4 / ⅱ - 3つのピース -



 流石に人様の前で無様な真似は見せられまいと、理性と葛藤している有土を窘めたのは担任の教師で、彼女は口元だけをにっこりと笑わせながら教材である電子タブレットの角を持ちながら有土に歩み寄る。


「確かに私も責任を取れとは言いましたが、まったく、29歳17ヶ月いまだ独り身の私の目の前で、随分とまぁ見せ付けてくれるじゃありませんか。そんなイチャつくバカップ───いえ、模範となるべき『優等生セレクター』が風紀を乱しているんですもの、個人的な恨……オホン、教師としての制裁はあってしかるべきでしょう?」


 ただならぬ空気を感じた真紀奈も教師の形相を見るとその表情も叱られる子犬のような怯えに変わる。


 そんな彼女の姿も小動物的な可愛さがある……などと思える場合ではなく、最も、そんな余裕もない。教師は電子タブレットを勢いよく振り翳すと、


「せ、先生?」


「天☆誅」


 ゴン、と鈍い音が教室に響く。


 脳天に強い衝撃を受けた有土は、もしかしたら模擬戦のどの時よりも強いダメージを負ったのではないか、なんて思いながら自分の頭を押さえてうずくまる。


「だ、大丈夫……?」


「世良さんの優しさは評価しますが、こんな女泣かせのことなんて気にしなくて大丈夫ですよ。えぇ、決して、模擬戦の機会を利用して他学科で密かに狙っていた男性教員と話すチャンスと思ったら彼が他の女狐に鼻を伸ばしていたとか、そんなことは断じてあり得ませんが、小郷君は模擬戦を行った責任として本日の教師役をお願いします」


 どうやら、真紀奈が最初に教育実習の練習として教師役を行った時を切っ掛けとして、毎回誰かしらが教師役に任命され授業を行っているらしい。


 真紀奈はともかく教師の話を聞くに、ただの八つ当たりなのではと思ったが、言うと火に油を注ぐことになるのは明らかだ。


「今回は……小郷君だし、世界史の全貌をサクッと説明してもらおうかしら」


「え、そんな、無茶振りもいいところじゃないですか!?」


 頑張れ優等生、という有無を言わさぬ教師の声に有土はガクリと項垂れる。


 嘆息の後に彼はNLCディスプレイを広げ、授業内容をメモしたテキストファイルを取り出す。


「世界各国は軍事条約、経済圏形成等により、百数十の国々は大きく三つに区分されます」


 一つ、聯盟れんめい───中央大陸西部の列国同盟による、神話の魔法を科学で実現せんとする国。


 一つ、連邦ソユーズ───中央大陸北部の二大巨国による、秩序と統制を律し主に全てを委ねる国。


 一つ、Unionユニオン───新大陸北南部を全て包括した、旧世の覇を再興せんと画策する超大国。


「その他の区域に位置する国……聯盟以南に位置する漠森大陸各国などは不戦条約を主張し、そのいずれにも属さない中立国となっております。とりわけ中央大陸南東部諸国は、中立国の最重要国である当社『アンゲロス』と友好的立場を築いております」


 そもそも、企業国家『アンゲロス』の創立、創国は蒼歴の根源と共に在る。


 日の出ずる国と称された極東海国が防衛戎具じゅうぐを開発していた際に化学汚染の大厄災を引き起こし、万物万人が住むことのあたわない死穢の壌土と化してしまった。


 その際、大災害から命からがら生き永らえた国民を受け入れたのが中央大陸南東部の諸国で、彼等や世界各国───それこそ今でいう聯盟や連邦ソユーズUnionユニオンの国民も含めて───の親和派の個々人や法人の協力を得て、人工島にして巨大な企業国家『アンゲロス』を創設したのだ。


 以来、一、十、百の時が流れるに連れてそれは一つの組織、一つの企業……やがては国とし独立出来るまでの人、法、地を確立することが出来た。


 しかしながら、アンゲロスによる協同の国史が、その世界史が他の国とも協調し、協議の末に結んだ協定の積み重ねの上で成り立ったものと編纂するのは、残念ながら夢想が過ぎる。


「天使の聖域と呼ばれている軍事大国、無数の強力な『天使の羽根』を保有する軍強列国……聯盟、連邦ソユーズUnionユニオン三聖翼セイクリッドが、強い発言権、高い影響力、言う所の世界の主導権を求め三つ巴の抗争を続けている形となります」


 地理的には不適切な表現となるが、デルタの中心に位置する国こそ企業国家『アンゲロス』であり、彼等の取れる手段、持てる選択肢は大きく三つに分けられる。

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