4 / ⅵ - 答え合わせ -

 そう、これは命の値段。


 『武装義躰エクスマキナ』を装備し戦場に赴く人が、平和に暮らしていたら長い生涯の中で稼ぐ筈だった金額。


 その報奨金を受け取るということは、その人生を有土が背負うことを意味する。


「その重さを、その責任感を決して忘れないで欲しい。が、前途ある若者が憂慮に押し潰されないで欲しい思いも本音だ。私は無論のことだが、添氏も勿論協力を惜しまないつもりだ」


 隣を見れば、清廉な振る舞いで有土のコーヒーカップの中身を新調する女性の姿が見える。


 彼は緊張で自分の喉が渇いていたことを、一息が吐けるようになったこのタイミングになって初めて自覚した。


 ありがとうございますとその好意を口にするも、予想を遥かに超えた規模の提案と想像にも及ばなかった内容に対する葛藤がドロリと脳内を渦巻き、するりと出ない自分の結論のように、コーヒーも上手く喉を通らずにザラついているように思えた。


「プロジェクトのローンチは被験者の協力の元での模擬戦の立会いをってとする。国防局の方には最高司令官として、私から伝えておこう」


 その言葉で有土が想起したのは、真紀奈を迎えた時に見えた隊員達の屈強な背中。


 その勇気を遺憾なく発揮出来るよう注力すること、雄姿に応えられるよう尽力することこそが己が使命だと判断する。


「私としては学部の方に問題がなければ、明日からでも第一整備場に通いに来て欲しい。が、あまり根も詰めすぎないように……そうだね、昼食の時間を学科諸君と合わせるなどして、上手に調整して欲しい。夜もあまり遅くなり過ぎないように」


「承知しました。お心遣いに感謝します」


 有土の返答、表情は忠犬のようなそれではなく、未だに疑心の色が抜けないものだったが、それも致し方なしと光皆は静かに頷く。


 ばかりか、盲目的に崇めない姿勢を評価しているほどだったが、対面の強張こわばった面持ちにそれは伝わる由もなかった。


「ここまでに何か不明点はあっただろうか」


 今まで挙げてきたNLCディスプレイを消しながら、これが最終確認だと光皆は有土に言葉のボールを投げる。


「さて、これで一通りは説明させてもらったが、どうだろう? こころよい返事は期待してもいいのだろうか」


 対する有土の返答は……無言だった。


「───……」


 が、どんなに理解が出来たところで、ならば納得も出来るのかと言われたらそれは違う。


 彼の理性は光皆の思考に追い付いても、感情は承諾の言葉に蓋をしていた。


「……沈黙は、了承と取らせてもらってもいいのかな?」


 何かは、言おうとした。


 これは、非人道的だと。


 これは、非道徳的だと。


 これは、非倫理的だと。


 しかし、光皆にはその思惑すらも見透かされていたようだった。


「たとえ君達がどんな思いをその胸に重ねていようとも、君なら、君達なら、きっとこの案に乗ってくれるだろうと私は思っているよ」


 ───嗚呼。


 つくづく、彼こそが悪魔を具現化した姿なのではないのかと思ってしまうほど、光皆の一言一句には毒々しい甘みをはらんでいる。


 いまかつて、どの技術者にも成し得なかった偉業。


 それに心惹かれないかと問われたら───それは果たして、思っていても口にして良い回答なのかは有土には判断が厳しい。


 結局、有土の返答は肯定を示す首のジェスチャーだけだった。


「よろしい、では始めよう。株式会社『アンゲロス』の誇る最大事業、これが───」


 再度、ここに述べよう。


 それに次ぐ言葉は、彼にとって今まで過ごしてきた日常の終わりを告げる言葉であり、


 それに次ぐ言葉は、彼にとってこの先を生きていく非日常の始まりを告げる言葉であり、




 その言葉こそが、全てを物語る言葉であった。




「『project - Angel Wing人類天使化計画』だ」

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