはコーヒーを一口飲んで、一息着いた。そして、私の顔を見て言った。

「ちょっと、こっち来て。私の大事なもの、見せてあげる。」

 すばるは店の横に自転車置き場に向かった。薄暗くてよく見えなかったので、自転車を取りに行ったんだと思った。私はゆっくり歩いていった。

 店の角を過ぎたその瞬間、私の周りが急にライトで照らされて明るくなった。あまりの眩しさに私は目をつむった。エンジンの始動する音。アイドリング音。恐る恐る目を開けると、そこには白いレーサータイプのバイクを支えるすばるがいた。

「実は私ね、バイクに乗ってるんだ。」

すばるは、私にだけ大事な秘密を教えてくれた。

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