幼馴染たちが幼馴染について語る夜

久野真一

第1話 幼馴染と距離感

「んむっ」


 唐突に、可奈美かなみが抱きついて、キスをかましてきた。


「ぷはっ。いきなり、キスかましてくんなや、可奈美」


 苦情を申し立てたい。


りょーすけ亮介鎖骨さこつがエロいのが悪いんや!」


 また、よくわからない事を言い始めた。


「その唐突に発情する癖はなんとかせいよ」


 言っても無駄だろうが。


「発情とはなんや、発情とは!好きな男の鎖骨に興奮するのは正常やよ!」


 頭が痛い。


「おまえの興奮ポイントがわからん。胸やったらわかるんやけど」


 なんで、鎖骨?と正直思う。


「それは、男子と女子の違いっつうやつや」


「何自信満々に言っとんのか。しばくぞ」


 言いつつ、可奈美に関節技をかける。


「言う前にしばいとるやん。ギブ、ギブ!」


 わざとらしく床をタンタンと叩くので、仕方がなく離す。


「はー、もう。りょーすけはすぐ暴力に走るんやから。暴力反対!」


「可奈美もツッコミ待ちやったやろ!」


 と、こんなやり取りもいつものじゃれ合いだ。


 俺、新家亮介しんやりょうすけとこいつ、霜崎可奈美しもざきかなみは、いわゆる幼馴染だ。

 大阪市内の商店街で、お隣さん同士として育った。


 不幸か幸いか、比較的近所に、小中高とあるおかげで、こうして高校まで一緒だ。

 なんとなく、思春期になって、お互いを意識するようになって、キスやエッチまでするようになったけど、未だに、いわゆる「恋人同士」ではない。


 爛れた関係だと言うやつもいるだろうが、知らん。

 好き同士なのは確かだし、別に「告白」なんて儀式をする必要も感じなかった。

 ただ、それだけ。


「ところで、りょーすけは何読んどるん?」


 後ろから、興味深そうに俺が読んでいるラノベを覗き込んで来る。


「アニメ化された、『俺の幼馴染と転校生が修羅場ってる』って奴なんやけど」


 たまたま、電子書籍無料読みセールだったので、読んでみたのだ。


「ああ、こないだ一話放送しとったね。割と面白かったんやけど、「幼馴染」の描写がいまいちピンとけーへんかったわ」


 『俺の幼馴染と転校生が修羅場ってる』は、最近アニメ化された人気作品だ。

 物語は、主人公と、いつも一緒の幼馴染が二人で登校するところから始まる。

 幼馴染は主人公の事が好きだが、関係が壊れるので言い出せない奥手な女の子。

 そして、主人公はといえば、その好意に気づかない、鈍感オブ鈍感。

 そこに、主人公に一目惚れした転校生が来て、三角関係を展開する筋書きだ。

 ラブコメとしては使い古された筋書きだが、悪くはない。ただ……


「まー、可奈美の言いたいことは、よーわかる。「ただの幼馴染だよー」とか、あの辺、どうにかならへんのやろかな」


 定義はどうでもいいのだが、わざわざ使わない言葉を使われるので違和感が凄い。


「あたしらも、まー、いわゆる幼馴染なんやろけど、関係説明するときに、わざわざあんな事言わへんよね。ちゅーか、周り含めて聞いたこと一回も無いんよね」


 俺たちの育った環境では、小中高と地元で進学する奴が多い。

 ある意味全員幼馴染だ。だが、別に「こいつは幼馴染で……」とは言わない。

 まー、そもそも、小学校の頃から仲悪い奴は、幼馴染と言えないか?

 とすると、どこまでが幼馴染なのだろう。


「なあ。そもそも、幼馴染ってなんやろな」


 ふと、湧いた疑問。


「そりゃ、小さい頃から仲良い奴らのことやない?あたしらやと、和彦かずひこ絹川きぬがわ、おりょう、ゆうちゃん、ヤス辺り?」


 指折り数え上げる可奈美。こいつと俺の交友関係はかなりかぶっている。

 だから、まあそんなものかと思った。


 ちなみに、和彦は男。絹川は男。おりょうは女。ゆうちゃんは女。

 ヤスは男だ。

 名字呼びか名前呼びかにあんまり深い意味はない。

 仲が良くても名字呼びもある。逆はないが。

 あと、昔の頃のあだ名が未だに使われてたりもする。


「まあ、その辺やろな。いや、知りたいのはそこやなくて、松尾まつおみたいなんは、あれ、幼馴染に入るんか?」


 松尾は、小学校の頃から同じ学校の男子だが、陰険なので嫌っている奴も多い。

 俺や可奈美も、松尾のことは嫌っている。


「さすがに、松尾はないやろ。そもそも、昔から嫌いやったし」


 さすがに、「松尾が幼馴染」というと違うだろう。


「それやたら、佐藤さとうとかはどうや?昔、時々、あの子んとこ遊びに行ったやん」


 彼女の言う佐藤とは、同じく小学校から一緒の女子だ。

 今は別クラスで、会えば話くらいはするけど、最近は没交渉だ。

 それに、小学校の時も……。


「記憶曖昧なんやけど、佐藤も、豪邸で、皆招いとったから行っただけで、仲良かったかっちゅうと違う気がするんよな」


 別に嫌っているわけじゃないけど、仲がいいか?と言われると疑問だ。


「んー。そうすると、フィーリング?りょーすけとか、おりょう、ゆうちゃんとかは、「昔から、一緒やったなあ」って感覚あるやん」


「なんかなあ。距離感っていえばええのかな……」


「ゆうちゃんなんかは、京都の高校に進学したやん。毎月のように遊んどるけど。その辺はどうなんやろ」


 つまり、中学まで一緒で別の高校に行った奴か。


「ゆうちゃんは、最近、遊ぶ機会減って寂しいけど、まー、同じような感覚かな」


 ただ、彼はともかく。


「ただ……そうだ。堀川ほりかわとかは、高校進学してから、全然連絡とっとらんよね。昔、よく遊んだもんやけど。そういうのはどうなんやろ?」


 つまり、高校になってグループから外れた奴の扱いだ。そこが気になった。


「でも、堀川やったら、再会したら、「おー、久しぶり!」とかなんとか言って、話に華咲かせられそうやん」


 なるほどなあ。


「とすると、堀川までは、幼馴染ぽい感じなんやろか」


 そもそも、別に幼馴染の定義とか考えた事がないので、適当だけど。


 結論としては、中学に入るくらいまで仲良ければ、幼馴染ぽいと言えそうか?


「あ、そうそう。もう一つ思い出したんやけど……小学校の時に転校して、高校で再会って奴あるやん。あれってどうなん?」


 また、可奈美の奴はややこしい事を言うなあ。

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