2 / ⅳ - そこに未来があるならば -

「……てことで、道定にも今後色々面倒なことに付き合ってもらうかもしれないけど、そこはまぁ、立案者の責任ってことでよろしく」


 高等学部棟第一会議室。


 誰も選出されない学科も珍しくないような狭き門を潜り抜けた猛者、当学年の代表者と言ってもいい屈指の実力者、『優等生セレクター』の会議が行われる前に、有土は自分の相棒に報告した。


「まーじか。誰かさんがなまじ腕に覚えがあったせいで、可動域を広げるどころか乗って戦えるところまで本物志向を突き詰めちゃったし……まぁ仕方ないか」


 求め過ぎずハリボテを造ってればよかったかね、と言う割には道定の顔に動揺や後悔の色はあまり見えない。


 彼等しいと有土は苦笑しながら会議の準備をする。


 とはいっても大それた話し合いをする訳ではなく、来年度から社会人になる『優等生セレクター』達に国の重役が特別講演を行ったりもしない。


 単純に彼等に共有の連絡事項があれば連携することや次年度の『優等生セレクター』の候補者を見定めることが目的であり、その他には精々、同学年として横の繋がりを持って欲しいという狙いに他ならない。


 懇親の場というのもあながち無駄ではなく、事実、有土はあかねをこの場で知らなければ接点など無かっただろう。


 今日の連携事項は卒業式の場で生徒代表として簡単な演説を行う予定だということだったので、残りは三々五々他愛もない話をするのがいつもである。


「火狭さん、今日は喫茶店を紹介してくれてありがとうね」


 有土は道定と喋っているのが常だが、今日は加えてあかねに美味しいスイーツのあるカフェを教えてもらったお礼をする。


「どういたしまして。気に入ってくれたみたいで何よりだよ」


 そう言うあかねは次期『優等生セレクター』の候補者を選ぼうとしていたのか、後輩の成績一覧を眺めていた。


「芸術科って難しいね、私はファッション系だったんだけど、音楽とか絵画とか自分の専門外のことまで評価しないといけないし……個展を開いたとか、わかりやすい子がいればいいのに」


 突出して目立つ生徒がいないならば、もしかすると来年度は芸術科から『優等生セレクター』は選出されないのかもしれない。


 全学科に平等に選出のチャンスはあれど、必ずしも一人を選ばなくてはいけないという決まりも無いのだ。


「まぁ、これでも貴方達よりはマシかもしれないけどね。整備科と情報科は小郷くんと相為くんと比較して選考しなきゃいけないんだもん、きっと向こう五年は厳しいんじゃないの?」


 あかねはクスリと小さく笑いながらそんなことを言った。


「───小郷っ!」


 と、その時。


「お前、点糸先生と会談したんだってな。で、どうやら随分な物言いだったみたいじゃないか」


 声の主───黒縁の眼鏡が特徴的な、真面目を体現したかのような好青年、禾生かせい 法経のりつねは外見の印象通り固い声色で有土を指した。


「点糸先生の助言をなじってでも殺戮兵器を造ろうだなんて、どういう了見だ。光皆執政局長に気に入られて与党入りしようとでも画策してるのか?」


 その物言いを聞きながら、そういえばこの男、政法科『優等生セレクター』の法経は第一野党派だったな、なんて思う。


「興奮なさんなホーケー先生、俺も有土と一緒に造ったけどアレはただの玩具だってば」


「僕の名前はノリツネだ! ドーテー、お前は会談に立ち会ってなかっただろう」


 どう考えても道定の発言は法経を説得しようとするものではなかったが、これもまた同学年特有の距離感というものなのかもしれない。


 法経は話が逸れたと咳払いを一つし、改めて問う。


「で、実際のところはどうなんだ? 小郷」


 詰められた有土は困ったような表情を浮かべながら言葉を探していた。


「んー……、俺はそんな大層な野望も欲望もないよ。政界進出なんて恐れ多いし、そういった意味では、自分の考えを持って荒波に飛び込もうとしてる禾生が凄いって思ってるくらいだ」


 ただ、と彼は言葉を続けた。


「強いて言うなら、俺は現状をなげうってでも、未来を投げ捨ててでも手に入れたい理想をそこには見出せなかった、ってところかな」

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