episode・6 コンパという名の戦場 

「それでは! 皆の出会いにかんぱ~い!!」


 幹事の瑛太が乾杯の音頭を取り、参加者はそれぞれのグラスを突き合わせて遅れたコンパが始まった。(遅れたのは俺のせいなんだけど)

 ビールで喉を潤した瑛太が席を立つ。


「えっと、今回の幹事をやっている大山です! よろしく!」


 まずはお互いを知る事からと瑛太が先頭を切り、続いて各々の自己紹介が始まった。

 だけど、何故か女性陣は自己紹介をしている男性陣にではなく、1番端に座って順番待ちをしている俺をジッと見ている気がする。気がするだけでよく見えんから知らんけど。

 ひょっとしたら遅刻した事をまだ怒っているんだろうか……。


 そんな不安を他所にコンパが進行していく。俺は自分が在籍している大学名と名前だけ名乗った簡単な自己紹介をすると、ついさっきまであった刺々しい空気はなく、参加している女性陣から温かい拍手がもらえた。

 そんな拍手で俺が遅刻したせいでコンパがぶち壊れなくて本当に良かったと安堵して、手に持っていたジョッキを口に運ぶ。

 仕切り直せた瑛太達は、ロケットスタートを狙って参加している女性陣に果敢に挑んでいるようだった。

 だが、俺にカチューシャを貸してくれた子だけは、何故かその標的から外れているようで、殆ど会話に参加してるようには見えなかった。


 見えなかったというのは、あくまで俺の臆測だ。

 というのも、今の俺はコンタクト無しで眼鏡も外している為、全ての物がぼやけて見えているからだ。

 目の前に誰かがいる事は認識出来る。その人物の顔がどこの方向を見ているのかも何となくだが分かる。

 だがそこまでだ。相手がどんな顔をしているのだとか、色は分かるけどどんなデザインの服を着ているかなどは把握し辛いのだ。

 それが逆にさっき帰ろうとしていた女性陣に対して変に緊張する事なく、自分の台詞とは思えない事を言えた原因だったりするのかもしれない。


 その甲斐あってか、先頭にいた女性から「そこまで言うなら、戻ってあげるわよ」と元に席に戻ってくれたおかげで、バイトの紹介話も首の皮一枚残す事が出来たと言えるだろう。


 ◇◆


「でね! ――って事だったんだよ」

「へぇ、そうなんだぁ」


 客観的に見て、俺とこの子は盛り上がってるように見えるだろうか。

 もしかしたら、盛り上がっている様に見えるかもしれない。

 だが、俺には分かっているんだ。

 どんな話題をこの子に振っても、当たり障りない相槌が返ってくるだけで、彼女の意識はずっと今俺が座っている席から真逆にある一番目立たない、端っこに座っている雅に釘付けになっている事を。


 いや、彼女だけではない。

 他の女性陣も挙って雅を目で追っているのが分かる。

 他の男共も段々と笑顔が引きつってきている中、張本人の雅はそんな事を気にする素振りも見せずに、相変わらず隅っこで静かに酒を呑んでいる。


 何か打開策はないかと思考を巡らせていると「あ、ちょっとごめんね」と俺の正面に座っている女子がテーブルに置いてあったスマホを手に取り、何やら打ち込み始めた。

 その事自体は、大した問題ではない。

 問題なのは彼女が送信を終えた直後の、並んで座っている他の女子達のスマホの反応だ。

 メッセージを送信してスマホをテーブルに置いた直後、他の女子達も同様にテーブルに置いていたスマホの液晶に明かりが灯ったのだ。


 この状況を冷静に推理した俺は、こう答えを導き出す。


 ――こいつら、このコンパ専用のトークルームを作ってやがるな、と。


 更にコンパ慣れしている俺は、この女達が伝達している内容も推測出来ていた。

 恐らく、雅の正面の席をローテーションで回す提案を、この女が他の女達にしたはずだ。

 そしてスマホの画面を見た女共が小さく頷いたところを察するに、その提案は満場一致で可決されたのだろう。


 ならば!俺が出す手段は1つしかない!


「じゃあ、雅が遅刻したせいで、ここの時間が減っちゃったから、少し早いけど席替えしようよ!」


 先手必勝だと、ここにいる参加メンバー全員に席替えを提案すると、野郎共は俺に強く頷きながら羨望の眼差しを向けてくる。

 一方、女性陣は行動を起こす前に肩透かしを食らった感が否めずに、反対はしなかったが笑顔が引きつっていた。


 更に俺の秘策はこれだけでは終わらないんだなぁ!


「それでさ! 女の子から指名するのは気が引けるだろうから、ここは男から指名させてよ」


 この追加提案で、女性陣の秒で立てた雅一択指名作戦が吹き飛んだはずだ。

 しかし、全員が雅を指名した場合、どのみち何らかの方法で決着しないといけない問題があったからだろう。リーダー格の女子がその提案を了承する。


 よし!これでとどめだ。


「それじゃあ、一番手は雅! お前から指名させてもらえよ」 

「え? お、俺!?」


 これが俺の奥の手だ。

 雅から選ばせる事で選択枠を最大限に与え、クジ運が悪かっただけだと雅狙いの女性陣の言い訳を、根底から崩す作戦なのだ。


 もうこうなると、全てを雅に託すしかなくなった女性陣の祈る様な視線が一点に集中する。


「えっと……俺は」


 困った顔で周りを見渡している雅に、女性陣の殺気だったオーラに突き刺さる。

 そんな雅の視線がオーラどころかこっちを見ずに俯いている女の子で止まった。カチューシャを貸した、雅の向かい側に座っている女子だ。


「そ、それじゃ……三島さん」

「え?」


 俯いていた三島と呼ばれるカチューシャを貸した女子が、雅と目を合わして驚いた顔をしている。


「えっと、一緒に飲んでくれませんか?」

「えっ? えっ? えっ?」


 三島って子はこの状況が呑み込めないようで、雅から視線を外して辺りをキョロキョロと見渡している。

 そんな三島さんに女性陣の突き刺さるような視線が集まって、再び俯いてしまった。

 可哀想になってくるな。


「あ、あの……俺じゃ駄目ですか?」


 雅が少し落ち込んだ声でそう言うと、他の女性陣の目がギラリと光る。


「ざ~んねん! 月城君! フラれちゃったねぇ。この子は諦めて次のご指名よろしく~」


 ニヤリと笑みを浮かべたリーダー格の女子が、雅に再指名を要求する。

 余裕を見せているようだけど、俺に言わせれば必死過ぎんだよ!


「そうだよ、月城君。この子は外見も性格も地味だから、きっと楽しくないって!」


 他の女子もリーダー格の女子に同調した。分かっていた事だが、スイッチが入った女集団ってのは、本当に恐ろしいと思う。


 ◇◆


 あぁ……だからコンパなんて来たくなかったんだよ。

 私には無理過ぎる世界なんだもん。

 いつも地味とか、何考えてるのか分からないとか、そんな事ばかり言われ続ける度に、自分は恥ずかしい人間なんだと知らされてきたから。

 だから顔を見られるのも恥ずかしくなって、前髪を伸ばして下を向いて歩く癖が付いたんだ。

 いつの間にか、言葉が素直に出てこなくなった事に気付いた時は、流石にヤバいって焦ったっけ。


 月城さんはきっと優しい人なんだろうな。

 綺麗な人がいっぱいいるのに、浮いてる私に気を使ってくれてさ……。

 でもそういう同情は、逆に辛いって事を知らないんだろうなぁ。

 ずっと陽の当たる場所にいた人に、私の気持ちなんて分かるわけない……か。


 とにかく、月城さんの指名は断ろう。

 同情なんかでいて貰っても、虚しいだけだもん。


「そうですか? 俺は三島さんみたいな人、いいと思いますけど」


 ――え?


「はぁ!? マジで言ってんの!?」


 うん……私もそう思う。

 思うけど……なんだろう――なんか悔しい。


「わ、私で本当にいいんですか?」


 あれ?私何言ってんの?断るつもりだったのに……。


「俺の方が頼んでるんだから、当たり前の事聞かないでよ」


 そう言って困った顔をしている月城さんを見て、私は決心した。


「私なんかで良かったら……宜しくお願いします」


 そう返事した瞬間、あからさまに月城さん狙いの女子達から怖い視線を感じたけど、私も負けずにじっと見返して無言の勝利宣言をしてやった。


 ◇◆


「さ、さぁ!雅の指名も成立したし、ドンドンいってみようか!」


 場を仕切り直そうと、瑛太が何時も以上に声を張って指名制の席替えを遂行して、何とかその場を収めるのに成功したようだ。


「あ。ああ、あの、さ、さっきから殆ど何も食べてないみたいですけど、ぐ、具合でも悪いんですか?」


 指名した相手とは隣合わせで飲み会を続行する事になっていて、俺が指名した三島さんが殆ど箸が進んでいない事に気付いてくれた。


「いや、食べたいのは山々なんですけど、テーブルの上に何があるのかあまり見えてなくて」

「そういえば眼鏡してましたもんね。どうして見えなくなるのに外してるんですか?」

「う~ん……このコンパの幹事やってる大山って奴に色々あって、眼鏡外してコンタクトにしろって言われてたんですけど、寝坊してしまって慌ててたからコンタクトを家に忘れてきちゃったんですよ」


 そう説明すると三島さんは首を傾げていたが、とにかく眼鏡の件はそれ以上訊いてくる事なく、それならと俺の皿に一通り盛り付けてくれた。


「あ、ありがとうございます」

「いえ、沢山食べて下さいね」


 早速箸を持ち、自分の皿に視線を落としたのだが、何が盛り付けられているのかよく見えない。


 ……この茶色の丸っこいやつは唐揚げ……だよな?この麺みたいなのはパスタで……合ってる?駄目だ!全然見えねぇ。


 俺がまるで迷い箸をしているように宙にゆらゆらと箸を泳がせていると、隣から小さく咳払いするのが聞こえたかと思うと、少し震えた三島さんの声がした。


「あ、あの、わ、私がた、食べさせてあげましょう……か?」

「――は?」 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る