episode 17 暴露

「ねぇ、どこにいくの? お母さん」


 雅とドライブしてから丁度1週間後の夜。私は紫音と夕弦の2人の娘を乗せて車を走らせている。

 2人と話がしたいとだけ言って太一さんと雅に留守番を頼んで、3人で出かけたのだけど、どんな話をするのか以前にどこへ行くのかすら言ってない。

 だけど、2人は分かったとだけ言ってこうして出かけてるわけだけど、車内で3人だけになればと夕弦が行き先を訊いてきた。

 話の内容は目的地まで言わないつもりだけど、別に行き先まで黙っているつもりはない。


「ちょっと夜の海とか見ようかと思ってね」

「えーカップルだらけの中に女3人なんて絶対に浮くじゃん!」

「ふふ、今日は平日だからそうでもないはずよ」

「そんな所に行くなら雅君も連れてくればよかったぁ」

「ねぇ夕弦。最近気になってたんだけど、雅と仲良過ぎない? 分かってると思うけどあなた達は義理とはいっても兄妹なのよ?」

「わ、分かってるよ! というか、そういうお母さんの方が怪しいんだけど!?」

「え? 私?」

「そうだよ! この間もこっそり2人でドライブなんてしちゃってさ! マジで怪しいんだけど!? 太一さんにチクっちゃおうかなあ」

「あはは、太一さんには事前に話してたわよ。2人で話したい事があるから出掛けてくるって」

「なんだ知ってたんだ……。てか雅君と何の話してたの?」

「んーその話とこれから2人にする話が繋がっているから、そのあたりの説明も向こうでするわ」

「えー!? お母さん焦らし過ぎじゃない!?」


 夕弦は本当に明るくなった。今の学校が楽しいというのも理由の一つなんだろうけど、一番大きな理由は雅なんでしょうね。

 私達のせいで幼い頃から蔑ろにされてきた。離婚が決まった頃には心を塞ぎ元の家を出てマンションに引っ越した時には、新しい家を子供らしくあちこち探検したりするどころか、部屋の隅で両足を抱いてただ黙っていた。

 そんな夕弦を見てマズいと危機感を覚えたもののあいつの借金を返済する為に、翌日からのスケジュールがビッシリ詰まっていて子供たちを気にする余裕がなかった。

 だから今は仕方がないと割り切る事にして、まだ子供らしく部屋を歩き回る紫音に夕弦の世話を頼んで、翌日から私はまた仕事に明け暮れた。

 あの時の判断は間違っていた。借金の返済があるからと自分に言い訳してきたけど、自分のくだらないプライドを捨てて両親に頭を下げさえすれば、子供たちをあそこまで追い込んでしまう事もなかったんだから……。

 それからそんな生活が両親にバレて紫音は残ってくれたけど、夕弦は引き取られてしまった。

 引き取られていく夕弦は無気力そのもので、私と離れてしまう寂しさという感情すらみえず……ただ黙ったまま家を出て行った。

 

 今でもあの時の夕弦の背中を夢に見る事がある。

 

 それが賑やであり騒がしいとも言える程に変わったんだもの。それが太一さんとの再婚がきっかけになったんだから、本当の事を話しても結婚に対してマイナスのイメージはもたないはずだ。


 私は改めてこれから2人に話す内容に自信をもって、ルームミラー越しに写るもう1人の娘を見る。

 紫音は私の再婚に反対していた。理由は想像通りで私のついた嘘のせいであいつを美化していたもので、そんなあいつとまた家族をするというのが紫音の望みだったからだ。

 だから再婚してからもあいつと繋がりがあるのは知ってはいたけれど、まさかここまであいつにいいように踊らされてるとは思っていなかった。

 あいつが私との再婚を望んでいるのは、どうせまた借金を抱えて頼ろうとしているだけ。あいつの本性を知っている私にはすぐにそう結論付ける事が出来るけど、あいつに可愛がってもらっていた記憶をもつ紫音には大好きな父親のままだった。

 そんな純粋に家族を望む紫音は騙され続けた被害者だ。だからと言ってこれまで雅にしてきた事を仕方がないと片付けられるものじゃない。

 もし本当の事を話しても紫音の態度が変わらなかった場合、これ以上太一さんが言ってくれた事に甘えるわけにはいかない。


☆★


「着いたわよ」

「あれ? 意外とカップルっていうか人少ないね」

「だから平日だから大丈夫って言ったじゃない」


 目的地である海岸線。車から降りれば夜の真っ黒な海の上を対岸にある町の光が反射している。少し湿り気を含んだ海からの風を受けて大きく息を吸い込んだ。

 あれだけ渋っていた夕弦は目を輝かせながら、目の前にある夜景に目をキラキラさせている。

 だけど、紫音はそんな夜景に興味がないように最後にゆっくりと車から降りたところで、気だるげな視線を向けてきた。


「……ねえ、こんな所まで連れてきて話ってなんなの?」


 微かに苛立ちを含んでいる声にかぶりを被る私は、緊張の色を出さないように意識して紫音から海へ視線を移す。


「別に場所なんてどこでもよかったんだけど、なるべく静かな所で話したかったのよ」

「気になってたんだけど、雅となにかあった?」

「ん? どうして?」

「……なんとなく」


 なんとなく、か。

 言葉を濁してるけど、私と雅との間にある目的になんとなく気が付いているのかもしれない。


「まぁ、そのあたりも含めた話をするから……とりあえずあそこのベンチに座りましょうか」

「…………」


 そう言って移動を始めると、紫音はなにも言わずに着いてくる。そんな私達を見て夜景に夢中だった夕弦も小走りで駆け寄ってきた。


「2人共珈琲でいい?」

「あ、私甘いやつがいい!」

「はいはい、カフェオレでいいわね。紫音は?」

「あたしはなんでもいい」

「……そう」


 娘達を席にベンチに向かわせて、私は飲み物を自販機で買ってからベンチに向かう。その間、どう切り出したものかと思案してみたものの、変な探りなんて入れずに本題に入る事に決めた。


「はい、どうぞ」

「ありがとーお母さん」

「ん、ありがと」


 娘達に飲み物を手渡してベンチに腰を下ろす。そして缶のプルタブを開けて一口珈琲でのどを潤してから、本題を口に出す。


「今日はわざわざ付き合わせてごめんね」

「んー、何事かと思ったけど、案外楽しいからいいよ」

「…………」


 一応外へ連れ出した事を謝ってみれば夕弦は楽しいと言ってくれたけど、紫音は何かを考えこんでいるのか無言だった。


「貴方達を連れ出したのは他でもない。2人のお父さんの事について話しておきたい事があるの」

「え? お父さんの事?」

「えぇ、そうよ」


 キョトンとした様子で私を見ている夕弦に苦笑いを浮かべていると「……雅になにか聞いたの?」と苛立った目を向けてきた。


「えぇ、全部聞いたわ」

「っ! あいつ!!」


 殺気立った目になった紫音はすぐさま鞄からスマホを取り出した。恐らくここからじゃすぐに直接顔を合わせられないから、電話で雅を怒鳴りつけようとしているんだろう。


「待ちなさい!」

「邪魔しないで! あたしはあいつと約束したんだよ!」

「約束? 違うでしょ? 約束したんじゃなくて、紫音が一方的に従わせたのよね?」

「っ!? だ、だったらなに!?」

「いい加減にしなさいって言ってるのよ」

「は? こんな所まで連れてきて説教!?」

 

 私が言う事をお説教と解釈しようとしてる時点で、雅の濡れ衣を晴らすのは今の時点では無理だ。

 なら、さっさと本題に入ってしまったほうがいい。


「別にそんな事をするつもりはないわ。私が2人を誘ったのは今回あの人が雅に接触してきた事がきっかけになったの」

「だからそれが――」

「――私は2人にずっと嘘をついてた」


 苛立っている紫音の話を意識的に遮って本題に入る。


「……嘘?」


 これまで私と紫音のやり取りを黙って見ていた夕弦が、私の〝嘘〟という単語に反応を示す。紫音は眉間に皴を作って黙った。


「そう嘘をついてたの。私とお父さんが離婚した理由をね」

「お父さん達が離婚したのって、お母さんが禄に家にも帰らずに仕事ばかりしてて、ずっと我慢してたお父さんが怒って離婚したんだよね」

「…………」

 

 確認をとるようにあいつが2人に話していた内容を復唱する夕弦と、怪訝な表情を見せる紫音に――私はずっと隠していた事を話す。


「仕事漬けの生活を送っていた原因がね――お父さんがギャンブルで作った借金の返済の為だったの」

「…………は?」


 ここで初めて紫音から声が漏れた。思わずといったところだろうけど、恐らく私が言っている事が理解できないのだろう。


「お父さんは結婚する前からギャンブル癖が酷くてね……。プロポーズされた時はその事を原因に断ったのよ。だけど、何度も求婚されてね……。だからギャンブルから足を洗う事を条件にプロポーズを受けた」

「……その約束をお父さんが破った、の?」


 紫音と違って別にあいつの味方というわけではなく、あくまで中立の立場にある夕弦でさえ、声に苛立ちの色があった。


 私はショックで呆然とする紫音に構う事なく、ずっと隠していた本当の事実を2人に話して聞かせた。


「――これが私達が離婚に至った本当の理由よ」

「…………じゃあ、お父さんがお母さんと復縁したがっていた理由って」

「えぇ、十中八九また私に借金を擦り付ける為でしょうね」

「……そんな……私はお父さんがお母さんの事がまだ好きだからって言うから……。復縁したらまた優しいお父さんと一緒に暮らせると思ったから……」

「紫音。酷な事を言うけれど、あいつは懐いている貴方の気持ちを利用していたのよ」

「……そ、それなら何で雅と接触してきたの!?」

「それは、紫音の方が分かってるんじゃない?」

「……えっ!?」


 自覚があってか無自覚なのかは分からない。驚く仕草を見せてはいるけど、理由としては二通りあるからだ。


(だけど……どっちだったとしても)


「これはあくまで私の予想なんだけどね。お父さんが雅に接触したのは焦れたからじゃないかって思うの」

「じ、焦れたって何に?」

「貴方によ、紫音」

「…………」


 何も言わない事で、どうやら前者だったみたいだ。ならもうお父さんなんて名称は必要ない。


「また借金を背負っていたとしたら、一刻も早く私と復縁したがっていたはずよ。取り立てから逃げるにも限界があるでしょうし――でも、紫音はあいつが急かしても中々行動に移さなかった」

「…………」

「貴方、本当は迷ってたんじゃない? 私達を復縁させるか、それとも今の家族の一員になるか」

「そ、そんなわけないじゃない。今の話を聞いた今はそんな気失せたけど、それまではずっとお父さん達を――」

「――本当に?」


 ずっと見守ってきたとはいえない駄目な母親だけど、お腹を痛めて生んだ娘だもの。嘘をついてるだとか見栄をはってるだとかじゃなく、心に沈めている気持ちを口にしているかどうかは目を見ればわかる。

 対比的にみれば復縁の方が大きいとは思うけれど、太一さん達と家族をする未来だって想像していたはずだ。


(……だって、あんなに幸せな家庭なんてそうはないもの)


「……わ、私はただ……今の家族を壊してしまったら……夕弦が可哀そうだなって思っただけで……」


 ふふ、口では憎まれ口を叩いて口喧嘩ばかりだけど、幼い頃から夕弦を可愛がっていた紫音だ。

 だから夕弦の事を思ってというのも嘘じゃないんだろう。


(まぁ、可愛そうだから今はその返答でいいわ)


「ね、ねぇ……お父さんが雅君と会ったってどういう事? なんで!? どうして!?」


 この件を一切耳にしていない夕弦からすれば当然の反応ね。今日は一切削る事なく全部話すと決めたんだから、夕弦にもちゃんと話をしないとね。


 私はあいつが雅と接触した為に疑いの目を向けられた事。その事も含めて腹を割って話をする為に、雅を連れてドライブに出掛けた事。そしてあのカフェでどういう事を話し合ったのかを夕弦と紫音に話して聞かせた。


「そっか。2人で出掛けたのはそういう事だったんだ……私はてっきりお母さんが雅君の事を……」

「あんた私の事をなんだと思ってるのよ、まったく」


 とった行動自体は誤解を招く可能性はあったかもしれないけど、実の娘にとんでもない疑いの目を向けられていた事に思わず盛大なため息が漏れた。


「ねえ、お母さん。一つ訊いてもいい?」

「勿論よ。一つと言わずにいくらでも答えるわ」

「わざわざ嘘をついて自分が悪者になったのはなんで? お母さんは全然悪くないじゃん!」

「そうだよ! なんでそんな嘘ついたの!?」


 全てを話そうと思った根源だけど、今にして思えば娘達の為とか言っても単なる私のエゴだったのかもしれない。あの日、雅と話してそう思った。


(だけど、それはそれとして、ちゃんと話さないとね)


「それは、あなた達の為よ」

「あたし達の?」


 意味が分からないと首を傾げる紫音に倣って、夕弦もコテンと首を傾げてる。


「私達が離婚に至るまでの間もそうだけど、家族をバラバラにした原因が父親がギャンブルで作った借金のせいだと知れば、もしかしたらあなた達が未来に向けての選択肢に結婚を外してしまうかもしれない。そう考えたら申し訳なくてね……」

「「お母さん」」

「でも、太一さんと再婚して私は幸せを掴んだと思ってる。今の私を見ればその可能性はないんじゃないかって思い直したのよ。だけど……嘘はやっぱりいけなかったわ――本当にごめんなさい」


 私は長い間嘘をついていた事を謝罪しようと頭を下げた。


「……お母さんが謝る事じゃないよ。知らなかったとはいえ、謝るのはあたしの方なんだから」

「そうだよ! 拗ねたお姉ちゃんが悪いんだよ!」

「夕弦……あんたねぇ!」

「なによ! 私なにも間違ってないじゃん!」


 紫音の口から謝るという言葉に驚いて下げた頭を上げると、何時もの姉妹喧嘩が始まっていた。

 だけど、今までの口喧嘩と違って、お互い気心が知れた同士のじゃれ合いに見えて頬が緩んだ。


「これが私が話したかった事の全部よ。この話を聞いてこれからどうするかはあなた達に任せようと思ってる。夕弦はまだ学生だから無理だけど、紫音は社会人で元々独り立ちしてたんだし家を出ていくと言っても私は止めない」

「え? 私が出ていくわけないじゃん! 私いますっごく楽しいんだから!」


 夕弦は何言ってんの? と言わんばかりに私の提案をすぐさま否定する。アイツに対して元々毛嫌いしていたんだから当然なのかもしれない(毛嫌いされていたのは私もだけど……)


「紫音は? どうする?」

「……あたしはとりあえず……雅と話がしたいかな」

「そう、わかったわ。それじゃ私達の家に帰りましょうか」


 実際雅がどうやってあいつと話を付けるつもりなのかとか、大きな問題が残っているけれど、帰り道の車内は行きとは空気が変わった事を今は喜ぼうと思う

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