4 / ⅴ - デウス・エクス・マキナ -

 それはきっと正論なのだろう。


 それは正当なのかもしれない。


「ちょ、ちょっと待ってください! それはあまりにも……」


 しかしそれは───正義などではない。


 それを言葉にまとめるより早く、有土の口からは戸惑いの声が出ていた。


 まるで恐れているような怯えた声。


 しかし光皆はそれを気にせず、否、わかっているからこそ淡々と冷静に説明を続ける。


「高い機動力と強靭な武装は、なにもあの質量でなければ実現し得ないものではないと私は見込んでいる。機械の腕ならば神話の宝剣を持ち上げることも容易かろう。機械の脚ならば超音速で飛ぶ天使の翼に並ぶことが可能であろう」


 それが意味するは、義手に補強装置を携え、義足に加速装置を設けるということ。


 彼は中位三位に位置する有人機の新型機開発などではなく、人間そのものに機械を繋げた天使を欲していると、冗談でも戯言でもなく真剣な眼差しで言っていた。




「 “Seraphim Ex Machina機械仕掛けの熾天使”───そう、君達に作って欲しいものこそ、鋼鉄を追い求めた極致、《熾天使セラフィム》の名を冠する最上の一つ。その名を『武装義躰エクスマキナ』と呼ぼう」




 今までと変わらず楽しげに話すその笑顔の裏には、どす黒く得体のしれない物がうごめいているように思えてしまう。


「……そ、それはつ、まり、わ、私に、人を殺せと仰るものと、捉えてよろしいのでしょうか」


 まるで嗚咽を言語化したような有土の発言に、光皆は片方の眉をピクリと上げることでリアクションとする。


 そして、なんら不思議なことはないと言わんばかりに、夢見る学生に更なる現実を教示するのだった。


「いくら自衛とはいえ、我々が指揮を執っているのは戦争だ。故に、中位三位に位置する有人機の新型機開発をするにしろ、今回の『武装義躰エクスマキナ』を造り上げるにしろ、それを操縦している彼等の命は敵性武力に脅かさせているのには変わらない」


 それは一重に、少年には他者の命を預かるという覚悟が足りていなかっただけのことである。


 光皆は右手を口元に添え考えるような仕草を見せながら言葉を続けた。


「ここで君に質問だ。こういった状況下で、我々が彼等に出来ることとは、一体何だと思う?」


「……最先端の技術で、彼等の無事を少しでも確保すること、でしょうか」


「ははっ、君はなかなか良い答えを返してくれる」


 彼は嬉しそうに小さく笑みを浮かべる。


「私もそう思っているよ。それが正しい選択かどうかなんて誰にもわからないし、正誤を付けるのはいつだって歴史の中……つまり、もう過ぎ去った後の事なのだろうね」


 ですが、と有土は彼に問い詰める。


「生身の体を戦場にさらけ出すのは、あまりにも危険な行為かと思われます。それも故意に利用し営利の為に命を危険な目に晒させるなど、あまりにも一国の長がす行いとは思えません」


 彼の言葉に、光皆は少しばかり苦々しく笑いながら、


「なに、君のことだから不可視ECMステルスジャミングとは別に、空気抵抗や衝撃波、果てにはビームレーザーすら対策が出来得るような電磁バリアの開発も可能だと見込んいでるのだがね」


 この局面にも関わらず、否、この状況だからこそ有土の背丈に合わせて身を屈むように、煽り文句にも似せた言葉を口に出来る光皆の胆力は、彼には底なしに見え寒気すら感じた。


「それにね、いくら私と言えど無計画にこんな夢物語を執筆しようとは考えていないよ」


 そう言いながら彼は隣に立つ添氏に資料を提示するよう促す。


「作業場所には第一整備場を提供しよう。加えて動力源には『世界樹ユグドラシル』の使用許可を、そして『武装義躰エクスマキナ』の機体には『幻金オリハルコン』の準備がある」


「お、『幻金オリハルコン』ですか!?」


 『幻金オリハルコン』───旧世より超硬合金を代表していたタングステン・カーバイトを超越した強度を持ち、かつ、加工する段階においては金よりも富んだ展延性を持つ、合金を越えた超合金。


 なるほど確かに『機動装甲アルカディア』の躯体を極限まで縮小し、それでいて強度や精密さを損なわずに『武装義躰エクスマキナ』を開発するにはこれ以上ないほどの代物だろう。


 神代神話のものとは異なり、『幻金オリハルコン』を武具として使うよう企画は様々な国で上がっているが、神話と同じ点はその希少価値。


 『幻金オリハルコン』を作るに当たっては多額の費用を必要とする故、それを使った兵器を作る事は、あまり現実味を帯びていなかった。


「『世界樹ユグドラシル』を例に挙げても、模擬戦に使った《権天使アルヒャイ》N.V.11でも、予算の都合上プロトタイプにしか使えなかった逸品だ。砕けた言い方をするならば、君に託すものは金に糸目を付けない、贅の限りを尽くしたものとなるだろう」


 有土が更なる追い討ちに耐えられるか試すように、光皆はNLCディスプレイをもう一つ場に出して一つの数字を弾き出した。


「報酬はプロジェクトを成功に収めての成功報酬型となるが、額はこの程度を見積もっている」


 光皆が差し出した金額は、有土が今までに見たことがないような数字だった。


 いざ受け取るとなれば道定と半分に分けるだろうが、それでもその金額は、並みの高校生が持てる量を遥かに凌駕している。


 しかし同時に、有土はその数字が意味するものに気付いてしまった。


「……これが、一人分の、命の値段ですか」

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