4 / ⅷ - Make Bitter Sweet, Make Better Day -

「お待たせしました」


 辛気臭い空気はこれでおしまいと合図を受けたように、二人の少女はウェイトレスの運んだスイーツがテーブルへ並ぶ様を嬉々として眺めていた。


 恋バナに頬を染める少女ように、ほのかに朱が染められた薄紅色のレアチーズの上には、大人の燃えるような恋をあでやかに彩る、ルージュの口紅のようにきらめくラズベリーピューレがつややかな層を織り成している。


 それは可憐より美麗、愛らしいより見目好いという言葉が似合うあかねの、垢抜けたクールさと年相応の繊細な乙女心をかたどっているようにも見えた。


「ささっ、写真撮ってSNSに上げたら食べましょ」


 スイーツ単品の写真、ドリンクと組み合わせた写真、それをあかねと真紀奈の二人それぞれの分と、忘れてはいけないのが二人の輝ける自撮り友情をアルバムに残すこと。


「うんっ」


 NLCディスプレイから撮影機能を起動して一通りの写真を撮り終えたところで、真紀奈は黒いジュエルにフォークを入れて口に運ぶ。


 普段のクリームやベリー系フルーツの甘さがたっぷり含まれたスイーツとは異なり、柑橘系の酸味やカカオマスの苦味と慣れない大人な刺激に少しばかり驚きはしたものの、これが有土の好みかと舌の中でよくよく記憶していた。


「どう? 何かヒントは掴めそう?」


 そんな彼女の様子を見ていたあかねは、真紀奈の一途さに脱帽するように苦笑しながら話し掛ける。


 返事もそこそこに口元に手を当て、カップケーキを注視する真紀奈の表情は真剣そのもので、あかねは仕方がないと肩をすくめる。


「ベースはビターチョコで、隠し味に白ワイン……ううん、ザクロのフルーツビネガーがいいかな。アクセントにナッツを加えるのは……うーん、オレンジの邪魔をしちゃうかな」


「あ、小郷くん」


「ふぇえ!? えっ、ほ、ほんと、どこどこ!?」


 不意打ちを喰らった真紀奈は周囲や窓の外を見るが、当然ながら彼がいる筈もなく、そこでようやく彼女は、対面で置いてきぼりにしていた親友の苦笑いに気付いた。


「ご、ごめんね」


 気にしないでとあかねは言う。


「まきなが小郷くんを好きになったのは小学生の時だったっけ? 十年来の一重な片思いだなんて、私にはとても想像出来ないや」


「わ、わたしは中学部に上がる直前に編入したから、そんなには経ってない……よ?」


 だとしてもよ、と真紀奈に含みのある眼差しを向けて、あかねは少し眉をひそめながら彼女に言葉を投げる。


「それでも五、六年の話なんでしょ? 大恋愛が長続きしてるなら大喝采ものだけど、ずっとこのままって訳にもいかなじゃない?」


「うぅ……」


「小郷くんの好みもわかったなら、忘れないうちに作っちゃいなさいな。今年は渡せなかったチョコを一緒に食べる役割が無いことを願ってるわ」


 その言葉に引っ張られるようにカフェを後にした真紀奈は、女子寮の個室であかねと別れる。


 室内にあるキッチンルームに製菓材料を並べながら、彼女はあかねとの話にもあった有土との思い出を紐解き、チョコレートと共に溶かし込んでいた。




『ボクは、こざとゆうと。よろしくね』


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