好きに蔑め!俺はちっとも痛くない。
伊予福たると
一人目 人間
俺の趣味は「人間観察」。
俺が人間観察に没頭する様になったのには理由があった。
俺は「人とは違う」から。随分と寂しい時期も過ごした。そんな俺の励みはたった一つ。人間の「人らしからぬ一面」を観察して、「俺とどう違うんだ?」と、自己満足にも似た疑問を持つ為であった。
そんな疑問を持ったって、仲間意識が生まれる訳でもなく唯、俺は心の中でソイツを蔑んだだけだった。
特に俺が好きなのは一斉に皆が話し始める休み時間の喧騒だった。
誰の何と言う言葉か判別出来ない。
処々に意味のある単語を耳にしては聴き入る。それは無意味に近い遠回しに誰かを批難する言葉だったり、自分を護る為の嘘の褒め言葉だったり…。本人は気付いていないのか声色に「本音」が混ざっている事に。
ソレ等を聴いては安堵する。「
人はどういう訳か時に言葉と言う武器を使い誰かに銃口を向ける。
口にした心地はどうなんだろう。手応えを感じたか。反動は還ってきてないか。心は痛まないのか。知りたい事は山程。
逆に差し出される暖かい言葉。上っ面の愛想だけの重みの無い笑い。
それは一体誰の為なんだ?自分か?相手か?目的はなんだ?自己満足?自己犠牲?友達になりたいから?利害関係は何なのか?
判らない。判りたい。
俺の心はいつも揺れる。回る。
目的も答も導き出されないまま俺の頭に蓄積され、向ける方向も定まらないままの俺の銃口は降ろす事すらままならず時折無意味に叫びたくなる。
新学期が始まって一週間、俺は独りで過ごしていた。
一人きりは好きだ。大多数の中から弾かれて独りになった訳ではない。望んでそうしている。だから敢えて「独り」と言える。
世界は俺と、俺以外で構成されている。
無論、身内を数える時は俺側だがそんな説明する相手すら居ない俺は頭の中でだけ仕切を創り、頭の中で差別する。
高校進学祝に母から贈られたシャーペンを机の上に出しながら、お互い牽制し合いながらも親しそうに横行する会話に聞き耳を立てる俺の耳にハッキリと馴染みのある、しかし聞き慣れない言葉が乱入してきた。
「
と。
確かに俺の名前だが「キトウモモジロウ」と言う音にするととても不細工な聴こえだ。
一体何の言葉だろう…と一瞬思った、が、声に引っ張り上げられた気がした。
本当に驚いた。
自分の名前がそう言う名前だったかと疑わしくなる程名前を呼ばれる事に慣れて居ない。何よりフルネームの呼び捨てだ。卒業式と言う通過儀式で最近呼ばれたばかりな事すら忘れていた。
「言葉」が自分の名前だと脳に伝わる迄に数秒有した。
声の主は胸の前で両腕を組んだ勇ましい佇まいで俺を睨みつけていた。
「ちょっと良い?」
耳の上で揺れる束ねた髪が兎の尻尾の様だ。
「え…何?」
今朝、起床5:30以降約六時間ぶりに発した言葉はすっかり掠れていた。
「ちょっと付き合って!」
苛々と彼女は俺に声を投げつけると背中を向けた。
140cmそこそこの小さな彼女に190cm近い俺は惨めに連行されて行く。
クラスメイトの視線が痛い。
「さっき迄聞き耳を立てていた仕返し」とでも思っているのだろうか。これで又、俺の「人と違う」ところが露呈される事になりそうだと彼女の「フツウ」の頭頂部を見詰めて溜息が溢れた。
むかしから独りが好きだった訳じゃない。
小学生の頃はそれなりに人気があって、友達も多くて毎日が楽しかった。
中学に上がってからだ。
俺の人生に転機が来たのは…。
ふざけた友達が俺の頭に飛びかかって来た。
二人で笑い合う予定だった。そうするつもりで俺は笑いを準備していた。
でも、笑っていたのは俺独りだった。
友達が、顔を手で押さえながら蹲っていた。
友達の眼が「何だ?オマエ…」って語ってた。
俺は無意識に俺の頭頂部に手を持っていった。
俺の頭頂部にある一本の角に…。
友達はこの角で顔を、頬を、切った。
友達は3cm縫うと言う深い傷を負った。
鬼である所の自慢のシンボルも、人間としては異形。異質。異端。
俺はもっと自分の容姿に
ずっと「みんな」と同じだと思っていた。
「フツウ」と変わらないと…。
そんな自分のトロさを呪った。
その日、俺は自分の置かれた立場の危うさを知った。今まで「フツウ」に思って楽しんでいた日々が、輝いていた全ての色が
俺の親父は「鬼」だ。そう知りつつ、何処かゲームやファンタジーの様なあちら側の話だと「鬼ノ国」や「鬼の友人、身内」の話を子供心にワクワク聞いていた。
自分の頭頂部に皆には無い一本の角が有ったって別にどーって事ねぇし!って。ヒトより体力があって走っても跳んでもずっと「ズバ抜けて」てもたいしたことねぇ!って思ってた。毎日が楽しかったし、輝いていた。この色の無い現実こそがリアルだと知りもしないで。
クラスメイトが歩みを止めたのは中庭。
俺は彼女の1メートル後ろで歩みを止めた。
此方を勝気に振り返る。
顔に…見覚えは…無い。
人間観察は好きだが、人間を覚えるのは苦手だった。
赤毛の髪が彼女が喋る度に耳の横で揺れる。
「私、知ってるから!貴男、鬼なんでしょう!?」
勝気な目元で、頑固そうな唇が、自信たっぷりな言葉を発して、揺らぐ事なく真っ直ぐ細い指を俺に向けた。
思わず、指の先と俺の胸を見比べた。
俺が角で友達を怪我させた話なんて同中の奴等は皆知ってる。塾に通ってる奴等の口から他中へ広まり、SNSでも噂になった。一種の都市伝説としてはインパクトが無い、とそれにのっかった都市伝説マニアが更に上を行く都市伝説を重ねてくれたお陰で俺の角の話は直ぐに埋もれた。
中学にも、友人宅にも、両親揃って頭を下げに向かった。
俺の頭の角は「頭蓋骨の奇形」、そう言う事になっている。
その人間が勝手に決めた事実を親父は最後迄受入れたがらなかったが、「桃次郎の為」と母に説得され、親父も不服丸出しの顔のまま母の後に付いて来た。
それで社会は誤魔化せても、誤魔化されないのが個人だ。
友達は俺を避ける様になった。
教室で、同級生で、学校で、孤立した。
仕方がないので俺は走る事に打ち込んだ。元々嫌いじゃないスポーツ。お陰で高校はスポーツ特待が取れた。
「高校になったら、人生がリセットされるから。」
慰めの様に母は俺の手を握った。
リセット…?
真っ直ぐ指された指に視線を戻す。
これが?
「そんな噂もあったよね。」
しらばっくれる様に呟くと、彼女は一歩、俺に近付いてきた。
俺は一歩後退する。
「白々しい!私、こう見えて陰陽師安倍晴明の血を継いでるんだから!」
彼女はそうキッパリ言い捨てた。
「…はぁ。」
俺の返答は予期していた物ではなかったのだろう。
彼女は右足で地面を何度か鳴らすと
「陰陽師!!本物の!!」
もう一度叫んでスカートのベルト穴に着けている大きなポーチを開けた。
俺はボンヤリそれを見守る。
何か紙を投げつけられた。五芒星が描かれてあるのが見えた。
「ゴミ投げるの止めてよ。」
「なんで女子高生がポーチにゴミ忍ばせておかなきゃなんないのよ!バカなの?
護符に決まってるでしょ?」
(女子高生が護符をポーチに忍ばせてるのはアリなんだ…。)
投げつけられた護符を手に、「ハイ」と返す。
「何で効かないの?やっぱり鬼だから?私の力不足?」
彼女はポーチを漁り始めた。
「陰陽師って占いを主にしてたんだよね?」
「煩いなぁ!それもしてたけど!
バケモノ退治だってやってたんだから!」
「安倍さん、悪いけど俺、教室戻るね。
変な噂が立つと困るから。」
片手を挙げて立ち去ろうとした俺の背中に
キーキーと奇声が飛んできた。
「なんで私の名前、覚えてないのよ!!
私は鬼倒くんの名前を一番に覚えたのに…。何よ!鬼にとっては陰陽師なんて屁でも無いって事ですか〜?」
呆れを含みながらゆっくり振り返ると彼女は地面に座って悔しそうに唇を噛んでいた。
「あ〜…ごめん…。あんまり俺はヒトと親しくしない様に努めてるんだ…。
でも名前…教えて貰ったら覚えるよ。」
ヒトと親しくしない方が良い理由は自分が鬼だから…と言うより親しくなって又、突き放されるのが怖かったり…。結局自己防衛の逃げだったりもする。
彼女は、胸元のリボンを両手で引っ張りながら
「大守
消え入りそうな声で囁いた。
聞いただけではすぐ記憶出来る自信は無かったが「ダイジュ」という珍しい苗字に、きっと記憶出来るだろうと変な自信を持った。
大守さんの前に屈む。
「覚えとく、大守さん。」
大守さんが照れ臭そうに笑った。
笑顔を見届けて、立ち上がった背中に
「ちょっちょっちょっと!!待って!!」
慌し気に声を掛けてくる。
ポーチを閉めようとするか、立ち上がろうか、迷っているのが音だけで判った。
振り返った俺の前で高校生にもなった良い年頃の娘が派手に転んだ。
立ち上がろうとしてポーチを踏んだのか何に躓いたのかは知らないがパンダのパンツを丸出しにして転んでいる彼女から数cm視線を反らして視界に入れない様誤魔化した。
「人型、破れてないかな!!」
大守さんの一言は「パンツ見たでしょ?」の類では無く、陰陽師の持物の一つ、式神の「人型」を気遣う物だった事に心が揺すぶられた。
「おん
心を揺すぶられてる場合ではなかった。
彼女はまかりなりにも「陰陽師」だと自ら名乗っているのだから何をしたいか位、察するべきだった。
彼女はポーチから人の形をした和紙を取り出すと、地面に投げた。
紙が地面に着くなり、モクモクと煙を上げ、ヒトの形となり、地面に足を着いて立ち上がった。
大守さんの「じゅうにしんしょう」と言う言葉が蘇る。
つまりは十二人の式神を従えていると言う事だ。
鬼として闘った経験はゼロ。
牙どころか爪すら出した事が無い。
金棒も持った事が無い。
俺にあるのは体力のみだ。
しっかりと足を踏み込ませ構えた。
二階の窓から金髪の少女が此方を見詰めているのが視界に入った。
昼休みの喧騒がやけに遠く感じた。
靴が地面に擦れる度にジャリジャリと音を発する。
腰を低くし、構え直した。
煙の中からボロをまとった、身長が100cmあるかないかの幼いけれど身長と反比例するかのようなふくよかな胸の、二本の真っ直ぐな針の様な角を持った鬼が飛び出してきた。
「主様〜。お呼びですか?」
「今日は修行は無しって仰ったから寝ておりましたのにヒドイですの。」
幼女の後を、眼を擦りながら二本、左右に向けて伸びた長い角を持ったひたすらボリュームのある豊満な肉体の、高身長な女性と、逆にスレンダーで短髪、前に向かって二本伸びた角を持った鬼が舌なめずりしながら現れた。
「やっぱり人間は嘘つきにゃ。
アタイが頭からバリバリ喰ってやるにゃ。」
最後のなんて明らかに使役出来て居ない様子で、自身のだか、飾りだか判らない尻尾を手にグルグル振り回している。
「
「アタイはアンタなんか主と認めた覚えは無いにゃ。一昨日出直してくるにゃ!小娘!」
トラネと呼ばれた式神は角があるのに両サイドにトラの様な耳がある。
…と言う事は尻尾も自身のかもしれない。
「寅子さん、落ち着きましょう?
主様が学校のお時間に私達を呼び出すなんて今迄ございませんでしたもの。何かお有りなんですよ。きっと!」
ひたすらボリュームの式神は牛柄の巫女さんの様な服を着用し、耳(の形からしてやはり牛?)がある。左右に呑気に揺れる尻尾は間違いなく牛の物だ。
「転んで、アンタ達を破っちゃったかなって心配になったダケ!
別にアンタ達呼び出す程たいした事件なんて起きてないし!」
そうだ。そしてこんな茶番劇を見せられている俺の身にもなってくれ。
「主様〜!お優しいです〜!
私達を気遣ってくれたのですね〜!」
幼女が両手をポンと打つ。
寄せられた谷間が見た目とのギャップを産んで、チグハグで見ていられない。
「
ネネと呼ばれた幼女がクシャクシャと撫でられている姿にキュンとなったが俺の一番上の妹の大人の色香を発した可愛さには適わない。
大守さんには疑問が幾つかあった。
先ず
「じゅうにしんしょうって言ったよね?」
疑問一。
「そうよ!私は十二人、使役するつもりだもの!」
大守さんは得意気に腕組みをし、ネネと呼ばれた式神が横で拍手をした。
良く見ると、ネネにはネズミの耳と尻尾がある。
なるほど、それで「十二神将」か。
「なんでこの子だけこんなボロをまとってるの?」
疑問ニ。
ネネを指差すと大守さんはバツが悪そうに真っ赤になり
「ついこの間神社で捉えたばかりでまだ服が出来上がってないの!」
ネネを自分で隠してしまった。
「ふぅん、まぁ…三人しか居ないにしても凄いね。」
トラネなんかは100%使役出来て居ないところは眼を瞑るとして。
大守さんは真っ赤になって少し緩みそうになった唇を噛み締め、それでも嬉しさを隠しきれない目元を両手で隠して
「煩い!鬼!」
と言ってきた。
トラネがそれに直ぐ様反応した。
「オマエ、どうして鬼のニオイがするにゃ?ニンゲンなのに。」
「ニンゲンなのに」の言葉に少し浮ついた。
俺は式神から見ればちゃんと「ニンゲン」なのか?
「違いますの。この御方は『半妖』ですの。
だから薄くても鬼のニオイがしても不思議ではございませんの。」
「それは本当なの?
ウシネと呼ばれた式神はノンビリ尻尾を左右に振りながら頷いた。
「わたくし達、式神は元は鬼神なのですの。式鬼神とも書きますの。
晴明様に比べると、血も薄くなり、力も弱まりましたがわたくし達は代々此方に遣えて参りましたですの。
御護様がわたくし達を使役出来る様、お強くなりたいとおっしゃってくださって、私達は惜しみなく御護様のお手伝いを申し出ている所存ですの。」
ウシネの話を受け取るに、大守さんは彼女達を使役出来る様になりたいと奮起し、彼女達がそれに付き合っている…と言うのが正解なのだろう…が、式神が鬼神様だと言う事実に驚いた。
親父が教えてくれた、鬼ノ国の中心に鬼神様の社のある山があるのだと。
そして、その地下に地獄があり、鬼神様と閻魔様は鬼にとって絶対的な存在であり、どちらが偉いとは決められないのだとも教わった。
子供の俺は、鬼神様と閻魔様は同じ山で暮らしていて、仲良しなんだと思っていた。
しかし、鬼神様とは鬼が奉る存在であり、閻魔様は従う存在だと鬼の曾祖父から教わった。
頭がパニックになった。
しかし、今となっては少しだけ判る。
きっと、鬼神様は名前の如く、神であり、閻魔様は法律なのだと。
「鬼神様…。」
無意識に呟いた言葉に式神三人が反応する。
「久々に言われたにゃ。」
気分良さそうにトラネが眼を細める。
気が付くと俺の胸には興味と好奇心で満ちていた。
完全に腰を降ろして、背後を通る白衣の保険医に会釈する事も無く背中を向けた。
「修行ってどんな事するのですか?」
トラネに聞いてみた。
トラネはゴロゴロと喉を鳴らしならが春の陽気を受け温もった地面に横たわった。
「アタイは鼠取りに精を出してるにゃ。」
「にゃ」だし、最早ネコ!!
「アイロンを掛けたり、お洗濯物を畳んだり色々させてもらってますっ!」
ネネが両腕でガッツポーズして見せた。
「………花嫁修業?」
眉間に皺を寄せ大守さんを覗き見る。
「なんだって修行になるでしょ?アンタ、『ベスト・キッド』観てないの?掃除から技を教えてった有名な映画じゃないの!アレと同じよっ!」
必死に訴えてくる大守さん。
俺は多少の不満を感じながら、気の毒な鬼神様三人娘を見詰めた。
「あやかし狩りは出来ないけど力合わせ位ならうちの親父が役立つかも…。」
うちの親父、ノーテンキ、チャラい、バカ、どこまでもバカ、ひたすらバカ、母ラブ、子作り大好き、でも強い。流石生粋の鬼だけあって力も強いし迫力も違う。年に2回の発情期は爪も牙も剥き出しにして獣と変わらない様相になる。
「鬼神様の相手には不足かな。」
笑って付け加えたがトラネは顔を上げた。
「下級でも良いにゃ!
久々に強いあやかしと闘ってみたいにゃ。」
ウシネとネネが顔を見合わせる。
「最近、本格的に交戦しておりませんもの。血が騒ぎますの。」
「ワタシは自信ないです〜。怖いです〜。」
何故、こんな提案をしたのか全く解明出来ないが釈明するつもりもなく、唯、ひたすらに、世間は人間ばかり也。と思って生きてきた自分に訪れた人間以外の生き物の存在を知るきっかけ。
新しい世界を知れる。
マガイモノじゃなく、異様で奇妙な面白い生き物が俺達以外にも居るのだと、世界に叫んで知らせてやりたい晴れ晴れとした気持ちから来た気紛れ…とでも言っておこうか。
ヘアワックスで隠してある角を人差し指で突いた。
大守さんが使役する鬼神様達の強い要望で放課後大守さんとその使役する鬼神様がうちに来る事となった。
部活上がり、校門前で大守さんを待つ俺の元に
「お待たせ…。」
小さな声が掛かった。
大守さんは毛先をクルクルと巻いて、薄くメイクもしている様だった。
折角大人っぽく見せてるのに千鳥格子の半袖ミニスカワンピースの下にヒラヒラ襟の長袖ブラウスのせいで「大人を意識した子供」の仕上がりになっている。
「うち、電車なんだけど大丈夫?」
重たいスポーツバックを抱え直し自分より頭二つ程小さい大守さんを見下ろした。
「別に!全然ヨユーだしっ!」
実はヨユーでは無かったのか不満そうに大守さんが応える。
「大守さんは家、近所なの?」
少なくとも同じ中学ではなかった。
「そうね、自転車で通えるから比較的近所かな…。」
少し機嫌が治ったらしい。
予測だけど、大守さんは自分に興味を持って欲しい人間らしい。
「大守さんってさ、余り他の女子とつるまないよね。
ICカードを準備する。大守さんのスマホケースからカードが覗いて、切符を買わせる申し訳なさを拭えた。
「『百々目鬼もどき』?」
大守さんが眉間に皺を寄せたので、少し笑った。
「いつでも誰かを監視してる感じが体中に眼がある百々目鬼っぽくない?」
その一言に大守さんも笑う。
「ポイ!妖怪に例えるのは流石ね。確かに言えてる。
私、あんまり巧く喋れない…ていうか話題を合わせるのが苦手なのよね。
興味無い事を、クラスメートと共有する為だけに調べたり好きなフリするの何か違うでしょ?」
そう言われて、納得した。
俺もきっとクラスメートの男子に混ざってコミック雑誌を読んだり、グラビアアイドルの話で盛り上がれと言われたらきっと苦痛だ。
同じ陸上メンバーとは大会の話をしたり、何処のシューズが良いとか月刊ランナーを貸し借りするが今の俺はそれで充分。
人間観察の方が全然楽しい。
「大守さんは恋占いとかそういうのしてあげたらたちまち人気者になると思うけどな。」
大守さんの顔がガァ〜ッと赤くなっていく。
「そんなの!そんなの!興味無いしっ!
別に私は独りでも良いんだから!どうせ人は死ぬ時は独りじゃないの!」
必死な言い訳の様に聞こえたが本人がそう言うのならそうなのだろう。
でも、敢えて言わせてもらうなら、大守さんは天邪鬼まがいだな…と思った。
「アンタだって独りじゃない!」
勢い任せに大守さんが口から零した。
痛くも痒くも無いし、他人事の様に聞こえた。
「俺は人間には混ざれないでしょ。」
言っておいて自分の言葉が胸に刺さった。
魚の小骨が喉に刺さった時みたいに落ち着かなくて不快だ。
「まあね。」
大守さんの一言は嘘偽り無い正直な言葉だった。
だから俺を傷付けなかった。
結構、この人、好きだな、と思えた。
家に到着し、玄関の扉を開けて驚いた。
家族全員総出で出迎えてくれたからだ。
「ホラ、ね?女の子連れて来たでしょ?」
得意気にそう言うのは次女の
母が視えないモノが視える人だし、鬼の曾祖母が未来を予知できる眼を持っているのできっと二人の血を継いだのだろう。
「まぁまぁ、いらっしゃい。」
母はいつもの様にのんびりと微笑む。
「でもクッセ!!」
「あ、ゴメン。言い忘れてたけどうちの親父、凄い馬鹿だからあんまり気にしないでね。」
早口で言ったつもりだったが大守さんが親父に掴み掛かる方が速かった。
「クサイって何よ!!唯の香水でしょーが!」
「コースイなんてあやかし知らん!
オマエ、色んなあやかしのニオイがする!そんだけ取り憑かれてよく生きてられるな!?」
「これだから無知はヤなんだよ〜。」
上の妹の
「おん十二神将そわか!」
(出た!!)
申し訳無いけど親父がボッコボコにされる所を一度で良いから見てみたかった。
人型の和紙から煙が現れた。
「あ〜!かじ〜!」
一番下の俺の愛しい妹、
俺とした事が親父に痛い目見て欲しさに大切なマイラブを危険に晒すような事をするなんて!
俺は急いで桃果を抱き抱えた。
「親父!相手は鬼神様が三人だ!
中庭に行け!」
親父は大守さんを上がり
「本物のニオイですの。」
「久々に血が
「お二方、他所様のお家ですよ〜。」
大守さんは自分は物凄いお洒落してきた癖に三人にはさっき迄と何ら変わらぬ格好をさせていた。
中庭に敷き詰めてある白い砂利石が四方に飛ぶ。
親父は低く身構え
「鬼神様、お初にお目に掛かれて光栄至極!しかしながらあまつさえ獣の様な姿にされた挙句あの様な小娘に飼い慣らされる等おいたわしや。」
格好とは反比例する言葉を吐いた。
「あの御方は陰陽師、安倍晴明の末裔ですの。晴明様の為ならばこの生命、捧げても惜しくはございませんですの。」
ウシネはユラユラと尻尾を何度か揺らし、親父に突進して行った。
流石に「丑」なだけあって勢いが違う。
親父はウシネの、立派な二本角を両手で掴み、両足を踏ん張った。
5m近く黒い二本の線が親父の足元に出来た。
「例え、鬼神様であってもそれは何百年もむかしの話。
今もその強さを保っているとは思えねぇ。
その証拠にすっかり獣の化身となって干支の守神となっているんだからな。」
親父はウシネに自分の体重を乗せ、どうにか地面に倒してしまった。
「背中、ガラ空きだよ!」
突進してくるトラネを親父は飛び上がって迎え撃つ。
両手はウシネの角を掴んだままで両脚を高く高く上げてトラネの片腕を脚で抑え込んだ。
爪を剥きだしたもう片手で親父の脚を狙ったがウシネの角から手を離した親父の右手がトラネの腕を掴んだ。
「何百年眠ってたんだ?身体が随分と動いてねぇぜ?」
トラネは掴んでいる親父の腕を引っ掻いた。
思わず前に身を乗り出してしまった。
隣の、
「父ちゃん!ぶっつぶせ〜!」
とヤジを送る。
「ヘッ!どんだけ名を上げた鬼神様でも仔猫ちゃんとなんら変わんねぇぜ?こんな引っ掻き傷、そこらの野良猫にだって付けられらぁ。」
親父の負け惜しみが俺に向かって吐かれている気がした。
親父の顔面をウシネの肘鉄が打つ。
「ワタクシを地面に押し付けるなんて…許せませんですの!」
ウシネの瞳に一気に金色が挿す。
鬼の力を開放した時の証。
腕がズシリと重く感じて桃果をうっかり落としそうになって慌てて抱き締めた。
「こあい…。」
桃果の一言に「そうだね。」と口先だけで応える。
こんな見応えのある交戦、見た事がない。
人間界には親父が本気でやり合える相手なんて居ない。
鬼神様が何百年休んでいたか知らないが、親父は間違いなくここ15年はまともに鬼の力を発揮して闘った事なんてない。
親父の瞳に焦りと苛立ちの色が覗く。
ウシネ達と同様、金を浮かばせた眼をしているのに気の毒な程、動揺が見える。
「ガァァァァァァァァッ!!」
親父が獣みたいな雄叫びを上げ、桃果が泣き出した。
慌てて桃果をあやすが鬼神三人と親父から眼を離したくなかった。
家の中から物凄い怒気が駆け寄ってきたかと思うと、縁側から俺の目の前を飛び降りて両手にしていた箒をウシネの頭に振り降ろした。
「いい加減にしなさいっ!
我が家の団欒の夕飯時間を邪魔するヒトは鬼だろうと神だろうと私が許しません!」
一気にウシネの瞳の色が紺色へと戻る。
親父の眼に力が戻る。
親父はトラネの左足首を外から力一杯払うとトラネが後ろへひっくり返った。
女性にあるまじき体勢で豪快に転んだが
「ザマミ…うわぁ!!!」
「おわっ…………っ!」
慌てて桃士の頭を掴んでトラネに背中を向ける。
彼女はパンツを履いて無かった…。
「ウケる。」
桃李の一言でトラネが大声を上げて泣き始めた。
「だからパンツを履きなさいっていつも言ってるでしょ!?」
大守さんの言葉が虚しく春風と共に飛ばされる。
「うわぁぁぁんっもうお嫁に行けないにゃ〜!」
辺りにはトラネの泣き声だけがこだました。
元鬼神、寅の式神トラネ、将来の夢はお嫁さん…らしい。(花嫁修業もしてるしなぁ。)
「お騒がせ致しました。」
一番小さいネネが代表して頭を下げた。
ウシネはすっかり落ち込んで、トラネはまだヒスン、ヒスンと泣いている。
大守さんだけが余所事の様に明後日の方を向いていたが、親父に
「主はオマエだろ?あやかし娘!知らんぷりしてねぇでオマエが謝罪しろ!」
頭を押さえつけられた。
「ウッサイわねぇ!私は何もしてないじゃないの!
喧嘩始めたのはトラネとウシネとアンタでしょ?」
親父の馬鹿説と渡り合えるのだからある意味大守さんは大物だ。
親父の手を取ったのはやはりの母だった。
母はいつもの柔らかい笑顔を大守さんに向けて
「大守さん、遊びにならまたいつでもいらっしゃい。鬼神のお三方も、桃太郎くんが時間と体力の許す限りどうぞいらっしゃい。喧嘩にならない程度に…ね?」
母は嬉しそうに、愉しそうに、明るく言った。
親父の右頬に真っ青な痣が出来た。
食事時、それを盗み見ては「ザマミロ」と胸中思いつつ親父をほんの少しだけ誇らしくも感じた。
質より量の我が家の食卓。
桃士は丼で飯を喰い、ダイエットとか言っては桃李は肉を抜く。食卓に並ぶ肉の生前の様子を語る桃美は皆からブーイングを受け、親父は炊飯器を抱いて飯を喰う。隣で母は親父の皿におかずをよそい、俺は膝の上の桃果に「あ〜ん」して食べさせ、「あ〜ん」して食べさせて貰う。
風呂の順番が来るまで喧嘩を避ける為に皆でDVDを観て過ごした。
DVDは桃士と桃美と桃恵のリクエストの「ゾンビ」映画。
親父は世の中で一番怖いのは「ゾンビ」だと思っている様だ。しょっちゅう「ゾンビが今現れたらどうやって倒すか」について真剣に考える。
「ゾンビはトロイから走って逃げられるじゃん。」
桃李は呆れた様に呟く。
「逃げた先に待ち構えてたらどーすんだ?」
親父は怯まない。
「ゾンビは『あ〜あ〜』煩いんだから耳澄ませてたら聴こえるでしょ?」
桃美が助言する。
「俺達の悲鳴で聴こえなかったらど〜すんだ!?曲がった先にゾンビ居てみろ?
鬼より吸血鬼よりゾンビのが怖ぇって!!」
親父、力説。
「怖い〜!海外行きたくない〜!日本には来ませんように!」
映画と現実を混同してしまう親父はある意味、純朴なのかもしれないが簡単に言うなら「唯の馬鹿」。
家族でゾンビに対抗する秘訣を話し合いながら今日の馬鹿みたいな我が家の話題は幕を閉じた。
翌朝、五時には起きて、母が作ってくれた朝食を喰い、弁当を持って陸上部の朝練の為、学校へ向かう。
教室にはあやかしまがいだらけ。
いつもの日常、いつもの生活。
だけど大守さんというバグが発生した。
煩いけれど何か新しい事がおこるんじゃないか、俺の中の何かが変わって行きそうな気がして少し期待する。
その日の夕方、昨日と同じ時間に例の三人娘がやって来た。
「今日はパンツ有りにゃ!見るにゃ!」
誰のだか男性用らしき大き目のジャージの裾を捲りトラネが自慢気にパンツを見せてくる。
「昨日の様な事にはなりませんの!
此方も本気を出させていただきますの!」
「今日は私も良いですかぁ〜?」
俺は素知らぬ顔で母がいれてくれたばかりのすまし汁を啜った。
鰹出汁が効いていて旨い。
「父ちゃん、うるせぇから行ってきなよぉ。」
桃士は大好物の餃子に夢中で、昨日の様に見に行こうともしない。
「阿呆ですか!鬼神様!!こちとら昨日の痣もまだ消えてねっつの!出直して下さい、サヨウナラ。」
茶碗片手に鬼神様に見向きもしない親父だったが、桃美に
「あのヒト達、父ちゃん一殴りずつしないと帰らないよ。サッと行って殴られてきなよ。」
シッシッと手で追い払われた。
「え〜、ヤダよ!桃姫さん、今日も『桃太郎くん虐めないで!』ってやってくれる?」
甘えた事抜かす親父に母は視線も向けないで
「サッて行ってポカポカポカッてやられて来たら?私、大学芋揚げてるから眼が離せないの。ホラ!桃太郎くん!ガンバッ!」
それだけ言って台所に戻って行った。
「やった〜!大学芋大好き〜!!」
日頃余り食べない桃李がはしゃぐ。
桃果も
「だいいもも〜!!」
(本人は「大学芋」と言えているつもりなのが可愛い。)と、手を叩いている。
俺も桃果の手の上から拍手した。
「お前等、冷てえな!これが家庭内別居か!」
まだしぶとく意見する親父の腕を待ちきれなくなったトラネが引っ張りに上がってきた。
「パンツ見ろにゃ!ホラ、早く殴らせろにゃ!」
「わたくし、昨日からイメトレしておりましたの。」
「パンチはグーとパー、どっちが良いですか?」
「「「「グー。」」」」
俺と桃士と桃李と桃美の意見が一致した。
「お前等!まとめて覚えてろ!イテッ手加減しろや!糞鬼神が!イッテーっつーの!手加減…ちょっ…これDVだよね?DV!!ドラマティック…バ、バ、バ、バラエティ!!!ヤバいやつじゃん!…ホント…誰か助けて〜〜〜〜〜!!!」
餃子に白飯が進む。
桃李も今日は良く食べる。
桃美はいつもの様に牧場での牛や豚の様子を面白そうに語る。
桃士は学校で覚えたての下ネタを披露して姉達の制裁を受けている。
俺の親父は鬼。
クラスメイトは元鬼神様である式神を使役する陰陽師。
「ヒトとは違った」まともで愉快な相手を見付けて、俺の心のシャッターは少しだけ開いた気がする。
これからの高校生活にほんの少しだけ期待を感じずには居られなかった。
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