2 / ⅲ - チョコのように甘く、ほろ苦く -

「お待たせしました」


 目一杯悩んだ末に彼女が頼んだものは、ローズヒップやハイビスカスがブレンドされたハーブティーにシナモンアップルのタルトケーキだった。


 酸味の効いた爽やかな花由来の香りを、シナモンの優しい甘さが包み込むその組み合わせは、ミニブーケのような色とりどりの花々を集めた可憐さが感じられ、そのスイーツを見ながら目を輝かせている真紀奈の姿も相俟って一つの愛くるしい絵になるようだった。


「世良さんは将来、義肢職人になりたいんだっけ」


 有土が脳内で反芻させるのは、先の点糸の言葉。


 確かに整備士と一概に言っても扱うべきものは多岐に渡る。


 個々人の年齢、体格、用途に合わせてプロフェッショナルの手によって造られる義肢は、確かに点糸の言う「争いを生まぬ生産物」の一つなのだろう。


「うん、わたしは誰かの支えになりたいって思うんだ」


 彼女は言う。


 他人の心に寄り添える人になりたいと。


「わたしはやっぱり、誰かが傷付く姿を見るのは恐いし嫌だよ。でもだからって、点糸さんの言う戦争を終わらせるって言葉は、わたしにはピンと来なくて……」


 戦争が始まったのは、有土や真紀奈が生まれる前……もしかすると、点糸の生きる前にすら遡るかもしれない。


 今となっては何を求めていたのかすら霞み、最早誰もが自国以外を敵国と見做すようになった戦争。


 理想も理念も破壊され尽くしても、なお続く戦争。


 有土達がこうして過ごしている間にも、世界のどこかで、あるいは至る所で天使は空を飛び続け、争い、そして堕ちては弔う間もなく黒雲を作り続ける。


 それを間違いだと指摘する点糸の言葉は―――きっと正しいものなのだろう。


 しかし、だからと、終わらない諍いの渦中で生まれ育った彼等にとって、現在の国際情勢が当然だと思い、その中で暮らしてきた有土と真紀奈にとっては、自国の主力事業を止めてどうなるのか、本当に世界に平和を呼び掛けられるのか……そもそもとして、戦争を終わらせたら何かが変わるのか、現実味がないというのが正直な話だった。


「俺もだよ。それに俺はどんなに点糸さんが正しいことを言っていても、賛同出来ないかな」


 人殺しの道具職人と言われても反論出来なかったのは、それが事実だと理解しているから。


 殺戮兵器を造ったつもりはなかったが、確かにあの玩具はそう呼ばれても致し方ない面もある。


 しかし彼にはどうしても、それ以上に譲れない、納得が出来ない決定的な理由があった。


「世良さんを引き合いに出して俺を言い包めさせようって姿勢が、気に喰わなかったから」


 拍子抜け、というか。


「えっ?」


 国政を担う権力者との会談、ややもすれば世界情勢を変えようとしている人との話し合いの場において、一個人の女学生に賛否を左右されるのはあまりにも器が小さいというか、言葉を選ばずに言うなら子供っぽい理由というか……。


「ふふっ、ありがとね」


 しかし、それもまた有土らしさなのかもしれない。


 自分のことを考えてくれている嬉しさと気恥ずかしさで、真紀奈は思わず笑みを零す。


「……お、おぅ」


 恥じらいを流し込むように飲んだカフェモカも、気のせいか先程より甘く感じられる。


 が、照れ臭いものの居心地は悪くない、有土はそんな風に感じていた。


「また一緒に来れたらいいね」


「今度は火狭さんも一緒に、かな?」


「あははっ、そしたらもっとにぎやかになりそうだね」


 光皆の言葉───『project-Angel Wing』が本格的に動き出すことになれば、もしかすると今後はこうしてゆっくり過ごせる時間も無くなるかもしれないが、それはそれ。


 流行の代表ともいえる、アパレル業界のトップのお墨付きのお店、そして有土の好みを熟知した人のオススメメニューだけあって、そのお店の一品はとても美味に感じられた。


 また来たいという言葉は決して話を合わせる為の言葉ではなく、この見た目の綺麗さと美味しさなら確かに人気になるのも頷ける。


「それじゃあ、ここで」


「うん、ここまで送ってくれてありがとうね」


 スイーツの感想や、小学生の頃の思い出話、それに将来のことなど少しだけ真面目な話題を二、三すれば、もう居住エリアの女子寮に近付く。


 男性禁制エリアまでは流石に一緒に歩けないので有土はここまで、と真紀奈を見送った。


「高校は三年間一緒だったけど、一緒にこうしてお話出来たのは初めてだったかも」


「確かに。今までは精々教室で軽く話す程度だったしね」


 真紀奈が尻込みしていたことなど、有土は知る由も無いだろう。


「そうだね。中学の頃は別々のクラスだったから、接点も無くなっちゃってたし、余計懐かしく感じちゃったな」


 ましてや、彼もまた彼女に引け目を感じて話すのを躊躇っていたことなど、真紀奈が知っていようか。


「―――……あぁ、そうだね」


 真紀奈にとっては、そうなのだ。


 彼女にとっては、そうだったのだ。


 例え有土が真紀奈との接点があった唯一を覚えていようと、例え有土の中に彼女との苦い思い出があろうと。


「じゃあ、また明日。もうすぐそこかもしれないけど気を付けて帰ってね」


「ありがと、小郷くんもこの後がんばってね」


 有土は真紀奈に背中を向け、『優等生セレクター』の打ち合わせ場所へ向かう。


 道すがら彼は、どうやら自分が造った玩具は良くも悪くも、随分と大きな影響を与えてしまっているのだと溜息を零す。


 もう一人の当事者にも話をする必要があるだろうし、後は今回みたいに真紀奈や他人を巻き込まないよう上手く立ち振る舞う必要があるだろう。

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