episode・3 SNS活用法
私達がバイトに勤しむ、ここモンドールでは今日もマスター自慢の珈琲の香りが漂っている。
今日は雅君のシフトではない日。つまり客足がまばらの平常運転の営業日であり、シフトで入っている私、人見 恵梨佳にとって余裕ありまくりのユル日となっている。
そんな所謂、楽日な一日をのんびりと過ごしていると、一本の電話が店にはいった。
「いつもありがとうございます。カフェ・モンドールでございます」
店の電話が鳴り私が対応したんだけど、店の電話が鳴る時は仕入れ業者かバイトの誰かからしかない。
時間的に見て業者ではなく、バイトからの電話なのは経験上分かっていたけど、一応いつもの接客モードで電話に出ると、やはり予想通りバイトの1人からの電話だった。
「マスター。山村君から電話で~す」
最近、この手の電話がかかってきた時のマスターの反応が気になっていた。
「もしもし? あぁ、うん。うん。そうか、それは仕方がないねぇ……いや! 気にする事はないよ。うん、それじゃ」
どうやらシフトに穴が空いたみたいだ。
この店はそう忙しくならない為か、フリーターを雇わずに大学生のバイトだけを採用している。
それは店の経営事情によるものだから、それは構わない。
ただ、大学生ばかりを雇っている為、今回のような唐突にシフトに穴が空く事はよくある事なんだ。
それにスタッフが同時期に2人辞めた為、シフト間隔が短くなりこういった事が最近頻繁に起きている。
以前なら休ませて欲しいと連絡が入ると、マスターはいつも渋い顔をしていたんだけど、あの男が働くようになって少し経ってから、休みの連絡が入ると素直に応じるようになった。声も心なしか嬉しそうに聞こえる。
電話を切ったマスターはスマホを取り出して、すぐさまどこかへ電話をかけ始める。
その後ろ姿はウキウキしているように見えた。
「あぁ、私だ。明後日の事なんだけどね? 急にシフトに穴が空いてしまってねぇ……すまないが、君に代わりをお願いしたいんだけど、どうかな? 確か家庭教師のバイトの日じゃなかったと思うんだけど」
やはりだ。やはり電話をかけている相手はあの男で間違いない。
「そうか! いつもすまないねぇ。うん、それじゃ17時から宜しく頼むね」
どうやら彼はマスターの頼みを承諾したようだ。
まぁ、お金を稼ぐのが趣味のあの男なら二つ返事だったのだろう。
問題はここからだ。元々あるシフトなら、ある一定のレベルに達したストーカー予備軍達にウチのシフトパターンを読まれているのではと考えていた。(一定レベルに達したストーカーとかいるのか知らんけど)
だけど、今回のようなイレギュラーな勤務の日でさえ、あの男が店に立つ日は鬱陶しい程の女の客がわんさかと現れるのは、余りにも不自然だったのだ。
しかも明後日のシフトは私も入る事になっているから、忙しくなるのが確定してしまう。
だからこそ、今日こそ絶対に秘密を暴いてやろうと密かに練っていた策を行使する時がきたのだ。
「マスター。さっきの補充スタッフ頼んだ人って、雅君ですよね?」
「え? あ、あぁ。彼にはいつも迷惑をかけてしまって申し訳ないと思ってるんだけど、いつも嫌がらずに引き受けてくれるから助かってるよ」
「他にもシフトに入りたがってる人もいるでしょ。例えば根本君とか」
「そ、そうなんだけどねぇ。ほら! 彼は一番新しい子だから、無理させて辞められると、ウチとしても困るからね」
「一番新しいバイトって根本君じゃなくて、雅君のはずですよ? あの子に辞められるのが一番厳しいんじゃないですか?」
どういうわけか掴めていないけど、雅君のシフト時間に客がクソ入るから売り上げが跳ね上がっているはずだ。
しかも、混雑時は入店時間の制限なんてしているものだから、客の回転も早くて、働いている側からすれば死ぬ程忙しくなるのだ。
マスターの言い分だと、そんなドル箱の雅君を酷使するのは変だと思うのは当然の事だと思う。だけどそこはいいんだ……問題なのは――何故、雅君が入っている時間にだけ客が殺到するかだ。
雅君目当ての客ってのは分かる。あの見た目だし、接客も仕事モードに入っている彼の対応は完璧だからね。
これはチャンスだ。絶対にこの後マスターは何らかの行動を起こすはずだから、うまく立ち回ればこの謎が解けるかもしれない。
「あ、マスター。ブレンドの豆が少なくなってるんで、倉庫の在庫確認してきますね」
「あぁ、頼むよ」
カウンター奥のドアを開き、ドアが閉まる音を鳴らす。
その音を聞いたマスターが再びスマホを手に取り、慣れた手つきで素早くフリック動作を繰り返し始めた。
「……なになに? 27日の午後17時から閉店まで王子様が出現。貴方のご来店を待ちしていますぅ!?」
「!! なっ! 人見君!? 倉庫に行ったんじゃ!?」
もうお分かりだろう。そう!私は店から出て行くフリをしただけで、本当は店内に残ってマスターのスマホを背中越しから盗み見してやったのだ。
「なるほどねぇ。マスターの年齢が年齢だから、SNSは予測出来なかったなぁ」
「い、いや! こ、これはだね!」
「どうりで雅君がいる時だけ、女の客がわんさかと来るわけだ」
慌てて弁解しようとしているマスター。その様子から悪い事をしている自覚はあるようだ。
まぁ、自覚がなければコソコソと隠れてやってないか。
「初めは面白半分だったんだ。だけど面白いように客が来て売り上げが跳ね上がっていく度に、癖になってしまっていて……」
「まぁ、経営者の立場からすれば売り上げを伸ばそうとするのは当然だとは思いますけど……」
「そ、そうなんだ! だから、これは所謂企業戦略というものでだね!」
何が企業戦略だか……こんな個人経営の喫茶店で企業とかウケるわ。
「ですが! その激務時間に働かされている私達の身にもなって貰えませんかねぇ」
そう、私が言いたいのはまさにそこなのだ!
通常シフトと雅シフト(私が命名した)の仕事内容が違い過ぎるのに、時給が同じという事が納得いかない。
「それは時給の問題って事なのかな?」
「さぁ、どうでしょう」
「それなら、僕の条件を飲んでくれれば、人見クンの時給を検討すると言ったら?」
マスターの条件というのは推測がついている。
だけど、私の条件は時給upなんかじゃないんだよ。
「条件というのは、このSNSの件を黙認して他言しないって事ですよね?」
「あ、あぁ、そうだ。その条件を飲んでくれたら、雅君と同じシフトの場合に限りだけど、時給を倍にする事を約束するよ」
だよね。まぁそう言うだろうと思ってましたよ。
「その条件は承諾しかねますね。私の要求はお金じゃないので」
「えっ? じゃあ、何を望んでるんだい?」
「私の要求は今後一切、SNSで情報を漏洩させないって約束してもらう事です」
「えぇ!? そんな事しても君に何の利益もないじゃないか!」
「私は個人的な利益の為に、こんな小芝居までしてマスターのやっている事を探ったわけじゃありません」
「じ、じゃあ……一体」
「真面目にここの仕事に取り組んで、ここが流行っているのはマスターの珈琲が美味しいからだって信じてる雅君の純粋な気持ちを守る為ですよ! あんな真っ直ぐな奴を食い物にするなって事です!!」
これが言いたかったんだ。そりゃ、時給が倍になるのも捨てがたいってのが本音だけど、やっぱり可愛い後輩を守るいい先輩ってポジションが気に入ってるのだ!
「その条件を飲まないと、どうせ君が雅君にこの事をバラすんだよね?」
「そうなりますね」
「……分かったよ。今後こんな事をはしないって約束するから」
「分かってます。約束してくれるなら、この事は口外したりしませんよ」
マスターはこの先の事を見越したんだろう。
完全に雅君を失うのか、客寄せは出来なくなるけど、それはそれでレア感がでてファンの子達が雅君に会いたい一心で通い詰める可能性を取るか。
まぁ、その場合考えるまでもなく後者一択だとは思うけどね。
新しく家庭教師のバイトを初めて、本人は楽しくやってるって言ってたけど、やっぱり結果を出さないといけない仕事だと思うし。時々目の下にクマが出来てる時とかあって、そんな日は遅くまでテスト問題を作ってたとか言ってたから、相当疲れる仕事みたいだし、せめてこっちのバイトの疲労を軽くしてあげないとね!
それにサボらせてるわけじゃなくて、これからの仕事内容が普通で、これまでの仕事内容が異常だったんだから、問題ないでしょう!
あっ! 因みにだけど、私は雅君の彼女ポジションを狙ってるわけじゃないからね? 私的にはやっぱり彼氏は年上がいいし、雅君にとって気を許せるお姉さんポジションってのが理想なんだよね。
次にバイトがある日の、雅君のリアクションが楽しみだなぁ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます