episode・5 やっぱり師匠は師匠でした!

 隣に立っている師匠を横目に、もうすっかり開け慣れた店のドアを開ける。

 今日は行列が出来ていなくて、落ち着いた店内の様子が伺えた。


「いらっしゃいませ。二名様でよろしかったでしょうか」


 何度か見かけた事がある女性の店員さんが、笑顔で出迎えてくれる。


「はい」

「お席にご案内致します」


 この人の接客は今日も完璧だと思う。

 嫌味の無い笑顔で丁寧な対応。

 恐らくここのバイトをかなり長くやっているんだろうな。


 どうでもいいんだけど、店に入ってから師匠がまた黙り込んでしまっている。

 またヒヨったのかと懸念したんだけど、どうやらそうではなくて、席に座った途端辺りをキョロキョロと見渡していた。

 月城さんの姿を探してるんだね。


「ご注文がお決まりになられましたら、お呼び下さい」


 そう言って席を外そうとした店員さんに「あの、すみません」と師匠が声をかけた。


「はい。お決まりでしたでしょうか」

「あぁ、いえ、そうじゃなくて……その、この店に勤めている月城さんはいないんですか?」


 師匠がそう尋ねると、店員さんの顔つきがあからさまに歪んだ。


「あの、申し訳ありませんが、当店はそういった指名制は致しておりませんので」


 店員さんの話を聞いて、初めて気が付いた事がある。

 もしかして、行列が出来ていた日が月城さんのバイト時間じゃなかったのだろうかと。

 あの行列は月城さん目当ての客だと推測すれば、これまで全く会えなかった事に合点がいく。

 きっとその際も、我儘な女性客達が月城さんを名指ししていたんだとしたら、店員さんの顔つきにも納得できる。


「いえ、あの、月城さんとは友達でして」

「お知り合いなら、ここに来なくても連絡がとれると思うのですが?」

「えっと、今ちょっと色々あって連絡が取り辛くて、どうしても直接会いたかったんですけど、最近引っ越してしまって住所も知らされてなくて……」

「……確かに、最近引っ越しをしたと言う話は本人から聞いた事がありますね」


 店員さんは少し考える仕草を見せた後、師匠に顔をそっと寄せた。


「これは他言無用でお願いしたいのですが、もう20分程しましたら月城のシフト時間になりますので、お待ちくださればお会いする事が出来きますよ」

「ほ、ホントですか!? ま、待ちます! ずっと待ってます!」


 師匠嬉しそうだなぁ。私が会いたがっていたから付き合っているって事忘れてるんだろうなぁ。


「先程は失礼な態度をとってしまって、申し訳ありませんでした」


 店員さんがさっきの対応を謝罪したから、この流れで気になっていた事を訊いてみよう。


「あの、月城さんの事で何かあったんですか?」

「……えぇ、実は彼のファンと言いますか、まぁ彼目当てのお客様達が月城のシフト時間になると殺到してしまっていたんです。そのお客様達は指名サービスなどしていないと説明しても理解してもらえず店内で騒ぎだしたりして、他のお客様にご迷惑をおかけしてしまっていて……」


 なるほど。やっぱりあの行列の時に月城さんが働いていたんだ。でも、何でそのファン達は月城さんのシフトを知っていたんだろう。師匠ですら教えて貰えなかったって言ってたのに……。


「でも、どうしてそのお客さん達は月城さんのシフト時間を知っていたんですか?」

「あぁ、それは此方の手違いがあって、どうやら彼のシフトが漏れていたらしいんですよ。ですがそれも解決しましたので、もうあんな騒ぎにはならないと思います」


 漏れていたという原因を具体的に知りたい気持ちはあったけれど、これ以上店員さんの仕事の邪魔をするわけにはいかないから、我慢する事にした。


「師匠。とりあえず月城さんが来るまで、何か頼みましょう」

「そ、そうだね。えっと、それじゃ私はアイスコーヒーとチーズケーキをお願いします」

「じゃあ、私はアイスミルクティーとシナモンパイを」

「畏まりました。少々お待ちください」


 店員さんが手慣れた手付きで電子伝票を打ち込み、会釈して席から離れていく。

 私達がケーキを注文したのには、単に食べたいという事だけではなく、他に理由があった。

 それは飲み物を先に運び、ケーキは遅らせて運ばせる事が出来ると店員さんが言ってくれたからだ。

 この場合、運ばせると言ったのは、月城さん本人に運ばせるという意味で言ってくれたのだろう。


 飲み物だけが運ばれて喉を潤して、まだか、まだかと待ちわびていると、見覚えのある後ろ姿が視界に入った。

 その後ろ姿の店員さんはカウンター奥にいるマスターらしき人に挨拶を済ませると、さっきの店員さんが私達の注文したケーキを手渡していて、ここまで運ぶように指示してくれているようだった。


 いよいよ、あの日以来の月城さんに会えるんだ。

 プライベートで会えたわけではないから時間をとらせる事は出来ないけど、私は近くで顔が見れて声を聞く事が出来れば満足なんだよね。

 対面に座っている師匠も緊張した面持ちで月城さんとさっきの店員さんとのやりとりを、そわそわしながら眺めてる。

 ふふっ、師匠可愛いなぁ。


「お待たせいたしました。ご注文のチーズケーキとシナモンパイになり……ます?」


 月城さんが私達を見て動きが止まった。

 ううん。正確には師匠を見て止まったんだ。

 悔しいけど、私は覚えてくれているのか自体怪しいから、これが正解だと思う。


「ひ、ひさしぶり……だね。月城」

「あ、あぁ、そうだな。でも、どうして?」


 どうして? そんなの月城さんに会いにきたからに決まってるじゃないですか!


「えっと、あの時の事を謝りたくて……その」

「あ、あぁ……いや、別に……な」


 う~ん。ギクシャクしてますねぇ。

 仕方がないですね。ここは師匠の為に助け舟を出してあげる事にしましょう。


「あの、お久しぶりです。月城さん」

「……えっと」


 うん。何となく予想はしてたけど、やっぱりクるものがあるなぁ……。


「月城。覚えてない? コンパで知り合ったんでしょ?」

「……コンパで?」


 うわ~。そこまで言っても思い出して貰えないのか……。

 ちょっと……ううん、かなり凹むなぁ。


「月城! 流石に失礼なんじゃない!?」


 師匠が怒ってくれるのは嬉しいんだけど、何だか惨めになってくるよ。

 分かってたよ。私みたいな地味な女じゃ、月城さんの印象に残るはずないって事は。

 凄く優しくして貰ったけど、それは誰にでも優しく接する月城さんの性格であって、私が特別だったわけじゃないって事もね。


 ――でも、少しだけ期待もしてたんだけどなぁ。


 そう諦めかけた時、私の目の前が少し暗くなったと思った途端、「つ、月城!?」って師匠の焦る声が聞こえた。その時、視界を塞ぐように伸ばしていた前髪が温かい何かで掻き上げられて、一気に広がった視界の先に月城さんの顔があった。


「ふえぇっ!?」

「あっ、いきなりごめんね」


 ほんとだよ!いきなり過ぎて変な声出ちゃったよ!

 ていうか何!?

 覚えてもいない女の髪かき上げるとか、チートイケメンなら合法って事!?

 チートイケメンは何でもありなのか!?


「――三島さんだ」

「……へ?」

「あれ? もしかして違った?」

「う、ううん! 違ってません。み、三島です……」


 おいおい。前髪上げた時の私を覚えてくれてたって事?

 あんなの物凄く短い時間だったし、恥ずかしくて俯いてばっかりだったのに!?


「コンパ以来だね。元気だった?」

「は、はい!」


 嬉しい。想像してた以上に嬉しい。

 覚えていてくれた事だけで、こんなに嬉しいって感じるとは思わなかった。

 あぁ、私やっぱりこの人にハマっちゃってるんだなぁ。


「月城……あのさ」


 おっと、そうだった。

 師匠が月城さんに話があるんでしたね。


「あの時は、その……」

「あの時は悪かったな」

「ご、ごめ――えっ?」


 おっと、秘技ごめん被せですよ、皆さん!って誰に言ってんだろ私。


「思ってても、口に出すんじゃなかったかなって」

「思ってたのは否定しないんだね。まぁ月城あんたらしいけど」


 凄いなぁ師匠。月城さん相手にそんな言い草出来るなんて……って感心してる場合じゃないよね!


「つ、月城さん! え、えっと……あの……ですね」

「ん?」

「そ、その……」


 言え! 月城さんに会いたかったって言え! 私!


「どうしたの?」

「……」


 駄目だ。ここに来るまでは何を話そうかとか色々考えてきたのに、会いに来たって事すら言えないなんて……これじゃ師匠の事言えないですね……。


「彼女、月城あんたに会いたかったんだって」


 ――え? 師匠?


「私は熱心に月城あんたの事を探してる三島さんに便乗しただけ。彼女と知り合ってなかったら、今でもウジウジしていただけだと思う」


 し、師匠!? そんなストレートに会いたがってたなんて言ったら、滅茶苦茶恥ずかしいじゃないですかぁ!


「そうなの? 三島さん」

「へっ? え、えっと……そ、そうなんで……す」


 私が泣きついたからここまで一緒についてきてくれたのに、それを私が連れて来たみたいに言っちゃったら……。


「そうなんだ。ありがとう、三島さん。このバカ連れてきてくれて」


 あぁ、その顔です。その優しい顔が見たかったから、私はずっと探してたんですよ。もっと、もっと見せて下さい。


「バ、バカァ!? 誰がバカよ! 誰が!」

「お前だ、バカ! 俺達の事で三島さんを巻き込みやがって!」


 ――あぁ、もっと見ていたかったのに……台無しですよ、師匠……。


「キャア! 月城君いた!」


 ガックリと肩を落としてると、店のドアが開いたかと思うと大きな黄色い声が飛んできた。

 師匠はその客達を怖い目で睨みつけていて、カウンターにいたあのスタッフさんなんて、お客さんが来たというのに舌打ちした音が聞こえたような……。


「それじゃごゆっくり、三島さん」

「え? あ、はい」

「ちょっと! 何で私には何も言わないのよ!」

「だって、お前さっきから煩いし。じゃあな」


 月城さんが入ってきた騒がしそうなお姉さん達の対応の為に、私達の席から離れていく。


「ね、ねぇ! 月城!」

「あ? なんだよ」

何時いつからだっけ?」

「何が?」

何時いつから、お互いを苗字で呼ぶようになったんだっけ?」

「……さぁな。そんな事……忘れたわ」


 なになに? 何、シレっと2人の世界のお話をしてるんですか!?

 少しでも油断したら、速攻で私を置いていくの止めて下さいよ!


 それから月城さんはお仕事に専念して、私達が店を出るまで関わる事はなかった。

 会計に対応したあのスタッフさんにお礼を言うと、邪魔が入ったからまた来てくださいねって言ってくれた事が嬉しかったなぁ。


 月城さんが離れて行ってから、師匠と殆ど話す事がなかった。

 ううん。何度か話しかけようとしたんだけど、師匠の意識がずっと月城さんに向けられているのが分かってたから、何も話せなかったんだ。


 店を出てからも、師匠は何も話さない。

 背中が少し寂しそうに見えた。


「ありがとね。三島さん」

「へっ?」

「三島さんがいなかったら、今日こうして月城あいつと会う事もなかったし、とりあえずの仲直りも出来なかったよ」

「い、いえ! それより良かったんですか? 月城さんにあんな事言って。師匠は私についてきてくれただけなのに」

「そんな事ないよ。月城あいつに話した事は本当の事じゃん! 三島さんが会いたがっていなかったら、私はここに来てなかった。三島さんの熱意を利用させて貰ったんだから」


 ホントこういう所がカッコいいんだよなぁ。変に作らないで、素直に本音を話して、感謝の気持ちを伝えてくれるとこ――憧れます。


「でもね……私、負けないからね」


 負けない。どういう意味なのかは直ぐに理解した。

 そして、私も正直に自分の気持ちを師匠に伝えたくなった。


「私も……私も負けるつもりありませんから!」

「うん! お互い頑張ろう!」


 師匠はそう言って私に手を差し出してくる。

 この手はそうなんだろうと、私も手を出して師匠に色々な気持ちを込めて握手した。

 なんだろう。何だか凄く青春してるって気がする。


 そして、師匠はとびきり眩しい笑顔を見せてくれたんだ。


 そんな師匠の笑顔を見て、ライバル関係になろうとも、やっぱり私にとって師匠はやっぱり師匠なんだって思った。

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