episode・17 美琴の悩み
行きたくなかったコンパから暫く経ったある日の午後。
一緒にご飯を食べるような友達もいない私は、中庭にある一番隅っこに設置されているベンチに座って1人お弁当を食べている。
何時もの場所、誰もいないいつものベンチ。
まるで華やかな大学の雰囲気を、この場所だけ切り取って隔離されているような場所。
それが私、
(――月城さん)
あのコンパからずっとあの人の事を考えている。
ドキドキの連続だったあの日。
私の為に頑張ってくれたクレーンゲームをしている時の顔。
暗い私を見る周りの目を一切気にしないで、色んな話をしてくれた時の顔。
こんな私を可愛いって言ってくれた時の顔。
そしてとても格好良くて綺麗な顔立ちをしているのに、自分の顔が大嫌いだと言った時の彼の顔。
あの時間に見た彼の色々な顔が、ずっと頭から離れない。
コンパ明けの月曜日は、朝から大変だった。
私にコンパを押し付けたちょっと知り合いだった浅井さんと、あのコンパで女性陣を纏めていた名前もよく知らない女の子が、私の元に凄い顔して突撃してきたんだよね。
「ちょっとアンタ! あれから月城君とどうなったわけ!?」
「三島ぁ! アンタと一緒に帰ったっていう男って、本当にそんなにイケメンだったの!?」
「え? あ、えっと……」
もう学内でも肉食系で通っている彼女達の目が凄く怖くて、圧倒されたっけ。
「まさか喰ってないよね!?」
「えぇ!? あ、あんたってば大人しそうな顔してマジで!?」
喰う?喰うってなんだろ。月城さんといる時は、何も食べてないよね。
「お店で沢山食べたから、皆と別れてからは何も食べてない、ですよ?」
私が素直にそう答えると、2人は鯉のように口をパクパクさせている。
あれ?違ったのかな?
「そうじゃなくて! てか本気で言ってんの!? 喰うって男を喰ったのかって事! ラブホに連れ込んでないかって訊いてんの!!」
「ちょ! アンタ声が大きいってば!」
喰う? 男を喰う? どゆこと? それから……ラブホ? ラブホ……ラブホ……テル?
2人が何を騒いでいるのか、ようやく理解出来た私の顔がみるみる茹で上がっていく。
「男を喰うってそういう……って! ラ、ラブホテ……なんて、め! 滅相もない……わ、私なんて……」
自分でも何言ってんのか分からない程、テンパってしまった。ちゃんと否定しないと月城さんに迷惑をかけてしまうかもしれないのに……。
「ふんっ、流石にそれはないか」
「まぁねぇ。だって三島だもんねぇ」
よ、よかった。何とか伝わったみたいだ。
「それじゃ、出して」
名前も知らない女の子がスマホを突き出して、私に何かを出せと言ってくる。
「出せって何? 番号を交換すればいいんですか?」
「はぁ!? 誰がアンタの番号なんて欲しがるかよ! 月城君の携帯番号に決まってんでしょうが!」
あ、あぁ。何だ月城さんの番号を教えろって事か。でも番号なんて教えて貰ってないしな……。
「つ、月城さんの番号なんて、わ、私も知りません」
「嘘つけ! 次に会うアポとるのに番号GETしたはずだよね!」
――うぅ、この人怖いよ。
そりゃね、番号の交換をお願いしたかったよ?でも急いで家を出てきたからスマホを部屋に忘れてきたって言ってたし、私の番号だけ教えても、きっとかけてくれるわけがないだろうからって、結局何も言えなかったんだよね。
――でも、その事とは関係なく。
「本当に知りません。でも、もし知ってたとしても、他人の番号を本人の承諾なしに教えたり出来ません」
「は? 何言ってんの? 陰キャは陰キャらしく大人しく従っとけばいいんだよ!」
負けない。負けたくない。
この事だけは絶対に負けたくないって思った。
例え番号を知っていて月城さんが許可したとしても、この人にだけは教えたくない。
「まぁまぁ! よくよく考えてみたら、この子にそんな度胸あるわけないっしょ!」
私を身代わりにした浅井さんがそう話すと、名も知らない子は舌打ちして私を睨みつけてくる。
「使えない陰キャだよ。ったく!」
そう言い捨てて、2人は私の前から立ち去って行った。
勝った!勝ってしまった!
やれば出来るじゃん、私。自分で自分を褒めてやりたい。
できれば月城さんに頭を撫でて、褒めて欲しい……って何考えてんの私は!
月城さん……もう1度、もう1度だけでいいから会いたい。でも月城さんの事を私は全然知らない。
知っているのは同い年でK大生って事だけで学部すら知らない……。住んでいる場所は勿論、携帯番号さえも知らない。
それならK大の前で張り込んでみる?――いや、ストーカーみたいで引かれるかな……うん、絶対に引かれるな。
どうしたら会えるんだろうとぼんやり空を見上げていると、私が座っているベンチの真ん中に生えている木の向かい側に、誰かが座ったようだ。
こっそりと木の影に身を隠しながら覗いてみると、そこには活発そうな雰囲気の可愛い女の子が座っていた。
女の子はビニール袋からサンドイッチと飲み物を取り出すと、手を合わせて食べ始めた。
「あれ? 石嶺じゃん! 1人で食べてるとか珍しいじゃんか。しかもこんな隅っこのベンチでさ」
すると、少し離れた場所から男の人が女の子の元に駆け寄ってきた。
石嶺さんっていうのか。
「ちょっとねぇ」
「なになに? 男と待ち合わせとか?」
「は? バッカじゃん」
うわ~!リア充トークだ。
なんか凄いなぁ……何が凄いのか分からないけど。
「ははっ。つかさぁ! 今度の土曜日に飲み会あんだけど石嶺も来ねぇ?」
「パ~ス! アタシお酒に弱いみたいなんだよね」
「いいじゃん! 大丈夫だって! 酔ったら俺が介抱してやるし」
「顔がエロいんだっての! あっちいけって!」
石嶺さんはそう言って手をひらひらさせて、男の子を追い払ってしまった。
え?なにこれ、カッコいい!
同じリア充でも、コンパに来た人達のギラギラした感じは苦手だけど、この石嶺さんって人のリア充感はカッコいいと思う。
素直に憧れる。もし私が石嶺さんみたいな感じだったら、月城さんも少しは興味もってくれるだろうか。
私はそんな事を考えながら、向かい側に座っている石嶺さんを羨望の眼差しで見つめていると、サンドイッチを食べ終えた石嶺さんは手をパンパンとパンくずを払った。
ただそれだけの事なのに、もう石嶺さんをまるで崇拝している神のように見ていた私の目には、そんな事でもカッコよく映ってしまう。
石嶺さんは飲み物を飲みながら、デニムパンツのお尻にあるポケットからスマホを取り出す。
あぁ、鞄じゃなくて、デニムパンツにスマホを突っ込んでいるなんて、カッコいい!凄くお洒落感があるのに、カッコいい……もう勝手に師匠と呼ばせて頂きます!
スマホを取り出した石嶺さんは、画面を数回タップしてから耳に当てた。
って!え?電話するの?
ヤ、ヤバい!これじゃまるで盗み聞きしてるように思われちゃうかも!
は、早くこの場から離れないと。
私は食べかけのお弁当を諦めて、なるべく音を殺しながらお弁当箱を巾着袋に入れようとした時、石嶺さんの口から思わぬ単語が聞こえてしまって、私の動きがビタリと完全に止まった。
「あ、月城? アタシ! 今大丈夫?」
――え?月城? 今この人、月城って言った?
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