5 / ⅸ - 黒に染まれ -

 点糸は横目で金属の感触がする方向を確認すると、そこには人の形をした闇の姿を見たが、それは逆であると認識を改める。


 気配を完全に遮断した漆黒の男性に銃を突き付けられているのだと認知した点糸は、ゆっくりと両手を挙げ投降のポーズを示した。


「すぐに牙を見せる犬とは、躾がなってないようだが」


「ごめんなさいね。でも、貴方達は彼の逆鱗に触れてしまったのよ」


 顔の向き、視線の先はあくまでこちらだと女性は点糸に話し、彼もまたそれに従う。


 その横で立つ黒い影は何も語らず、ただ淡々と点糸に死神の鎌を向けていた。


「相応の理由を挙げるとすれば、私達の【蜜】は転売が厳禁ということでしょうか。それ以上に絶対中立国『アンゲロス』が他国から武器を輸入したなど、あってはならないことなのではないか、とも思いますけど」


 もっとも───彼女はその言葉と共に建前を横へ投げ捨てる。


「彼の逆鱗に触れた。私の愛しき人の、決して許されざる罪を犯した。私としても理由なんてそれだけで十分なのですよ」


「ま、待てッ!」


 その言葉で漆黒から伸びる指が拳銃のトリガーから離れるのは、聞くだけの分別、もしくは余裕がある現れか。


 命乞いの言葉を大にして言う点糸の顔は冷静さからはかけ離れていた。


「私が居なくては、第一野党の三本の矢の一つが無くなってしまう。それでは政党の存続が、平和の理念が立ち行かなくなってしまう! 私の存命こそが『アンゲロス』の未来に繋がることを理解してもらいたい!!」


 一連の言葉を聞いた女性の返答は小さな溜息のみだった。


 法経の台頭で目を引く野党派の掲げる武力放棄と平和主義は、惚れ惚れする、誰もが幸せになれるような未来設計図だろう。


 しかしながら、言うまでもないが望み祈り願いだけで世界を変えることは出来ない。


 現状の否定、現行の政策への反対だけでは施策の停滞と執政の混乱を招くだけであり、例えどんなに絵に描いた餅を大きく膨らませたところで、虚妄ばかりが満たされるだけだ。


「私が思うに、ですけれど」


 彼女は言葉の裏で黒い影に視線を送り、


「執政者は民に夢を語ってみせるのではなく、民を未来へ導く存在なのではなくて?」


 そして───、


「現実に生きない政治家は、せめて理想の中で眠りなさい」




 ダン、と。




「永遠に、ね」


 そしてその言葉を最後に、最期に、点糸の意識は黒に塗り潰された。

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