田中さん、初恋通りを行く

小林快由

第1話 ~Ⅰ~

 その人は、今日も店先に立っていた。

 

 私の名前は、田中幸、幸せと書いてサチと読む。黒髪セミロングの、どこにでもいるような、本当に普通の女子高生だ。

 

 私が通う高校は、駅前から続くメイン通りの先にある。

 春も中旬のメイン通りは、中型のスーパー、チェーン店のコンビニ、ドラッグストア、歯医者など、およそ暮らしていくには申し分ないほどのラインナップのお店が軒並み揃っており、商店街の築年数の割には賑わっている印象を見せた。

 私が、少し前から気になっている花屋さんも、その中の一つである。


「あ、こんにちは」

 お店の前で、商品の花を陳列している若い男性が、私に気付き、柔らかい笑顔で話しかけてきた。

「・・・こんにちは」

 私は、少し遠慮気味に、小声で返事を返した。

 こんな感じだ。大体一か月ぐらい前から、学校からの帰り道に、こんなやり取りを続けている。

 

 小奇麗に切りそろえられた短髪、清潔そうな白のYシャツ、身長は大体175から180cmの間ぐらいの大学生風で、割と端正な顔つきをしている。挨拶をし始める、もう少し前から、その花屋でアルバイトを始めた彼と私は、いつからか、こんな軽い挨拶を交わす間柄になっていた。


「それってさ、向こうもサチの事を意識してるって事じゃん!」

 翌日のお昼、向かい合わせた机の先に座っているミキちゃんが、その昨日の話を聞き、少し大きめの声でそう答えた。

「ミキ、あんた、食べながら喋らないでよ、こっちまで飛ぶから」

 ミキちゃんにそう注意したのは、机をもう一つ、二つの机の間に横から突き合わせて、座っているマキちゃんだ。

 ミキ、マキなんてまるで双子のような名前だが、この二人は、全くの赤の他人だ。


「う~ん、でも、別にそれ以上何か話すとか、そんなのでも無いし・・・」

 私は、ミキちゃんの意見に自信無さげに、そう返した。

「そんな、引っ込み事案でどうすんのよ! 大体、私たち高校生なんだから、もう少し開放的に生きなきゃ、青春ソンしてるよ~」

 彼氏持ちの余裕からか、ミキちゃんは私の言葉を制するように言った。 


 少し赤毛のショートカットのミキちゃんは、小学生の頃から顔見知りの、幼馴染のコウ君という彼氏がおり、この三人組の会話の中で、度々、そののろけ話を披露している。

「恋愛ってさ、本当に素晴らしいよ! 顔を合わしてない時でも、相手が何してるのかな~、なんて考えちゃったりしてさ」

「はいはい、あんたの話は、もう何回も聞かされてるよ」

 ミキちゃんが、またのろけ話を始めようかというタイミングで、黒髪ボブヘアで、かけている眼鏡のフレームも目つきも鋭いマキちゃんが、その話に釘を刺した。

「何よ~、せっかくサチが恋愛の第一歩を踏むんじゃないかって言うから、後押ししようと思ったのに」

「そんな、頭の中、恋愛の事ばっかでどうすんのよ。もっと進路の事とか考えられないの~?」

 

 いつもこんな感じだ。男性完全拒絶のマキちゃんと、所謂”リア充”のミキちゃんとでは、特に恋愛絡みの話では、お互い全く意見が噛み合わない。それでも、私たちは、凹凸な関係というか、仲が良く、こうして、よく三人で行動を共にしている。

「とりあえず、もう少し考えてみるよ」

 ヒートアップしてきそうな二人を宥めるように、私はそう答え、何とかこの話を終わらせる事にした。マキちゃんは、まだ気持ちが落ち着かないのか、ツンとした表情を浮かべ、ミキちゃんは、勿体ない、とでも言わんばかりの残念そうな表情を、こちらに見せていた。

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