episode 22 至福の時間

「うまっ!! 雅君! これメッチャ好き!!」

「はは、試験的に作ったものだけど、口に合ったみたいでよかった。まだ詰めるところがあるから完成したらまた作るな」

「うん!!」


 趣味として本格的に料理するようになってから二週間が過ぎた。

 以前は料理をするのは嫌いではないけれど、家族の飯を作らないとっていうどこか義務感みたいなもので作ってた。

 だけど、趣味としてやると決めてからの料理は正直楽しい。これまでは試してみたい事があっても失敗した時に発生する材料費の事を考えると家計に余計な負担をかけたくなかったし、俺も自分の金を使うわけにはいかなくて出来なかった。

 でも稼いだ金の殆どを貯金に回す必要がなくなった今は、そのはみ出した出費分を自腹で支払う事が出来るから思い切った調理が出来る。

 はみ出した出費分だけを自腹で支払うだけだから大して金もかからないうえに、色々と勉強になるからすごく合理的な趣味を持つことが出来たと思う。


 趣味といえば滞っていたネット小説の創作活動も順調で更新を止めていた元々の作品の連載開催と、新たに飯テロの作品も営利執筆中だ。どちらも経験談からの作品だから新しいライフスタイツを続ける事でネタに困る事がないから、こっちのほうも合理的だろう。


 本格的に料理を始めると家族に伝えると、趣味が出来た事を親父達も喜んでくれたんだけど、沙耶さんは喜んでくれてはいたけど「そんな事始めちゃったら、永遠に追いつけなくなる」と頭を抱えさせてしまった事は申し訳なかったな。


(まぁ、完成したレシピを全部教えるって言ったらニコニコしてたから、いいんだけど)


 料理を趣味にする事を有紀に話したら食べさせろと聞かなかったから、一度弁当を作ってやったら妙な事を言い出した。

 それは俺が料理している様子を動画にしてWeTubeにUPしないかと言うのだ。

 勿論その話は即断ったんだけど……「上手くいけば高収入」という悪魔の囁きに一度横に振った首を縦に振り返してしまった。

 もう無理に金を稼ぐ必要はなくなったんだけど、動画配信は誰に強制されるものではないから、人気が出ようが出まいがマイペースで動画を作ればいいと言われて考え直した。

 

(金はないよりあった方がいいのは間違いないし、大学生らしく時間を有効に使えさえすれば親父達も文句はないだろう)

 

 動画制作なんて経験どころか知識もないけれど、その点は昔馴染みとして有紀が全面的に協力してくれるというので、準備が整い次第撮影に入る予定で今は連絡があるまで料理の腕を磨く。

 こんな事が出来るようになったのは親父達のおかげだ。親父達が意地になっていた俺の意識を解してくれたおかげで、今は学生の本文である勉強と適度はバイト、そして新しい趣味の時間を得る事が出来た。


(まぁ、親父は後は恋愛の一つでもすれば完璧とか言ってたけど……正直俺が恋愛するとかピンとこないし、そもそも俺なんて相手にされないっての)


☆★


「ねえ、夕弦」

「ん? なに心」

「アンタの弁当滅茶苦茶美味そうじゃね? いや、前から美味そうってか美味かったけど……最近の弁当はそれ以上っていうか」


 ある日のお昼休み。

 私はクラスメイトの美咲と亜美に樹の何時もの三人と、花火大会から暫く経って美咲と仲良くなった心とでお弁当を広げていた。

 私がお弁当箱の蓋を開けたところで、心がゴクリと喉を鳴らして食い入るように中身を見ながらそう言う。

 心は転校してからずっと私のお弁当を見てきたから、思わずという気持ちは分かる。

 だって、雅君が料理を追求するって言いだしてから見た目が格段に良くなってるからだ。それにこれは心には分からない事だけど、味は更に爆上がりしている。もうハッキリ言って私は雅君の料理のファンなのだ。


「しょうがないなぁ。どれか一つおかずを分けてしんぜよう。どれがいい?」

「え? 全部!」

「ふざけんなし!」

「口調パクんなし!」


 そんな心とのやり取りを美咲達が可笑しそうに笑うのが、私達のお昼休みの定番になった。

 心が混ざりだした当初は美咲はともかく亜美達は微妙は顔をしていたけど、心が積極的に2人に関わる事で次第に警戒心が薄れて今に至る。

 転校した当初の美咲達と心との間で板挟みになっていた頃を考えれば、雲泥の差といっていいだろう。

 

「う、うっま!!」


 心が選んだのは定番のだし巻き卵。

 そういえば屋上で真っ先に食べた(食べられた)のもだし巻卵だったな。


「前にもらったやつより断然美味いんだけど!」

「ふっふ~ん。そうでしょそうでしょ♪」


 自分が作ったわけじゃないけど、雅君がしてくれた事を褒められるのは何だか誇らしくなる。


「そんなに美味しいの? 私のおかずと交換してよ!」

「あ! ズルい! あたしもお願い!」

「え? ええ!? ち、ちょっと待ってよ!」


 雅君のお弁当を褒められるのは嬉しいんだけど、このままだと私の分が!?


「あ、やっと見つけたよ。成瀬さん」


 皆に奪われたお弁当を奪い返すべく反撃に転じようとしたところで、私達女子しかいない空き教室に男子の声が混じる。


「ちょっと! 私の学校イチの楽しみを盗らないで!」


――が、今はそれどころじゃないのだ。


「なんじゃこりゃ! 美味すぎる!」

「ちょ、美咲! あたしにも頂戴!」

「あーー! 私の大好物の出汁巻き卵がなくなったー!!」

「……あの」


 古来より人間は食べ物を命を懸けて奪い合う生き物なのだ――知らんけど。


「ああ……私のおかずが全部……なくなった……」

「いやー! 美咲から聞いてはいたけど想像の遥か上をいく美味さだったよ! これはもうお金とっていいレベルってやつだ」

「なら払ってよ! 一万円!」

「どこの三ツ星シェフが作った弁当だよ!」

「……えっと……あのー」


 気が付けば瞬殺で私のお弁当箱のおかずスペースには何もなくなっていて、まるで盗賊に荒らされた現場のようになっていた。


「そんな絶望に満ちた顔すんなよー。ホラッアタシのおかず入れてあげるからさ!」

「あ、私もあげるー」

「私もこれどうぞ」

「アーシはパンだからサンドイッチの具あげるし!」


 そう言って食の化身と化したJK3人組が、空っぽになった私のお弁当箱を埋めていき、真っ茶色と形よく握られたおにぎりの二色弁当が完成された。


「……どこの男子柔道部員のお弁当なのよ」

「え? いやー! あれだけ美味しいおかず食べたら揚げ物欲しくなくてさー」

「それな! なんかこう罪悪感が半端ないっていうか!」

「うんうん! 私達はもうサラダだけで十分っていうか!」

「アーシはもうクリームパンでいいし」

 

 満足顔でそう言い放つお弁当窃盗団に対して「そりゃアンタ達はそうでしょうよ!」とツッコむのは当然で……。


「あのさ!」

「うっさいな!!」


 と私達の仁義なき戦いに割って入ってくる声に矛先を向ける事も、美味しい物を食べるのが大好きなJKとしてまた当然なのだ。


「え? うそ! 沢井君!?」


 そこで亜美が私達に割り込んできた人の名を呼ぶと、私を含めて全員の視線が沢井君に向く。って沢井君!?


「あ、はは……。やっと気付いて貰えた」


 全然まったく耳に入ってこなかったけど、あの様子だと結構前から声かけてた?


「ブッ!」


 そんな気の毒な沢井君を見て、思わずといった感じで吹き出した心が俯いて肩を震わせてる。


 その時、私には聞こえたんだ。


 一瞬だったけど、苦笑いを浮かべている沢井君が小さい舌打ちを打つ音を。


「ちょっと、西宮さん! ごめんね、沢井君。話に夢中になって気付けなくて」


 亜美が笑った心に注意しつつ、すかさず沢井君をフォローする。そういえば亜美って沢井君推しだったっけ。

 亜美にならって樹もフォローに回ったんだけど、心はそんな2人を気にする事なくまだ俯いて笑ってる。美咲は亜美達側にはつかずに、私の隣に座ったまま。

 多分、前に沢井君の事が苦手だって話したからだと思う。


「いやいや、ガールズトーク中にお邪魔したからだしね」

「邪魔だと分かってんなら、そのまま諦めろし」

 

 笑いのツボから脱した心が、今度は直接沢井君に矛先を向けた。前々からうっすらとだけど、心は沢井君の事をあまりよく思ってないみたいだ。


「それはそうなんだけどね。ただ前から成瀬さんに一緒にランチしようとって誘ってたんだけど、中々付き合ってくれなくてさ。だからお邪魔だとは思ったんだけど、クラスが違うからちゃんと話そうとしたら昼休みしかなくてさ」


 実際に前々から一緒にお昼を食べようと誘われていたけど、心達と食べるからって毎回キッパリと断ってたんだから、ゆっくり話をしても何も変わらないんだけどなぁ。


「そうだ! よかったら今度皆で学食に行かないか? 勿論俺から誘ってるんだから何でも奢るよ」

「え? マジで!? 沢井君とお昼!? しかも何でも奢り!?」

「それってリッチな人種しか手が出ないと言われるあの【とんでも丼】でもいいの!?」


 沢井君推しの亜美が目をキラキラさせて身を乗り出すと、食い意地全開の樹が学食で一番高価なメニューに目がギラギラ。っていうか人種て……。


「ね! 夕弦もいいよね!」

「ご馳走だよ! ご馳走!」


 あらら……亜美達はすっかり乗り気だ。困ったな。


「成瀬さんもいいよね?」

「えっと……私はお弁当がいいから遠慮しとくよ」

「え? そんな冷食弁当なんかより絶対に美味いよ! 俺よくとんでも丼食うんだけど、あれだけは別格なんだよね」


(は? そんな? 冷食弁当?)


「私はいい。絶対にいかない」

「は? いやいや、嘘でしょ? こんな弁当よりさ――」

「――その言葉……撤回して」

「いや、たかが弁当ディスったくらいで撤回とか……」

「食った事ない奴が分かった風に言うなし。夕弦の弁当マジで金とれるくらいに美味いよ。毎日おかずパクッてるアーシが言うんだから間違いないし」


(パクんなし! って突っ込みポイントはあるけれど、概ね同意)


「弁当なんて貧乏人の節約術の一環じゃん。金持ってればそんなもん作る必要もないし、そもそもプロが作った方が美味いだろ」

「あれ? アンタんチって金持ちだったっけ?」

「……っ!」

「アーシは金払うんなら学食より夕弦の弁当買うけどね。本気で美味いし、なにより誰よりも早く起きて作ってくれた弁当が不味いわけないし。あと、夕弦の弁当に冷食は一つだって入ってないし!」


(アンタが雅君のお弁当語んなし! つか私の言う事パクんなし!)


「沢井君。前々から誘ってくれててごめんなんだけど、私はこのお弁当が好きで――心達と食べるのが好きなの」

「そ、そっか。あ、じゃさ! 昼休みとかじゃなくて今度皆で遊びに行かない? 俺も友達誘うしさ1」

「え? マジで!?」


 食堂ゴチ話が頓挫して樹は興味なくしたみたいだけど、沢井君推しの亜美が誘いに食いついてしまった。

 別に亜美の邪魔をしたいわけじゃないけど、どうしても沢井君って男子に信用がおけない。


(どうにかして亜美を怒らせずに断る方法は……)


 沢井君の追撃をかわす方法を試案してたら、心がハッと鼻を鳴らす。


「アンタの友達って此間プールにいたチャラ男の事? あんなん連れて来られたらアーシらの品性疑われんだけど」


 つい最近までギャルギャルしてた心がそれを言うか。何なら言葉使いは未だに変わってないし! つか完全にうつっちゃったじゃん!


 でも確かにあの時のチャラそうな男子たちも来るなら、ハッキリ言ってイヤだ。

 だって、雅君の事を散々馬鹿にしてくれた連中だから。


(それに、やっぱり沢井君って苦手というか、イヤな感じがあるんだよなぁ)


「えっと、ごめんね。私もよく知らない男子と外で遊ぶのはちょっと……」

「それはこれから知っていけばいいんだし、そもそもそんな事言ってたら何も起こらないでしょ。やっぱ高校生なんだから色々とやってみないとさ!」

「なんか危ない仕事に引き込もうとしてるスカウトみたいな事言ってんですけどー」


 心がそんな事言うから確かにと「プッ」と思わず吹き出してしまった。

 亜美達も同じ事を考えたのか、必死になっている沢井君に若干引いてるように見える。


「おい、心! どういうつもりだよお前!」

「は? アーシは別に間違った事言ってねーし」


(あれ? 沢井君、いま心の事呼び捨てにした?)


 これまで確かに心の事を西宮さんって呼んでたはずが、咄嗟に名前を呼び捨てにした事が気になった所で昼休みが終わる予鈴が鳴った。


「やばっ! 確か五時間目って移動教室じゃなかった!?」

「そうだった! 早く戻らないと!」


 亜美と樹がそう言って慌ててお弁当を仕舞いだす。

 心は登校途中のパン屋で買ったパンだったから、そもそも片付ける必要が殆どない。


(……まぁ、それはいい。急がないと遅刻するし――)


 それにゴリ押しで私達と約束を交わそうとしている沢井君からも一旦距離を置けるから私にとっても恵の予鈴であり、沢井君も慌てた様子で自分の教室に戻っていく。


 ただ、だ。私の目の前にはまだあれがあるのだ。


 男子柔道部員が喜びそうな真っ茶色弁当が!


「このお弁当箱、そのまま持って帰ったら雅君に何言われるんの、私……」


 何か胡散臭い影がある沢井君の行動よりも、私は帰ってからの雅君の反応の方が怖かった。

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