4 / ⅺ - メルト -

「あんまり綺麗じゃなくてごめんね」


 JBの滑走路も兼ねている第七整備場の屋根は、その磁気浮上式電動機リニアモーターの軌道線状に合わせて可動式の開口部となっている。


 開かれている屋根からは小さな雪と冷気を室内へ運んでいた。


「ここが、小郷くんの居場所だったんだね」


 気にしないよと真紀奈は言いながら、彼の秘密基地をめつすがめつ眺めていた。


 ガラクタの山や塵と錆の中からは有土の努力の跡が見て取れ、そしてこの舞台の中心に鎮座する漆黒は、この世の何よりも美しく思えた。


「ねぇ、小郷くん」


 そう思うと、彼の背中がずっと大きなものに見えて。


 そう見ると、彼の存在がずっと遠くのものに思えて。


「小郷くん、学校生活は楽しかった?」


 今はまだ同じ学生であるという繋がりを再確認するように、気付けば彼にそう尋ねていた。


 有土はその問いに驚いた反応を見せたが、記憶を辿るように目を瞑りながら、言葉を綴る。


「あぁ……うん、そうだね。皆から───世良さんからも勿論、色とりどりの青春を貰えたことはとても感謝してるし、この先は離れ離れになっても、忘れたくないな」


「……そっか」


 かげりのない真っ直ぐなその言葉を、彼女は自身の胸に仕舞う。


 そして偽りのない言葉だからこそ、彼と共に過ごせる時間は残り僅かなのだと、改めて現実を見なければいけなかった。


「ね、ねぇ、小郷くん」


 だからこそ、言わなければ、聞かなければいけなかった。


 心許無くとも、一言一句をしっかりと綴る必要があった。




「小郷くんは、好きな人とか、いた?」




 その問いに対する彼からの言葉を聞く勇気が持てなくて、真紀奈は心のダムが溢れかえるのに任せて言葉を紡ぎ続けた。


「わ、わたしはねっ、わたしの初恋は、小学生の時だったんだ」


 鞄の中からハートの小包を探すように、彼から視線を逸らす。


 今ばかりは彼の瞳の奥に含む感情を知るのが恐くて、視線を合わせられなかった。


「わたしって編入したじゃない? だから、クラスの中心でみんなの人気者、そんなリーダーみたいな人にとって、わたしみたいな部外者は邪魔者なんじゃないかなって、不安だったの」


 そればかりか、その人は優しい言葉で迎えてくれた。


 その人は、本当の自分も否定せず受け入れてくれた。


「あの時にくれた優しさも、あの時からずっと変わらない優しさもあるから、今のわたしはわたしでいれるって思えるんだ」


 大丈夫。


 わたしなら、ちゃんと言えるよ。




「だから、わたしは小郷くんのことが───」




 ───刹那。


 その言葉の先は、しかし一筋の閃光が焼き尽くすこととなる。


 耳元まで真っ赤に染まった少女の顔が一変して青褪めていく理由を不思議に見るも遅く、彼の頭上、少年の視界の外、そして真紀奈の視線の先から一つの鉄塊が急接近する。


 それは第七整備場の屋根まで接近し───避けない。


「なに、あれ」


 失楽園、という言葉がある。


 “天使の楽園アルカディア”の在る場所は、一つの天使によって地獄の淵に堕とされた。


「───っっっ!!」


 鼓膜を突き破るほどの爆音が耳を裂く。


 天地を覆すほどの衝撃が足元を揺らす。


 崩壊と灼熱の牙が噛み付き、爆炎が一面を焦がす。


 怒号と地動が思考を揺らし、炎熱と塵埃じんあいが視界を潰す。


 航空機の墜落は爆発音と地響き、炎と煙によって地獄絵図を作った。


 墜落した天使の羽根は捥がれて崩落し、衝突により壊れた天井の鉄鋼や瓦礫がその場に居合わせた彼女らに襲い掛かる。


 このままでは直下に立つ目の前の少年が下敷きになってしまう。


「いやっ……いやぁぁああああ!!」


 それから彼女の行動は、最早本能に近しいものだったのだろう。


 真紀奈は目元を大粒の涙で滲ませながら彼の元へ駆け寄り、その身を突き飛ばして間一髪で有土を雪崩から回避させた。


「───逃げて! ゆうくん!!」


 そして体勢の崩れた有土はワンテンポ遅れて非常事態に気付くも遅く、真紀奈に手を伸ばそうにも届かず、彼女に爆破の熱を持った無機物が容赦無く突き刺さる様を見た。




「世良、さん?」




 鉄骨に穿たれた彼女の腕は、


 瓦礫に挟まれた彼女の脚は、。 

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