episode 2 3人デート act 2

「わあ! まだ開園前なのにもう結構並んでるよ!」

「ホントにどいつもこいつも暇人かよ」

「いや、同じように並んでるアーシらも大概だかんね?」

「……あれ? いたのか心」

「マジで酷くない!?」


 結局翌日俺は夕弦に連れられて目的地のプール前で開園時間を待っている。

 それなら愛する義妹と二人っきりで遊びたかったのだが、言い出しっぺはアーシだからと心もついてきた。まぁ、実際そうだし、どっちかっていうと着いてきたのは俺の方だから着いてくるなってのは冗談なんだけどな。


 暫くして正面の門が開き、列を作っていた客達が次々に敷地の中に入っていく。俺達も流れに乗って歩いて行った先にある更衣室前で1度足を止めた。


「んじゃ更衣室出てすぐの所にある時計台の前で集合ね!」

「ああ、わかった」

「アーシのセクシー水着で興奮しないでよ?」

「いや、それは絶対にない」

「なんでだし!」


 ぷんすか怒ってる心を宥める夕弦を見送った後、俺も更衣室に入って着替えようとロッカーまで来た時、一瞬意識が飛びそうになった。


「ロッカー代がは、は、800円……だと!?」


 プールの入場料払ったんだから、施設の備品であるロッカーなんてタダだろ普通! いくら夏場しか稼げないからってぼったくるにも程ってもんがあるだろ!

 複数人で来ていればシェアって手もあるが、生憎今日は俺一人だ……大体いつも1人だけど。800円あったらあそこのラーメン食えるってのに、ただ荷物を預けるだけで溶けるとか無慈悲過ぎんだろ……。


「服持ち歩いてプールに入るわけにはいかんよな……はぁ」


 可愛い義妹とのプールデートにそこまでケチって嫌われたくない一心で(約一名余計な奴もいるけど)着替えを済ませて、硬貨を投入する音が俺の心に響いた。


☆★


 「時計台ってここだよな」


 待ち合わせ場所に着いて辺りを見渡してみたが、夕弦達の姿をまだ見えない。女の着替えは時間がかかるのだろうと時計台の下で待つ事にしたんだが……。


(……なんかめっちゃ見られてる気がするんだけど)


 何故か他の客の視線が痛い。よく見れば口元を抑えて肩を震わせてる奴もいる。


(んだよ……ってあれは)


「おーい! 夕弦! こっちだぁ!」


 俺をジロジロと見ている連中の後ろから我が愛する義妹の姿を捉えて大きく手を振る俺に気付いたようで、まるでパッと咲いた大輪の花のような笑顔を向けてくれたのは一瞬で、近づいて来る度にみるみる笑顔が引くついていく。


 俺の前に現れた夕弦は胸元に大きなリボンをあしらった可愛らしいデザインだったが、ビキニであった為に露出も多く心臓を跳ねさせるのに十分な破壊力をもつ姿だった。

 どうやら一緒に水着を一緒に買いに行った為か、心の水着は夕弦の色違いのお揃いにしたようで、黒の水着が大人っぽい雰囲気を醸し出している。


「すっげー可愛いよ、夕弦! 露出が多いから兄ちゃん的には周りの男共の視線が気になるところではあるけど……ってどうした?」


 2人の水着姿を褒めちぎろうと(主に夕弦を)した俺の視線の先にいる2人の目が、ザブンザブンと音が聞こえそうな程泳ぎまくっている。泳ぐのはこれからなのに気が早い2人だこと……ってそうじゃなくて!


「どうしたんだ? 2人とも」

「……あーいやーねぇ」

「……う、うん」


 問いても曖昧な返事を返すだけで、2人の目は正面にいる俺の姿を捉えようとしない。


「ね、ねぇ雅君」

「ん? なんだ? 夕弦」

「えっと、ね? どうしたの? その恰好」

「恰好ってこれの事か?」


 言って、俺は身に着けている物に視線を落としてみたが、特におかしなところは見受けられない。


「変か?」

「へ、変っていうか……」

「超変! マジ変! アーシなら自殺してるレベルだし!!」


 ……刺さった。ホントマジで心を抉るように心の情け容赦ない言葉が刺さりまくり、俺は無様に膝をつく。


(この格好、そんなに変なのか!? い、いや……だって)


 俺の思考は昨夜の出来事まで遡る。

 

 昨日急遽プールに行く事になったが、如何せん俺は水着を持っていなかった。買いに行こうにもすぐに家庭教師のバイトの予定があった為買いに行けるはずもなく。

 仕方がないから帰ってすぐに親父に事情を話して、水着を貸してもらう事にした。

 一般的には親子といえど人の水着を着る事に抵抗があるのだろうが、俺は全く気にしない。なんならパンツだって気にせず履けるのだ。履いた事ないけど。


 親父の服が入ったドレッサーに顔を突っ込んで水着等を物色していると、そこに仕事から帰ってきた紫音さんが声をかけてきた。

 俺は急遽明日夕弦とプールに行く事になったから親父の水着を借りる事を説明すると、紫音は何やらニヤリと笑みを浮かべて「選ぶの手伝ってあげる」と申し出てくれた。

 それから2人で水着やらなんやらを物色していると、後ろで様子を見ていた親父が紫音に自分の水着を見られたからなのか頬を染めて体をクネらせていた。いや、あれはマジでキモかった。


「これとこれ……それからこれでバッチリ!」

「え? これとこれと……これ? こんなので大丈夫なん?」

「あのねぇ、雅。ファッションで一番大事なのはインパクトなんだよ。それらのアイテムを着こなせば一丁前のイケてる男になるってわけ」

「い、いや、俺は別にイケてるとかは……」

「ふーん、平凡な男でいいんだ。きっと夕弦は明日のアンタの水着姿を見るのは楽しみにしてるはずだよ? なのに、そんな夕弦の楽しみを奪うんだ。私のお兄ちゃん糞ダサいってガッカリさせてもいいんだ」

「……なんだ、と」


 迂闊だった。海やプールなんて場所の主役は女であって、男の水着姿なんて誰も興味なんてないと思ってた。

 だが同行している女からすれば隣を歩く男が糞ダサければ、光り輝く麗しき夕弦が霞んでしまうと言うのか……。


「……危なかった。俺はもう少しで取り返しのつかない過ちを犯すところだった」

「ふっ、それが理解できたなら成長したって事だよ、雅」

「紫音さん……ありがとう。本当にありがとう。俺、紫音さんのコーディネートを着こなして、自慢の兄貴になってみせるよ!」

「その意気よ! 大丈夫! 雅ならやれるわ!」

「はいっ!」


――――って意気込んで乗り込んできたんだが……。


「そ、そんなに変か夕弦。さ、参考までにどの辺りが変なのか教えて欲しいんだけど……」

「…………」

「ゆ、夕弦?」

「代わりにアーシが教えたげる」

「こ、心」

「全部!」

「へ?」

「まず何その海パン! それってどっかのスポーツジムで売ってる競泳用よね!? こんな所でガチに泳ぎに来てる奴なんているわけないじゃん! それにそのジムのロゴマークがクッソダサいし!」

「んぐっ!」


 これは昔会社の健康診断でメタボって診断されて、凹んだ親父が通いだしたスポーツジムの海パンだ。あのくそ親父、金ないくせに形から入ろうとして買ったはいいが、結局仕事が忙しすぎて無料キャンペーン期間中に退会したんだっけ。


「それとそのTシャツ!」

「ざ、斬新なシャツだろ?」

「斬新ってのはシャツのど真ん中にお〇Qがプリントされてるわけじゃない! なんでお〇Q!? プリントシャツなんて腐る程あるのに、何でそのチョイス!?」

「……な、なんだと?」


 少しでも日焼けするのを防ぐ為にラッシュガードの生地がいいって聞いて探してみたら、丁度昔瑛太が合コンで知り合った女の子から貰ったシャツを着れないからって貰ったのがあって着たんだけど……初めてあいつが着れないって言ってた意味が分かった。


「とどめになにそのボロボロの麦わら帽子! 海賊王にでもなるつもり!?」

「あ……いや、そんなもん目指してるわけじゃ……」


 この麦わら帽子は渓流釣りが趣味の親父が使っている帽子で、帽子のつばも大きくて日差しを防ぐのに丁度よかったってのと、紫音がこの競泳用の海パンとラッシュガードに麦わら帽子の組み合わせが神コーデだって言うから……。


 因みになんでこんなにも日焼けを気にしているかというと、現在撮影中の映画が原因だ。

 とある撮影時に映研サークル【もぐり】の臨時アドバイザーである有紀が出演者を集めてこう言ったのだ。


「いい? 役者たる者、クランクインしたらクランクアップまで日焼けする事を避けなさい。特に主演の2人は作品の顔なんだから気を付けて。これはアドバイザー命令だから」と。


 何でも撮影を進める度に肌の色が変わってしまったら、絵が繋がらない為だと言う。

 言われればその理由も納得は出来るんだけど、それはあくまでプロの役者たる者の話であって、大学のサークル作品でそこまでする事もと反論しようとしたが有紀の無言圧に屈してしまった。

 特に首から上は絶対に焼くなと釘を刺されたから、こうして日焼けを気にしているわけだ。


 そんな理由もあって紫音の言われるままこの格好をしたっていうのに……。


(あんの糞暴君がぁ!!!!!)

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