ななしの探偵と恋人たち

今村広樹

第1話

「なに、キミにはカンタンなお仕事だよ」

 ジャウェットという男はわたしを見据えて偉そうにそう言った。実際、かれはクィーンズ・カレッジの教授であり、支配者ドンだった。

「ペーターという講師が、生徒に手を出してるというウワサがあってね、ウワサとはいえ、面倒なことは困る、そんなわけでキミにその真偽を確かめてほしいんだよ」

「わかりました」

 わたしはそう返す。わたしはオスカー・ソールズベリー&アルフレッド・ローズ探偵社の探偵オプで、ようはこういう時に呼ばれる便利屋だ。

 ジャウェットはわたしをろこつに軽蔑バカにしたように見ている。他人の生活をのぞき見てめしを食らっているくそ野郎とでも思っているのが、ありありとわかる視線だ。実際のところ、わたしはそういう視線を受けざるえないようなボロボロな風貌をしている。

「それで、必要経費はそちらもちということで……」

「かまわんよ」

「では、そのペーターという講師について教えてください」

「わかった」

 というかんじではじまったのは、かれの自慢話だった。

 

 ジャウェットは今日のクィーンズ・カレッジの伝統を『作った』という人物だ。かれは親分肌で、学生をかわいがり、多少はめをはずしても寛大にゆるした。いろいろな対立で混乱していたクィーンズ・カレッジをたてなおして、チューターと呼ばれる制度を確立した。チューターというのは個人指導、つまりは家庭教師的なものを公的にあてはめたようなもので、チューターたちは、父か兄のように学生の面倒をみているのだそうだ。

 かれのもとで巣立ったものの中には、アナキス首相、ジンディア提督カーゾン、シャンロン植民地総督ムンナー、ガールスカウトの創設者バーデン・ショートカット、ブラッドストーン内閣の外務大臣ルーソンゴアといったひとびとが知られていた。

こういう羅列でも」あらわれているように、ジャウェット氏は有名人が好きで、世俗的だったが、差別的ではなく、例えばバルバトス事件でバルバトス総督を弁護するボイッスラーと対立している。


という話を長々とするジャウェット氏の俗人ぶちに、わたしはじょじょにいら立ちを強めていく。つまるところかれはこの『わたしはこんな人と付き合いありますよ』というのが言いたくてたまらないのだ。

「それで、ペーターさんの話は……」

「ああ、そうだったね。どうも年寄りは話が長くていかんね」

と、ジャウェット氏はペーターの生い立ちから長々と話つづける。


 ペーターは郊外で開業していた医師の子どもとして生まれた。年を重ねて、クィーンズ・カレッジに入って、ジャウェット氏に出会い、かれに認められた。ペーターはヘレニズムやルネサンスといった美術史こ講師となって、生徒にも人気だそうだ。


「はあ、それで、そのペーターさんが、なにをしたのですか?」

「そうだ、それにはまず、わがクィーンズ、カレッジに蔓延している問題について方らなきゃいけない」

 話は続く。


 クィーンズ・カレッジにある問題とは、風紀の乱れらしい。その中心は同性愛で、男女ともにかずかずのカップルがいた。クィーンズ・カレッジはそういう人々の出会いの場になっていって、同性愛の雰囲気が濃厚に立ち込めていたそうだ。理由としては、寮生活で男だけ、女だけの生活環境となって、自然とそうなってしまったそうだ。またジャウェット氏はプラトンの研究者ということもあって、クィーンズ・カレッジではギリシア古典の研究もさかんであり、それがその雰囲気を助長することとなる。ジャウェット氏はそのため、自身のプラトン研究から、同性愛的要素を薄くすることに苦心していたそうな。


「で、それとペーターさんとどういう関係が?」

「ああ、そうだった」

 話は続く。

 さて、ペーターにある生徒がラブレターをおくったらしい。そして、ペーターも返事を書いたという。なんかふわっふわっな感じになっているのは、あくまでもウワサ話だからだ。しかし、どうも生徒の側から漏れたうわさらしく、スキャンダルになりかねないというわけだ。


「わかりました、つまりそのウワサが事実かどうか確かめろ、ということですね」

「そうそう、場合によっては、こちらでしなきゃならんからね」

 ジャウェット氏は、一人で納得したようにうなずいている。

 わたしは、この長々しい話を聞いて、ますますウンザリした気持ちになってしまった。ジャウェット氏はつまるところ、このスキャンダルを未然に防ごうというよりは、利用して自分の思うがままにしようという腹が見え透いていたからだ。なおひどいことに、わたしもその陰謀たくらみに一枚かんでいるというのが、ますますわたしをウンザリした気持ちにさせた。しかし、これもそうだがそういう汚い仕事が、私の職業なのである。

「話は終わったよ、さっさと帰りたまえ」


 わたしは写真をパシャパシャ撮る。目の前では、ペーターとかいうやつが、生徒らしい少年とイチャイチャしてる。ジャウェット教授の危惧は事実のようだ。

 こうして仕事をはじめたわたしだったが、目的自体はアッサリとたっせいしてしまった。

「ふうん、こうも楽でいいモノかねえ」

 と、その時、頭に衝撃が与えられて、わたしは気絶した。


「ああ、大丈夫ですか?」

 意識が戻ると、わたしの前に監視対象がいた。

「ええ、なんとか」

「私の生徒が、私を監視するあなたを殴ったのですよ」

「そうだったのですか」

 かれの横には、くだんの少年がもうしわけなさそうに、顔を赤くしてうつむいていた。

 わたしは後頭部をさすると、デカイコブが出来ている。

 かれはすまなそうに、こう続けた。

「教授に伝えてください、私はクィーンズ・カレッジを辞めます」

 少年はそれを聞いてひどくショックを受けた風な表情を浮かべた。それはそうだろう、かれのために大事な先生が人生や名誉、地位を棒に振ろうというもだから。

「わかりました。それで、後はどうするんですか?」

「人を教える場所なら、どこでもいいんですよ」

 ペーターは、寂しそうに笑った。

 結局、わたしの報告により、先生はクィーンズ・カレッジを去ることになった。


 それから数ヶ月して、わたしはわたしを殴った少年を連れて、かれのいる小さな塾に来た。

「あ、あの」

 戸惑う少年に、わたしは制止しながら、先生が出てくるのを待った。

 先生が教室から出てくると、わたしはこう促した。

「ほら、いくんだ。ここでいかないと後悔するぞ」

 少年はうなずくと、先生に向かって歩きだした。

 さて、わたしがなぜこんなおせっかいを焼いているかというと、つまるところあの不愉快な教授にたいする意趣返しである。

「先生」

 少年がそう言うと、かれは振り返った。


 さて、このあとは後日譚だ。

 ジャウェット氏はこのスキャンダルを奇禍として、クィーンズ・カレッジ内の綱紀粛正をしはじめた。しかし、それは成功したとは言いがたく、結局あまり変わってはおらず、わたしのような職業も入り用なようである。

 そのわたしは、ペーターにかんするアフターケアを、上司におこられたものの、今も変わり映えがしない日々をおくっている。

 そして、ペーター氏といえば、これ以後慎重に生きることにして、例えば自著のなかに『奇妙な花』と会ったのを『奇妙な色彩』としたり、『若者とのロマンティックで情熱的な友情』の『若者との』をカットしたりしていた。

 しかし、私生活プライベートではそこまで慎重なわけではなく、スキャンダル後も、少年たちを教えることに情熱を感じていた。

 そのかたわらには、1人の助手も寄り添っている。


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