episode 2 琴美とアタシの関係

「ふいー、今日もあっついなぁ」


 今、アタシはW駅前にいる。

 夏季休講に入ってバイトのシフトを増やしていたから、いつもどこかでバイトの時間があったりするんだけど、今日は久しぶりに丸一日バイトのない休日なのだ。

 折角の休日だし久しぶりに飲みたい気分だったから、昼間は服でも買いに行って夜になったら飲みに行こうと大学の友達に声かけたんだけど……。

 彼氏と海だの山だのキャンプだの秋葉だの、って秋葉ぁ!? という感じで全員にフラれてしまった。

 女の友情は成立しないって話はどうやら本当だったみたいだ。

 お互いロンリーの時はいつも一緒だよとか言ってたくせに、彼氏が出来た途端付き合いが悪くなるどころか、人によっては音信不通になる奴もいたりする。

 あと、秋葉はないよなぁ……え? 秋葉デートって普通なん!?


 てなわけで、本日のお相手は……。


「師匠ー! 待ちましたか? いやー、今日も暑いですねぇ」


 そう、こいつだ。

 雅に恋するライバルで、何故かアタシの事を師匠と呼び続ける女。三島美琴である。


「いや、美琴。アンタの肌なに? 白すぎない!? ちゃんと適度に日光浴びてる!?」

「いやー、外に出たの三日ぶりだから陽射しが眩し過ぎて眩暈しそうですー」


 おいおい、アンタは吸血鬼かなんかか!?


「まぁいいか。とりあえずどこ行く? 行きたいとこあんだよね?」

「はい! 前々から欲しかった物があってお金が貯まったので買おうかと思いまして!」


 飲みに行くだけじゃ折角の休日が味気ないと思い昼前に美琴と待ち合わせたんだけど、どうやら行きたい所があるらしくて付き合う事になっていた。


「そうなんだ。それで何買うの? 鞄? 服? わざわざお金貯める程だから有名なブランドもの? でも、そういうショップはこの辺にはないから電車で移動しないとだね」

「ですね! それじゃ行きましょう!」


 随分と張り切っている所を見るに、相当なアイテムを買うとみた。これはお洒落女子を名乗るアタシとしては見逃すわけにはいかないだろう。


「――ってここって」

「さぁ着きましたね! 早速お目当てのショップへ向かいましょう!」

「……ち、ちょっと待って琴美」

「はい? どうしました?」

「いや……琴美が行きたい所ってホントにここで合ってる?」

「はい? そうですけど?」


 一応確認してみたけど、やっぱり間違ってないみたいだ。

 でも、ここって……。


「秋葉……だよね?」

「はい、そうですよ?」

「こんな所に琴美が欲しい鞄とか服とか売ってるショップがあんの?」

「え? 誰もそんなの買うなんて言ってないじゃないですか」

「は? じゃあ何を買いに来たん?」

「ふふん! それはショップに行ってからのお楽しみです!」


 得意気にそう言った琴美はすぐさまアタシの手を引いて足を踏み入れた事のない未開の地をズンズンと進んでいく。

 そういえば前に用事があって2人で都心に出た時の琴美って今とは別人みたいにオドオドしてたけど、今の琴美は水を得た魚のように人混みの中をスイスイを縫い上げるように歩いていく。

 これだけでどれだけ秋葉を歩き慣れているのかが分かるのと同時に、琴美にこんな趣味がある事に驚いた。


 というか歩いてる人を見渡してみると、こういう所っていかにもって人ばかりだと思ってたんだけど、可愛らしい女の子とがいたりして意外だった。まぁ、琴美もここの住人っぽいからこれはアタシの偏見だったみたいだ。


「着きました! ここです!」

「あ、うん」


そんなドヤられても、この店と隣にある店の違いがアタシには全く分からん。


「さぁ! 中に入りましょう!」

「お、おー」


 と手を引かれたまま店の中に入る。別に逃げるつもりなんてないからいい加減離して欲しいんだけど……。


「うわっ」

 

 思わず声が漏れた。

 理由は店内の閉鎖感から漏れたものだ。窓もなく出入口からしか外気を取り込む事が出来ない店内に沢山のよく分からない商品と、そんなにこの店じゃないと駄目なん!? と訊きたくなる程の客数のせいで、店内の空気がなんというか重いのだ。大袈裟にいうと呼吸がし辛いと思える程に。


そんな店内の中に一際大袈裟なショーケースがあり、琴美はその前で足を止めて、まるで憧れの人を見る様なウットリした目をショーケースの中に向けていた。どうやらお目当ての物があの中にあるようだ。


「これが欲しかったん?」

「はい、そうです」


 ふーん、これが琴美が欲しい物か。ってなにこれ? なんか四角い箱みたいな物に扇風機見たいな羽が何個も付いてる。

 これって何に使う物なん?


「ねぇ、これってなに? ゲーム機とかそんなん?」

「いえ、これはGPUです」

「じ、GPUって何? GPSの親戚かなんか?」

「全然違いますよ。GPU、つまりグラフィックボードですね」


 うん。正式名称を聞かされてもまったくわからん。


「端的にいうと、ゲーミングPCの重要な部品なんですよ。グラボで性能の差が大きくでるんです」


 ゲーミングPC? それってアタシが知ってるPCとは違うものなん!?


「へー。と言う事はこれだけでゲームが出来るってわけじゃないんだ」

「そうですね。これは重要なパーツではありますけど、他にCPUやメモリー、電源やケースあとは――」

「――いや、もういいよ琴美。アタシにはサッパリだから」


 どうやら琴美は好きな事の話をする時はマシンガントークになるみたいだ。まぁ誰しもそう節はあるとは思うけど、琴美は一般枠からはみ出るレベルのようだ。


「で? この部品っていくらくらいすんの?」

「それが、ついに10万円切ったんですよね!」

「…………は?」

「だから10万切って税込み98000円です! 安いですよね!」


 え? 今この子10万って言った? それって諭吉さんが10人って事だよね?


「え? パソコンの部品1つに10万!?」

「そうなんですよ。前まで12万が最安だったから安くなりましたよねぇ」


 いやいや! 何言ってんのこの子。

 部品1つに10万だよ!? 高過ぎでしょーが! 10万もあったらあれ買ってこれ買って、テレビに出てくるような高級店でお腹いっぱい食べたって余裕でお釣りがくる額だよ!?


 ううん。お金の使い方、それも趣味への投資に口を挟むなんて野暮というものか。アタシには到底理解出来ない世界ではあるけれど。


「それじゃサクッと買ってきますね!」

「あー、うん」


 諭吉さん10人をサクッと使えちゃうんだ。琴美ってもしかしてカネモ(お金持ち)?

 そう言えばあの子がバイトしてるって話聞いた事ない……な。


 そんな事を考えながらお高いグラボ?が収められているショーケースを眺めていると、琴美がホクホク顔で戻ってきた。


「お待たせしましたー」

「ホントに買ったんだね、それ」

「はい! ずっと欲しかったものですからね! 帰ったら早速ゲム子に組み込みます!」

「ゲム子?」

「はい! 私が自作で組んだゲーミングPCの名前です」

「え? 自作って自分でパソコン作ったの? パソコンって電気屋さんで完成してるのを買うものじゃないの?」

「勿論完成品を買ってる人もいますけど、やっぱり自作した方がコスパいいですし、何より愛着が湧きますからね」


 パソコンって自分で作れる物だったんだ、知らなんだ。

 まぁ、完成した物より手作りの方が思い入れが強くなるのは共感できるけど。


「そっか。んじゃ、次はどこいく?」

「そうですねぇ。実は石嶺さんにお願いしたい事があって」

「お願い? なによ、改まって」

「石嶺さんっていつも凄くお洒落じゃないですか。私ってそういうのセンスなくて、よかったらコーディネートお願い出来ないかなって」


 ふむ、コーディネートか。

 実はこの手のお願いはアタシ的に珍しくなかったりする。

 今回だけじゃなくて割と友達に頼まれたりする事が多いのだ。特に彼氏が出来た直後やターゲットを捕獲したい時によく頼まれたりする。

 琴美が言うようにお洒落は凄く好きで憧れているモデルがいて、よく雑誌でその人の着こなしを参考に勉強している程だ。


 琴美はスタイルも悪くないし、大概のジャンルを着こなせるポテンシャルは持っていると思うんだけど……。


「なら、トータルコーディネートしてあげようか」

「トータルコーディネートですか?」

「そ! 服だけじゃなくてこれとかね」


 言って、アタシは少し鬱陶しそうに伸びきっている琴美の前髪を指で摘まんで持ち上げた。


「あ、はは。やっぱりこの髪じゃ駄目ですか?」

「うーん。駄目って言うか勿体ないよね。琴美って綺麗な顔立ちしてるのにわざわざ隠すような髪型してるんだもん」

「綺麗な顔立ち、か。実は初めて会った時に月城さんにも似たような事を言われたんですよね」


 にゃに!? あんの馬鹿! また無自覚に乙女心をくすぐる台詞吐きやがったのか!?

 確かコンパの時ってちゃんとした格好だったはずで、その姿でそんな言われて落ちない女がいたら――女辞めた方がいいと割とマジで思う。


 アタシの知ってる月城なら絶対にそんな歯の浮くような台詞なんて言わない。コンパの席なら仕事と割り切って言うかもしれないけど、琴美の話によればコンパが終わったあとだったはずだ。

 であれば、本当にそう思ったから言ったって事になる。


(もしかして月城は琴美の事……少なくともアタシはそんな事言われた事……ない)


「師匠も言ってくれたんですから、きっと月城さんもお世辞を言ったわけじゃないですよね?」

「……え? あぁ、うん……多分、ね」

「よし! 私決めました! 思いっきり髪を切ってイメチェンしてみます!」


 前々からそうだったけど、更に乙女スイッチが入った顔してる。変わった子だけど悪い子じゃないし、重苦しい髪型の女の子だけどキチンと整えれば綺麗な顔立ちをしている女の子。

 改めて考えれば琴美って女の子版の月城のような子なんだと気付いた。


(だから月城は……)


「師匠? どうかしましたか?」

「え? う、ううん! イメチェンした琴美が楽しみだなって思っただけ」

「えへへ! 師匠にそう言って貰えて嬉しいなぁ」


 ふふ、ホント可愛いよね琴美って。

 それに引き換えアタシはどうだろう。月城から連絡貰って買い物に付き合ってからまた交流をもてるようにはなった。

 だからこの機をきっかけに今までに出来てしまった……ううん、アタシが作ってしまった溝を埋められればって行動してきた。

 だけど、顔を合わせて話せるようになっただけで進展には至っていないのは、豹変してしまった月城を知っているからだ。

 きっとアタシは壊れてしまうかもしれない月城を壊れ物みたいに扱ってしまっているんだと思う。


 アタシだって琴美みたいに真っ直ぐ月城と向き合いたって思ってるけど、そうする事で壊してしまうのが怖いんだ。

 月城が変わってしまった原因は叔父さん達の離婚だと思うんだけど、それだけで温厚で優しい月城があんなに豹変するものだろうかと疑問だった。

 もしかして他に理由があるんだとしたら、本当の原因が分からないと距離の詰め方を定める事が出来ない。

 小さい頃からの幼馴染という関係はアドバンテージだと思っていたけど、中途半端に関わってきた事がここにきてビハインドに感じる事が多くなった。

 

(そう考えるようになった原因は……)


「そうだ! 借りてたコレ返すよ」

「あ、はい。どうでした?」

「ラノベっての? 初めて読んだけど面白かったよ」

「でしょ!? 読んだ事ない人は偏見で悪く言ったりしますけど、読まず嫌いは勿体ないですよね」

「うん。それは確かにそうだった……でもね? 琴美」

「はい?」

「アンタさ。アタシに貸したラノベのセレクトってわざとだよね?」

「どういう事ですか?」

「しらばっくれるんじゃないわよ! アタシに貸したラノベ全部幼馴染フラグものばっかじゃん!」

「……サァナンノコトデショウ」


 まったくこいつは! 

 確かにライバル宣言した間柄だけど、まさか間接的にアタシの心を折りにくるとは恐れいる。


 だけど、このラノベを読んで考え方が変わったのも事実なわけで。

 アタシはこのラノベのようにならない。

 絶対に幼馴染フラグなんてへし折ってやるんだ。


「とうわけでコーディネートはしてあげるけど、報酬は高くつくかんね!」

「ふふ、そこで断らないのが師匠の器の大きさなんですよねぇ」

「うっさい! 確かにアタシ達はライバルかも知んないけど、アタシは琴美の事も好きなんだよ」

「……師匠」

「恥ずかしい事言わせんなっての! ほら行くよ!」

「あ、はい! 宜しくお願いします!」


 そうだ。アタシはアタシ、琴美は琴美だ。

 ライバルであっても、アタシは琴美を突っぱねる事は出来ない。


 だって変わった子だと思うけど、もう友達って認識しちゃってるんだもん。

 そんな子を邪険に扱う事なんて出来ないって。


―――――――


 あとがき


 皆様、新年明けましておめでとうございます。

 本年も宜しくお願い致します。


 新年明けましたね。皆さんどんな感じでお正月を過ごされる予定でしょうか。

 僕は年が明ける前からですが、苦情がでない程度に家族サービスに時間を割いて仕事が多忙で書けなかった分、可能な限りPCの前に座って執筆を続けています。

 お正月特権で朝っぱらから飲めるので、酔っぱらった状態でどれほど執筆が進むのか分かりませんが、少しでも書き進める為に頑張ります! 


 それでは皆様にとって本年もよい年になりますように。


2023年 元旦


             葵 しずく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る