3 / ⅶ - 機兵、撃つ -

「これは……クッソ、マジかよ」


 想定以上の標的が表示されている表示装置グラフィック・デバイスを見た有土は動揺を隠せなかった。


 そう、そもそも航空機は律義に十機だけで向かうようにはプログラミングされていない。


 例えJBに360度のカメラがあろうが、有土の肉眼の視野には限界がある。


 彼は死角からのダメージを受けまいと必死に機体を旋回させて体勢を整えながら狙撃を続ける。


 しかし当然というべきか、戦闘訓練を本格化していない以上、その動きはどこかぎこちない。


 『機動装甲アルカディア』の戦闘マニュアルも確立していない状況下では致し方ないのだが、現状は雑な言い方をすれば圧倒的スペックでゴリ押ししているようなものである為、付け入る隙を与えないなんて楽観もすぐに限界が来てしまうのは想像に難くない。


『───有土っ!』


 通信越しの声が何を言いたいかなど、改めて聞くまでもない。


 有土は眼前に広がる光景に、マイクが拾わないくらいの小声で悪態を吐いてから、大きく息を吐き呼吸を整える。


 航空機の多数展開の同時利用による物量作戦、中でも弾幕フレアを使用しての物理的な目暗ましと、熱源のダミーを作成───まるでどこかで聞いたことのあるような光景が眼前に広がる。それが意味するは恐らく……、


(その弾幕を張った後に不可視ECM ステルスジャミングを展開し『機動装甲アルカディア』の死界、特に導線への防御が薄い関節部分へ潜り込む迎撃法───あぁ、そうだよな、あの人なら知ってるんだったな)


 有土は誰に零すことなく脳内で思考する。


 一点、光皆の想定を越えて《権天使アルヒャイ》が『機動装甲アルカディア』に対抗出来ているのは、一重ひとえに有能な側人が優秀な仕事を熟したからであろう。


 とは言えど、動体検知モーションセンサーを起動し相手の出方を予想出来ても、対策し対応出来るのかと問われれば、厳しいかもしれないと情けのない答えを返すのが現実問題である。


 熟練度……対戦教育の足りない有土に対し、計算結果の通り完全完璧に動作する無人迎撃機。そのブランク、その虚を衝かれるように、鋭いレーザー弾が遂にJBに被弾する。


「ッ───!!」


 JBの室内のランプが赤く染まり、警告を告げるアラームが短く響く。


 脅威ではあるが致命ではないと判断した後は小さく呼吸を整える。


 取り乱し自我を失わずに自分が出来る事、成すべき事を確認することが、次の行動へと繋げる上での鍵となる。


『へいへい有土さんよ、すっかり囲まれちゃってますが、打開策でもあるんですかい?』


「言わせたいだけだろ、クソッタレ……」


 こちらの弾道を計算されているのか、2セット目からは未だに一機も迎撃していない。


 どころか、彼の言葉通り画面を見渡せば子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥───前方から周囲一帯に、十二機。更に上空を同じように囲った体勢の十二機……計二十四機もの《権天使アルヒャイ》が、JBを中心として円を描いて配列されている。


 被弾した時こそ動揺したものの、遠隔からのバイタルチェックで身体や機体に問題のないことを確認している道定は、まるで待ってましたと言わんばかりにおどけた口調で茶々を入れる。


 面倒臭そうに道定との通信をぶった斬ると、有土から零れる息は先程の鎮静の意ではなく、諦念の意が含まれている。


 しかしそれは決して勝負を投げ捨てたものではなく……己が羞恥心との葛藤の末のものだった。


 そうして、彼は伝説の神剣を引き抜く御伽噺の英雄が如く、高らかに宣誓する。


「『Arcadia's Judgment 聖剣問答、開始』」


 JBを囲っていた下段の十二機の機体が、一斉に有土の元へと近付く。


 無論、前後左右に逃げられる訳も無く、彼の逃げ場は上空の一点にしかなくなる。




《問う───なんじ罪花さいかなるか》


「否、我は災禍に在らず。我は咲き溢れる花吹雪なり」

 それは、罪を散らす花でも、あるいは厄災を引き起こす禍難でもない。




 否応無くJBは上へと逃げていくのだが、待ち構えていた上段の十二機がそれを狙い撃つ。


 有土は投げ捨てるように二丁の銃を両手から放し、機体の質量を少しでも軽減してから内熱機関ジェットエンジンをブースとさせ、更に上空へと飛ぶ事によって被弾を二、三発だけで回避する事は出来たが、その下方には依然として二十四機分の「Enemy」の表示が見える。




《問う───汝は政隷せいれいなるか》


「否、我は聖隷に在らず。我は咲き乱れる雪月花なり」

 それは、政治にも、宗教にも、決して隷属せず何者にも縛られない。




 あの航空機にはホーミング機能でも付いているのだろうか───下段の十二機が動きを急転換させ、JBの座標へと一気に近付いて来る。


 高速で飛んでいる航空機が速度を緩めずに向きや角度を変更させることの出来る機動力の高さには、有土も感嘆せざるを得ない。


 さりとて、『アンゲロス』屈指の技術の前に大人しく屈するかと言われたらそれは否である。


 ミサイルの如く『機動装甲アルカディア』に向かって来る十二機との距離を確認しながら、有土は更に上空───灰色の雲の中へと、その身を隠す。




《問う───汝は栄謂えいゆうなるか》


「否、我は英雄に在らず。我は咲き零れる極彩色なり」

 それは、栄華のいわれとしても、武勇の威光としても動くことはない。




 戦争により止まる事なく増え続ける戦闘機───天使のきずあとが生み出した、鈍色の雲。


 その黒一色に一滴の雫を注ぎ込むように展開される機械音、擦れ合う金属音が響きその姿を見せ、最後にその機体全体にビームが作動することで、至上至高の秘宝、秘剣は、その全貌を現す。




全応答を承認。全回答を承諾イエス、マイロード




 それは、想像された明媚、創造された奇跡。


 美麗の極致、此処に花開かん。




「舞い咲き誇れ───『千紫万紅いぶさき』!!」

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