episode・20 センセッ! 

「――何言ってんの?」


 俺の嫌味たっぷりの台詞に、ソファーから動こうとしなかった西宮がついさっきまで見せていたニヤついた笑みを消して、ゆっくりと立ち上がる。


「だってわざわざ家庭教師まで雇ってるのに、受講生の君から勉強意欲が全く感じられなかったからさ。てっきりこれはポーズだけで、本音は高校卒業してからもフラフラと親の拗ねかじって生きていくつもりなんだと思ってね」

「アンタなんかに……何が分かるってんだよ!」

「はっはっ! わっかるわけねえじゃん。そんな甘ったれのお嬢様の気持ちなんてよ」


 西宮の顔から完全に余裕がなくなり、顔を真っ赤にして眉間に皺を寄せながら、言葉を探しているように見えた。


「直ぐに言い返せないとこみると、図星だったか?」

「そんなわけねえだろ! 卒業したらこんな家、秒で出て行ってやるよ!」

「は? 高卒で1人暮らしをするって事か? そんな金どこから……あぁ、そっか! 親の仕送りでダラダラ生きていくのかぁ。そっか、そっか!」


 次の瞬間、ガシャン!と床に何かを叩きつけた音が部屋に響き渡る。


 叩きつけられた物に視線を向けると、西宮の足元に手に持っていたスマホの無残な残骸が転がっていた。


「おいおい。折角パパに買って貰った最新機種を……勿体ない事するなよ」


 そう言いつつも、ここまで木っ端微塵になった状態なら、あの時入ってしまった液晶画面の罅なんて痕跡すら残っていないだろうと、内心ホッとしたのは秘密だ。


「……いい加減にしろよ」

「ははっ、図星を突かれたからって、逆ギレなんてウケるんだけど」


 ワザと口調を真似て話すと、西宮の顔が更に茹で上がりギリっと歯を食いしばる音が聞こえてくる――ホント扱いやすくて助かるわ。


「そんなわけないじゃん! ちゃんと自分の力で生きていくに決まってるっしょ!」

「どうやって? この成績じゃ進学したってたかが知れてると思うけど? こんな贅沢な暮らしが当たり前になってしまっているお前に、6畳くらいのワンルーム生活なんて出来るとは思えないけどなぁ」

「だ、だったら……志望大学に進学して」

「おいおい。事務所から貰った資料にはK大進学希望と書いてあったけど、こんな偏差値で合格出来ると思ってるのか?」

「そ、それは……」

「K大をナメられると、K大生の俺としては気分のいいものじゃないんだけどな」


 西宮が口を閉閉ざして言葉を発する事を止めた事で、ようやく話をまともに聞く気になったように見えた。

 俺はこの機を逃すまいと西宮の視線を誘導する為に、高そうな机をコンコンとノックするように叩く。


「でもな――俺もお前くらいの時は、これくらいの偏差値だったんだよ」

「はっ! 嘘つくならもうちょっとマシな嘘つけし!」

「嘘なんてついたって、俺に何の得があるんだ? 言っとくが金にならない事に気を使ってやる程――俺は暇じゃない」


 揶揄い口調から少し声のトーンを下げてそう話すと、これまでと様子が変わったのを感じたのか、西宮の反抗的な目が少し泳ぎだす。


「ア、アーシだって、自分なりに頑張ったんだ……でも、テストを受ければ受ける程……偏差値が下がっていくからさぁ……」


 西宮は本当に悔しそうな表情で、俺を睨みつけている。

 そんな彼女の顔を見て、俺はホッとした。


 西宮はK大に何か思い入れがあるのだろうが、それが何なのかを知る必要はない。

 俺の仕事は西宮のカウンセリングではなく、志望校に合格させる事なんだからな。


「さっき言った俺の偏差値は本当だ。特に英語が酷くて、よくこの成績で第一志望の欄にK大って書けたよなって言われたよ」

「そ、それって教師としてどうなんよ! 訴えれるレベルじゃん!」

「まぁ、そうかもな。俺もあの時は同じ様な事考えたよ。でも志望大学に受かった時、受験に限って言えばだけど――手遅れって言葉はないんだなって思ったよ」


 手遅れって言葉はない。


 あの人が俺に言ってくれた言葉だ。


 少しずつこちらに歩み寄ってくる西宮の目には、苛立ちや憤怒の感情はもう見えない。


「受かったんだ……その偏差値で」

「あぁ、受かった。しかも現役でな」


 西宮の喉がゴクっと唸るような音が聞こえた。


「や、やっぱりあれ? 英語を克服したのって猛勉強したん?」

「一番問題だった英語を克服出来たのは、恩師のおかげなんだ」

「恩師? ガッコのセンセって事?」


 西宮がそう問うと、俺はあの人の事を鮮明に思い出そうと、思考を巡らせた。


「いや、高校の時通っていたゼミで夏期勉強合宿ってのがあってさ。その合宿だけ参加してた臨時講師だった人だ」

「凄いじゃん! その臨時講師!」

「だろ? 一番苦手だった教科が克服出来たら、相乗効果って言うのかな。他の事も上手く回りだしてさ……気が付けばってやつだったよ」


 西宮は目を丸くしてポカンとしているようだったが、その目の奥にキラキラと光るものが見えた。そこで座り心地の良さそうな椅子をクルリと回して、西宮を招く様に椅子を彼女の前で止める。そして止めを刺すかのようにニヤリと笑みを浮かべて、最後の口説き文句を放つのだ。


「そんな経験をした俺の講義――興味ないか?」


 そう告げると、西宮はまるで椅子に吸い込まれるように、さっきまで抵抗していたのが嘘のようにストンと腰を下ろした。


「べ、別に安い挑発に乗せられたわけじゃないし!」

「分かった、分かった。とりあえずテキスト貸してもらえないか?」

「ん」


 西宮からぶっきら棒に手渡されたテキストに目を通していると、ノックの後ドアが開かて西宮の母親が入って来たのは分かっていたんだけど、突然食器がカチャンと当たる音が聴こえたかと思うと、西宮が慌てた様子で声を上げた。


「ちょ! なにやってんだし! ママ!」


 娘が机に向かっているのがそんなに衝撃的だったのか、カップはトレーの上で倒れただけだったが、淹れてくれた紅茶は床に滝の様に零れ落ちていた。  ――いや、漫画かよ。


 ◇◆


 腕時計のアラームが鳴るの聞いて、俺はテキストの解説を止めた。


「それじゃ、今日はここまでにしようか」

「え? もうそんな時間?」


 西宮も部屋の時計を見て驚いているようだ。

 ここへ来て机に向かわせる為に時間を費やした分を取り戻す為その後はぶっ通しで勉強を教えていたのだが、結局一度も休憩だとか泣き言を言う事なく契約時間を迎えたのだ。


 彼女は今日教えたテキストとノートを見比べて目を輝かせている。その様子だけで手応えがあったのだと分かる程に。

 思えばここへ来た時の目と、今の目は確実に変わってきている。

 ただ、俺としては特段驚く事ではなかった。

 何故なら恩師である臨時講師に指摘されたハマりやすいポイントと同じ個所で詰まっていた事を、模試の解答を見て把握していたからだ。


「それじゃ、次に来る時までに、この単元を完全に自分の物に出来るように、復習忘れないようにな」


 そう言って机に広げていた私物を鞄に仕舞っていると、西宮がボソッと口を開く。


「あ、あのさ……アーシってK大に合格出来ると思う?」


 そう問いかける西宮の顔は酷く自信無さげで、視線をこちらに向けられずに俯いていて、机に向かう前の強気な彼女とは別人のようだった。


「俺はその為に、ここへ来たんだよ」


 ポンと小さい肩に手を添えて西宮にそう答えてこっちに向けた視線に力強く頷いてみせれば、手を添えていた肩からスッと力が抜けたのが分かった。


「それじゃあ、次回は火曜日だな。これからよろしく……でいいんだよな?」


 これまでチェンジを繰り返してきた西宮にこれからもここへ来てもいいのか確認をとってみると「ん」と一言にもなっていない返事が返ってきた。

 まぁ、クビではない事は伝わったのだから良しとして、俺は西宮の部屋を出て1階のリビングに帰宅していた父親と母親に挨拶を済ませて、玄関まで見送りに来た両親に会釈して西宮家を後にした。


 玄関のドアを閉めて、立派な門を潜り両手を頭の上で組んで思いっきり体を伸ばしてやれば、体のあちこちからボキボキと音がする。

 問題児との仕事とあって、必要以上に神経をすり減らしたのか、そこで初めてかなりの疲労感がある事に気付いて「ふう」と軽く息を吐いて駅へ向かおうと止めた足を前に出す。


「ねぇ!」


 そんな時、頭の上から俺を呼び止める声が降ってきてまた足を止めて見上げると、立派な家の2階にある部屋の窓から西宮が顔を出して俺を見下ろしていた。

 外の暗さと部屋から漏れる照明の光で、金髪の髪がより一層輝いて見えたが、逆光になり表情はよく見えない。


「アーシ頑張ってみる! だから……これからよろしく――センセッ!」


 西宮は一方的にそう言って、俺の反応を待たずに部屋の中に姿を消してカーテンを閉めてしまった。

 俺は呆気にとられてしまったが、西宮がどんな表情であんな事を言ったのか想像すると、思わず吹き出した。


 (――センセ……か)


 俺はカーテンを閉めてしまった部屋を見上げたままセンセと呼ばれる事にむず痒さを感じて、首の裏をポリポリと掻きながら帰路に就いた。


 駅前に着いて親父にメッセージを送ろうとスマホを取り出すと、1件のメッセージが届いている通知が表示されていた。

 開いて内容を確認すると差出人は石嶺からで、今度の映画の件で待ち合わせ時間はどうするのかという内容だった。

 今日の初仕事の事ばかり考えていて、後で連絡すると言っていた事をすっかり忘れてしまっていて、慌てて石嶺の番号をタップしてスマホを耳に当てるのだった。


 結果は勿論、滅茶苦茶怒られた。



――――――――――――――――――


      あとがき


 ここまで読んで下さった皆様ありがとうございます。


 当作品の連載を始めてから毎日更新を頑張ってきて、もう一章の20話まできました。

 ここまで読んでみてどうでしたでしょうか。

 因みに一章完結まで残り5話となります。


 さて、先日カクヨムコン8の告知が運営様から届きました。

 僕はカクヨムに小説を投稿して3年目になるのですが、過去のカクヨムコン6、カクヨムコン7とも『29』だけをエントリーして黙々と書いているだけでした。

 なので3年目となる今年はFaceをエントリーさせるつもりなのですが、ちょっと迷ってる事があります。

 それはもう一本違う作品を期限までに書くか、Face一本でいくか、です。

 正直、現状当作品は楽しんで貰えている事が分かる数字を示していますし、不満もありません。(29の時と比べて雲泥の差ですからw)

 ただ3年目の挑戦、これだけでいいのかとも思うんです。


 そこで、まず1つ先に約束させて下さい。

 Faceは2章最終話まではどんなに数字が落ち込んでしまったとしても、必ず更新すると約束します。

 ただ、それまでの数字や読んで下さった皆さんの反応を見て3章以降を書いてFace1本でいくか、Faceの執筆を止めて別の作品を書いて2本体制で臨むかを決めさせて欲しいのです。

 ~縁~と違って決してモチベーションが落ちたわけではないので、本当に迷ってます……。


 是非、皆さんのご協力お願いします<m(__)m>



余談ですが、まさにこのあとがきをパソコンで書いている真っ最中にスマホに通知が届いたんです。

開いてみたら……Faceに嬉しい2件目のレビューが!

なんというタイミング! マジでこのタイミングでビックリしましたw

皆さんの反応を待たずにやっぱりFace一本でいくか!って決めちゃいそうになりましたよw


素敵なレビューと高評価の☆3を付けて下さった弥 眞木さん。

本当にありがとうございました。



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